エピローグ

 

 遠くでサイレンの音が聞こえる。パトカーのサイレンだったか救急車だったか、藤村奈美は急に分からなくなった。もしかしたら両方かも知れない。五組のバスは気の抜けた歓声に包まれた。皆嬉しいのだけれど、大声で騒ぐには疲れ果ててしまっている。

 奈美はカーテンを少し開けて外を見た。白い闇は黒い闇に変わっているが、赤い光が揺れながらこちらに近づいているようだ。まだ下の方だから到着までもう少し時間がかかりそうだ。

 車内の暖房は効いているが寒気がひどかった。低体温の後は肺炎などを起こしやすいと日暮静秋は言っていた。足を繋いでもらった間のことは朦朧としていてあまり覚えていない。彼はもう帰った。狼を連れて徒歩で。

 一つ、とんでもなく迂闊なことをしてしまった。奈美が目覚めた時に皆の前で「真鉤君は何処。彼が私を助けてくれて」とか口走ってしまったのだ。気づいた後で血の気が引いた。日暮が仕方なく、居合わせた全員に催眠術を掛けてその部分を忘れさせることとなった。他の部分については大丈夫だろうと日暮は言った。真鉤は顔を隠し服装も変えていたし、日暮も目出し帽をかぶっていた。狼については良く分からないけれどまあ大丈夫なのだろう。まだ頭がぼんやりしてうまく働かない。

 散々な修学旅行だった。スキーも出来ず、大勢死んだりひどい怪我をしたりして、ボロボロになって帰るだけだ。このイベントから何かを学ぶことが出来たとすれば、人生は厳しい、ということだろうか。

 それでも戦え、と、七組の友田教師は言ったそうだ。息を引き取る前に。戦って、生きていけ、と。その言葉は奈美の胸にも沁みた。

 色々あった。でもこれからも生きていく。病魔だろうが怪物だろうが負けるものか。いつか力尽きて倒れるその時まで、戦って生き抜いていくのだ。

 幸いなことに、奈美は独りじゃない。

 左手が温かい。真鉤夭がずっと握っているからだ。彼は破れた制服姿で戻ってきて警察に通報してきたことを皆に伝え、奈美には「終わったよ」と小さく告げた。詳しい話はいずれ教えてくれるだろう。教えてくれなかったら力ずくで聞き出してやる。彼は奈美と共に生きると約束したのだから。

 つい笑みが零れてしまった。ちょっと恐い笑みになってしまったかも知れない。真鉤はそれを見て、優しい苦笑を返した。

 

 

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