第四章 ショック療法的な何か

 

  一

 

 真鉤夭は、夢を見ているような気がしていた。

 じっとしている夢だ。

 真鉤は床に横たわっている。自分の家の、廊下の床だ。

 天井が見える。吊り下がった照明が見える。蛍光灯の光の輪が見える。プラスチックのフードの汚れが透けて見える。

 真鉤は床の冷たさを感じない。自分が呼吸をしているのかも分からない。瞬きはしていない。ただ、見ているだけだ。

 何も考えない。何も感じない。動かない。

 真鉤は、自分が死体になったような気がしている。

 電話が鳴ったような気がしたが、錯覚かも知れない。

 留守録モードに入り、誰かが喋っている。でも多分、錯覚だろう。内容は真鉤の頭には届かなかった。

 真鉤はただ、横たわっている。

 時間の感覚がない。

 また電話が鳴った気がした。携帯も鳴ったかも知れない。だが真鉤は動かない。死体になっている。

 ただ、天井が見えている。

 音。呼び出し音。玄関。錯覚。真鉤は動かない。

 天井ではないものが映った。人の顔のような気がした。見慣れた顔のような気がしたが誰なのか分からない。真鉤は何も考えない。何も感じない。

 顔が何か喋っているようだったが、真鉤には聞こえない。揺さぶられたかも知れない。真鉤は何も感じない。

「ダメダコリャ。シバラクホットクシカネエカ」

 顔は消え、再び天井が見える。

 真鉤は何も考えない。何も感じない。ただ、横たわっている。

 何も認められなかったし、何も認めたくなかった。

 真鉤はまだ、夢の中にいた。

 

 

  二

 

 真鉤からメールの返事が来ない。念のため、もう一度送ったのだけれど、丸一日待ってもメールも電話もない。

 藤村奈美は微妙な気持ち悪さを感じている。不安……ではないと思う。真鉤が死ぬことなどないだろうし。周期が近かったので、殺人ノルマを処理すべく、何処かの町へ遠征に出ていて返事を控えているのかも知れない。それはそれで良い感じはしないけれど。

 嫌われたか。まさか、そんな理由に心当たりはない。この間は念願の海に行ったし、真鉤は相変わらずヘタレで特に進展しなかったけれどやっぱり楽しかった。別に真鉤を傷つけるようなことをした覚えもない。彼は奈美のために生きると言ってくれたのだし、そのことに不安を感じたりはしない。

 ……いや、やっぱり、少しだけ、不安なのかも知れない。とにかく、これだけ長い間返事がないというのは初めてのことだ。

 奈美は念のため、真鉤の自宅の方に電話してみた。やはり真鉤は出ず、留守録に一応メッセージを入れておく。

「奈美です。メールの返事がないので心配しています。メールでも直接携帯に電話でもいいので、連絡下さい」

 何かおかしなことが起きているのだろうか。奈美は考えを巡らせる。緊急事態であのマルキに駆り出されたとか。六月に八久良島の件でマルキに協力して和解したけれど、今後もこき使われないという保証はない。真鉤の正体を暴露すると脅されれば、結局言うことを聞くしかないのでは。

 日暮静秋に尋ねてみるか。八久良島でも一緒に行動してくれたそうだし、真鉤の都合を把握しているかも知れない。メールで内容が残らない方がいいと思い、奈美は日暮の携帯に電話する。

 五、六回のコールで日暮が出た。

「どうした」

 午後十一時過ぎで日暮の声は生き生きしていた。夏は大概気だるそうにしているが、夜は彼の時間だ。

「ごめんなさい。真鉤君と連絡が取れなくて。日暮君が、何か知ってるかなって……」

「知らんな」

 日暮は即答する。迷惑そうな声音でもなかったので奈美は少しホッとした。

「ただ、関係あるかどうかは分からんが、マルキの研究所が潰れたのは聞いてるか」

 日暮は意外なことを言ってきた。

「えっ。……いえ、聞いてません。私が聞いても大丈夫なんですか」

「表沙汰に出来るような話じゃないが、まあ大丈夫じゃねえかな。三日前……木曜の夜の話だ。マルキの構成員が研究者を皆殺しにして逃げたそうだ。俺は直接マルキからじゃなくて、親父経由で情報が入ってきた。マルキは大混乱らしいぞ」

