控え室に通された青井三十郎二十四才は、つっこみ用武器の品揃えを見渡した。金属バットや棘付き鉄ハリセンなどオーソドックスなものから、鋭い鉤爪を備えた手甲まである。
観客に受け尚且つ生き残るためには道具の選択は重要だ。青井はまずモーニングスターを手に取った。棘の付いた鋼鉄球と柄を鎖で繋ぎ、振り回す凶器。部屋の中央につっこみ練習用のゴム製人形が立っている。苦笑して頭を掻いた格好だった。
「何でやねんっ」
青井は叫びながら、モーニングスターを叩きつけた。ドズン、と重い鉄球が人形の頭部にぶち当たり、人形はゆらゆらと前後に揺れた。
「ちゃうやろそれっ」
今度は横殴りに振る。鉄球は人形の腹に当たる。硬質ゴムの感触。まずまずだ。青井は一人で頷く。
漫才にボケ役がいなくなってから何年になるだろうか。不況続きで客がより過激なつっこみを求めるうちに、ボケ役の殆どがステージ上で死ぬか、助かっても大怪我で引退してしまった。青井がデビューした時の相方は赤井八十郎と言ったが、やはり青井が棍棒でつっこみを入れた際に脳挫傷を起こして死んだ。芸というものは命懸けだ。青井はつくづくそれを思う。
武器棚を再度確認すると、長柄の大斧が見つかった。リーチは長い方がいい。青井はそれを両手で握り、大上段に振りかぶった。
「アホちゃうかああっ」
勢いをつけて振り下ろした大斧は、ゴム人形の脳天を割り喉の辺りまでめり込んだ。 「よし」
青井はうなずいた。今日のステージはこれで行こう。
「時間です」
係りの者がドアをノックして言った。青井は控え室を出て、大斧を手に長い廊下を進む。今日の相方はパプーン醍醐という男で、青井と同い年の筈だが既にステージで七十四人を殺した強者だ。青井のキャリアより八人多い。
歓声が聞こえる。暗い廊下を抜けると眩い光が青井を照らす。アナウンサーが青井の名を連呼する。爆発したような拍手と声援の渦。
「殺せっ。殺せっ。殺せっ」
狂気の笑みを浮かべ、人々が叫んでいる。
鉄条網で仕切られたステージには既にパプーン醍醐が待っていた。薄い唇を冷酷に歪め、見下すような視線を青井に向けている。
パプーン醍醐は、短機関銃を脇に抱えていた。しまった。火炎放射器くらいは選んでおくべきだった。青井は内心舌打ちするが、平静を装ってステージに上がった。
「試合開始ですっ。今日生き残るのはどちらでしょうかっ」
アナウンサーの興奮した声と共にゴングが鳴った。
これって漫才じゃないのではないか。ふとそんな疑問が青井の頭を掠めたが、芸人の本分を果たすために渾身の力で長柄の大斧を振り上げた。