親の脛を齧るのでは足りなくて、親を食べる学生の話

 

 葵四十郎(五十三才、仮名)の自宅に、今日も息子がやってきた。

「親父、また晩飯頼むわ」

 二十才になる息子は大学に通いながらマンションで一人暮らしをしている。充分に仕送りはしているつもりだが、夕食を葵四十郎(五十三才、仮名)宅に頼ることが増えてきた。

「で、その人は……」

 葵四十郎(五十三才、仮名)が尋ねると、息子は隣に立つ若者を紹介した。

「同じクラブの友達なんだ。こいつの分も晩飯作ってくれよ」

 若者は頭を掻きながら挨拶した。その笑顔がはにかみというよりもニヤニヤ笑いに、葵四十郎(五十三才、仮名)には見えた。

「そうか」

 葵四十郎(五十三才、仮名)は頷いて、台所に向かった。歩く度に金属の軋み音がするのは、彼の両膝から下が、義足であったからだ。

 不景気と、慢性的な食糧不足のせいだ。

 実の親なら食用にしても良いという制度が始まって二年が経つ。葵四十郎(五十三才、仮名)の妻は自分の身を削って息子のために料理を続けていたが、昨年の秋、息子に止めを刺されて鍋に入った。その日は確か、息子が知り合いを集めて鍋パーティーが開かれた筈だ。

 大きな鍋に水を入れて火をかけ、葵四十郎(五十三才、仮名)は自分のシャツをめくってみた。痩せた胴には抉られた傷痕が幾つも残っている。太股の肉もかなり使ったし、肩の肉も上腕も前腕も使ってしまった。一度など手術で肝臓を半分切って使った。

 もう、使えそうな肉はあまりなかった。

 包丁を片手に葵四十郎(五十三才、仮名)が迷っていると、リビングからは息子達の馬鹿笑いが聞こえてきた。

 葵四十郎(五十三才、仮名)は顔をしかめて、暫く動かなかった。

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

 息子の友人の声が聞こえた。息子の声がそれに答えている。

「ああ、そっから右の突き当たりだ」

 葵四十郎(五十三才、仮名)は包丁を握ったまま、義足の軋みに気をつけながらトイレに向かった。息子の友人がトイレに辿り着いてドアを開けようとしている。

 葵四十郎(五十三才、仮名)は背後から若者の口元を塞ぎ、包丁で喉を一気に掻き切った。若者はもがくが気管を切られたため声も出せない。葵四十郎(五十三才、仮名)は何度も若者を刺して絶命させると、死体を風呂場に運んで解体した。廊下の血も拭いておく。

「遅いな、あいつ」

 リビングで首をかしげる息子に、葵四十郎(五十三才、仮名)は穏やかな微笑を浮かべて告げた。

「急用が出来たそうで、大慌てで帰っていったよ。それより今日の夕飯は期待していいぞ」

「へえ、そう」

 お前もいずれは親になるんだ。息子の間抜け面を見ながら、葵四十郎(五十三才、仮名)はそんなことを考えていた。

 鍋の沸騰する音が聞こえていた。

 

 

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