「ふむ、猫小説を希望、か……」
低い声で呟いた男は、読んでいた紙片を折り畳んでスーツの内側に戻した。
男は昼の繁華街にいた。行き交う車と大勢の通行人を、男は静かに見回した。
男は提げていたスポーツバッグを地面に置いて開いた。
取り出した黒い手袋は、それぞれ指の部分に緩く湾曲した刃が固定されていた。『エルム街の悪夢』という映画で有名になった凶器だが、刃渡りは三十センチほどで更に長い。男はまず左手にそれを填めた。五本の刃は肉食獣の爪のようにも見える。
男は右手にも同じ手袋を填めた。十本の刃を順番に動かして、男はその感触を確かめた。恐ろしく鋭利な刃は、骨まで簡単に切断してしまいそうだ。
更に男はバッグの中からヘアバンドのようなものを取り出した。C字型をしたプラスティックに、ふさふさした布きれが二つついている。三角形の布は猫の耳の形をしていた。男は口元を歪めて冷たい笑みを浮かべた。
男は両手でそれを持ち自分の頭にしっかりと装着した。頭の上部に猫耳が生える。しかしその時、手袋についた十本の刃が男の頭に突き刺さった。サクサクッと音がして刃は頭蓋骨を破り脳深くまで達していた。男の眼球が裏返り、地面にそのまま倒れ手足を痙攣させた。
「にゃ……にゃーん」
男は呟いた。そしてそのまま動かなくなった。人々は知らぬふりをして通り過ぎていった。