外ではしとしとと雨が降り続いている。
八才になる陽司は母親と一緒にテレビを見ていた。
今あっているのは外国のホラー映画で、狂った殺人鬼が人を殺し回る話だった。
陽司は恐くて恐くてたまらないのだけど、どうしても見てしまう。物陰から急に殺人鬼が飛び出してくる場面や、犠牲者の首が切り落とされる場面を、陽司は顔を押さえた指の隙間から覗いていた。
そんな陽司を見て母親は微笑していた。
映画はそろそろクライマックスに近づいていた。テレビの中でも雨が降っていた。陽司の心臓はもうドキドキしていて、恐い場面を見たくないのだけれど、どうしても先の展開が知りたくて見てしまうのだった。
母親が言った。
「陽ちゃん、恐いのなら目をつぶっていていいわよ。お母さんが、どうなってるか教えてあげるから」
「う、うん」
陽司はしっかりと目を閉じた。自分の目で見ていたい気持ちもあったが、好奇心よりは恐怖の方が強かった。
世界は、闇と音だけになった。
ザシャザシャ、と、濡れて柔らかくなった地面を踏むような音がした。
「ねえ、お母さん、どうなったの」
目を閉じたまま、陽司は聞いた。
「殺人鬼が、地面の下から這い出してきたのよ」
母親の声が答えた。
カシャン、と、低い金属音が聞こえた。
「ねえ、お母さん、どうなったの」
「殺人鬼が、家の外に置いてあった鎌を拾ったのよ」
ドンドン、と、何かを叩く音。
陽司はギョッとした。音がテレビからではなく、本当に部屋の外から聞こえているような気がしたのだ。
「ねえ、どうしたの」
「目をつぶってなさい、陽ちゃん。殺人鬼が、入り口の扉を叩いているのよ」
母親は少し厳しい口調になっていた。陽司は目を開けることが出来なかった。
バキン、バタン、と、木材が割れて、倒れる音。
「ねえ、お母さん、どうなったの」
「殺人鬼がとうとう扉を破って家の中まで入ってきたのよ」
ベチャリ、ベチャリ。
「ねえ、お母さん、どうなったの」
「殺人鬼が近づいてきているわ。そろそろ恐いことになるわよ」
ベチャリ、ベチャリ。
濡れた足音は、次第に大きくなっていった。
まるで、本当にすぐ近くにいるみたいだった。陽司の心臓は早鐘のように鳴っていた。
「ね、ねえ、お母さん」
「目を開けちゃ駄目よ、陽ちゃん。殺人鬼はもう、すぐそこよ」
ヒュン。ゴチャリ。
嫌な音がした。
「ねえ、お母さん、どうなったの」
陽司は恐る恐る聞いた。
闇の中で、母親の声が答えた。死人のような低い声が。
「殺人鬼がお母さんの首を切り落としたのよ」
陽司のお尻や足に、ヌルヌルした生温かい液体が触れた。
「え、何、何、お母さん」
陽司は、目を開けることが、出来なかった。
ヒュン。ゴビャッ。
「おか……」
首筋に激痛が走り、陽司は、それ以上、喋ることが、出来なかった。
「殺人鬼が陽ちゃんの首も切り落としちゃったわ。殺人鬼は、三ヶ月前に庭に埋めたお父さんだったの」
赤く染まっていく闇の中で、母親の声と、映画のヒロインの悲鳴とが、同時に聞こえていた。