迷い

 

 午前二時の静寂の中、私は薄暗い自分の部屋で、じっと机に向かっている。

 スタンドの光に浮き上がっているのは、一枚の写真。

 噴水を背景に、私と一人の男が並んで写っている。腕にしがみつかれ、はにかんだような笑顔を見せるその少年は、岸村真治。

 高校の同級生。三日前までは、私の恋人だった。

 半年前から写真立てに収まっていた写真を、今、私は取り出して、ずっと見つめている。

 どうして私を捨てたの。

 信じていたのに。あんなに素っ気なく、「別れよう」なんて……。

 私は引出しを開け、小さな裁縫セットを取り出した。

 待ち針を一本、引き抜く。

 尖った先端を、机に置いた写真に向ける。

 その先には、真治の顔があった。

「神様、もし神様がいるのなら、私の心を引き裂いたこの者に天罰をお与え下さい」

 私は小さな声で、でもしっかりと、そう呟いた。

「いいえ、叶えてくれるのなら、悪魔でも構わない」

 私は待ち針を振り下ろした。

 でも。

 その先端は、真治の顔の寸前で止まっていた。力を込めようとしても、それ以上は針が進まない。

「うう……」

 知らず、私の目に涙が滲んでいた。

 真治君。

 この半年間、いつも一緒に下校したよね。あなたは無愛想に黙っていることが多かったけど、あなたの優しさは自然と伝わってきた。遊園地への初めてのデートはあいにくの雨模様だったけれど、私には一生の思い出。このままずっと二人で、いつまでも幸せに生きていけると信じていたのに。

 真治君。

 私には出来ない。いくらこんなものは迷信だと分かっていても、私には出来ない。真治君を呪うなんて。

 でも。

 手に入らないのならば、いっそのこと。

 私は待ち針をもう一度振り上げた。

 涙で視界が歪む。

「死ね!」

 私はついに待ち針を写真に突き刺した。

 ゾクリと嫌な感覚が、私の全身を走った。まさか呪いが本当に……。

 涙を拭いて写真を見直す。

 待ち針の先端は、真治君ではなく、私の顔に、突き立っていた。

 丁度、左目の辺りだった。

 その時、背後で何かが動いた。

 振り向いた私の目の前に、私がいた。

 その顔は、憎悪に醜く歪んでいた。

 何も言わず、もう一人の私が細長いものを私の顔目掛けて突き出した。

 五寸釘ほどもある、大きな待ち針だった。

 それは私の左目を貫いて、更に奥の方まで潜り込んでいく。

 

 

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