春田彦三郎の朝はコップ一杯の赤い水から始まる。新鮮な赤い水のまったりとして鉄っぽい味わいが今日の活力を与えてくれる。
赤いワイシャツに赤いネクタイを締め赤いスーツを着て赤い鞄を持って赤い靴を履いて春田彦三郎は出発した。
赤い歩道を歩いていると赤い雨が降ってきた。春田彦三郎は用意していた赤い傘を開く。ボダボダと赤い雨粒が当たり、赤い雫が傘の裾から滴り落ちる。赤い水が春田彦三郎の赤いズボンに撥ねる。
赤い歩道の横を赤い川がドロドロと流れている。赤い船が赤い川を行き来している。春田彦三郎は所定の赤い船着場で職場行きの赤い船を待った。
赤い船が到着する。春田彦三郎は赤い服の駅員に赤い切符を見せて赤い船に乗り込んだ。
乗客は皆赤い服を着ていた。同じく赤いスーツを着た同僚を見つけ、春田彦三郎は挨拶した。
会社の前に到着し、春田彦三郎は赤い船を降りた。赤い建物の一つが春田彦三郎の会社だ。赤い受付を抜け赤い廊下を進み赤い更衣室で赤い作業服に着替える。
赤い作業室で赤い操作パネルの前に春田彦三郎は立った。部屋の大部分のスペースを占めるのは、五メートル四方の赤い鋼鉄の箱だ。箱の上には赤いパイプが繋がっている。人間が余裕で通りそうな太さだ。箱の下部から透明なチューブが伸び、部屋の外まで続いていた。
春田彦三郎は赤い操作ボタンを押した。重い塊がパイプの中を降りてくる気配がある。次々に箱の中に積み重なっているようだ。中から呻き声のようなものが聞こえるが、春田彦三郎は気にしない。
二番目の赤いボタンを押すと、鋼鉄の箱が横方向に縮んでいく。この箱全体が圧搾機になっているのだ。中から何かが砕けるようなバキバキ、メキメキ、という音と、悲鳴のようなものが聞こえてきた。同時に箱の下部のチューブを赤い液体が流れ出した。箱の容積が縮む間、透明なチューブは赤いチューブに変わっていた。
箱の縮小が止まった。幅が五十センチほどになっていた。春田彦三郎は三番目の赤いボタンを押す。箱の大きさが戻り始め、同時に重いものが床下へ落ちていく音。搾りかすが廃棄されているのだ。
春田彦三郎は自分のこの仕事を愛していた。彼の作業が人々に生きるエネルギーを与え、社会の活動を支えているのだ。
百回ほど同じ作業を繰り返して昼休みとなった。社員食堂で赤飯と赤い味噌汁を摂り、窓の外の赤い景色をのんびりと眺めて過ごした。
午後にも呻き声のような音と何かが砕けるような音と悲鳴のような音を聞きチューブを流れる赤い液体を見ながら同じ作業を百五十回ほど繰り返した。五時になって仕事が終わり、春田彦三郎は充実感に浸りつつ職場を後にした。
赤い空の下で赤い船に乗って赤い川を下り、赤い船着場で降りて赤い歩道を歩き赤い自宅に戻った。夕食には赤飯と赤い煮物とデザートに赤いゼリーを食べ、赤い酒を飲んだ。つまみがもっと欲しくなったので、春田彦三郎は冷蔵庫から赤いチーズを取り出し、包丁でスライスした。
「いたっ」
春田彦三郎は、信じられない思いで、自分の左手人差し指を見た。
指先に、ほんの三、四ミリほどの切り傷が出来ていた。そこから、赤い液体が滲み出す。
「あわわわっ、血だっ、血が出たああっ」
見慣れないものを見てしまった恐怖に、春田彦三郎は泡を吹いて失神した。