 研究所から逃げ出すとは。映画なんかではよくある展開だけれど、実際に聞くと妙にリアリティがなかった。

「それって、大変なことのような気がするんですけど。危険なウイルスが洩れたりとか。バイオハザードみたいな」

「そうだな。逃げた奴は自分から病原菌に感染していったらしい。八久良島の化け物が持っていた、死体の肉を合体吸収させる菌だ。一応抗生物質で殺せるらしいんだけどな」

 奈美は、絶句するしかない。

「まあ、そのことと真鉤と関係あるかは分からん。騒動のために駆り出されてる可能性もあるだろうが、それなら俺にも要請が来てるだろうしな」

「……そうですか。こんな時間にすみませんでした」

「念のため、俺も真鉤に連絡入れてみるから」

 そう言って日暮は電話を切った。

 結局答えは出ないままだ。明日は登校日なのに。午前中のみだからお弁当を作る必要はないのだけれど、一緒に登校するため真鉤の家に寄る予定をどうすればいいのだろう。

 日暮からの追加連絡はなかった。奈美はなんとなくモヤモヤした気持ちのまま眠りに落ちた。

 ……。

 ずるい。あの胸は反則だ。

 体重が増えたって話だったのに、あのウエストはないだろう。あのウエストの細さにあの胸は。

 魔女め。

 ずるい。不公平だ。

 ……。

 朝の光。何か嫌な夢を見たような気がする。思い出したくなかったので奈美はすぐに起き上がり、携帯を確認した。

 やはりメールは来ていなかった。

 母に見送られて出発すると、外の日差しは強かった。日傘を持ってくれば良かったと奈美は思う。うちの学校って日傘を許可してたっけ。

 今は夏だ。夏休みだ。まだ八月の上旬で、楽しい思い出を作る時間は残されている。その筈だ。

 真鉤の家に着いた。玄関の呼び出しボタンを押すが、真鉤は出てこなかった。

 扉の向こうにいる気配もない。奈美は念のためもう一度押す。やはり変化はなく、庭の木に止まった蝉が鳴いているだけだ。

 奈美は数歩下がって二階の窓を見上げた。窓もカーテンも閉じている。ふと、カーテンの隙間から覗く狂った瞳が見えた気がした。フラッシュバック。一年近く前のことだ。

 やはりいないのだろう。合鍵を持っているので入って確かめることも出来る……が、勝手にそういうことをすべきでないことは、奈美も身に沁みている。

 奈美は真鉤邸を去った。途中、屋敷を振り返って煙突から煙が昇っていないことを確認しながら。

 学校は平和だった。クラスメイトの多くは日焼けしていたし、旅行中とのことで来ていない生徒もいた。どうやら海外まで行っている者もいるらしい。

 伊東実希が笑顔で奈美に挨拶してから、「真鉤君は」と聞いた。

「お休みなの」

 奈美は当たり障りない答えを返す。

「へえ、風邪とか」

 つまらない質問をしてくるんじゃない。辻褄が合わなくなったら困るんだから。内心苛立ちを覚えながら奈美は答える。

「そ、そうみたい。夏なのにね」

「ふうん。奈美ちゃんも風邪、移されないようにね」

 悪気がないのは分かっているのだけれど、奈美は実希の頬をつねってやりたくなった。

 全校集会で校長の話が済むと、今日の行事は終わりだ。皆、夏休みの残りをどう過ごすかなど喋りながら下校していく。真鉤のいない奈美は、なんとなく教室に残る。

 楡先生のところに行ってみようか。今日もカウンセリング室は空いている筈だ。休日も学校にいるみたいだし。でも、生徒を守るために働いているとはいえ、あのマネキンみたいな異邦人に一人で相対するのはちょっとためらってしまう。

 天海東司のことが浮かんだ。彼も真鉤のことを分かっているし、相談に乗ってくれるかも知れない。以前は放課後も大抵校舎の屋上でトレーニングするか、酒を飲んでいた。今日も多分いるだろう。

 階段を上って扉を開けると、屋上はがらんとしていた。ここに来るのはかなり久々のような気がする。見回すと、柵近くの隅の方に天海はいた。腕立て伏せをしている。声をかけようとして、奈美は凍りつく。

 天海は、凄まじい形相で、腕立てをしていた。

 腕が痛むのだろう。指も。天海の体がどれだけボロボロになったのか、奈美は知っている。今にも崩れ落ちそうな苦悶の表情で、呼吸も荒い。それでも自分を苛め抜くのが望みであるかのように、顎がコンクリートにつきそうなほどに深く肘を曲げて一定のペースを保っていた。普通の人なら続けられない。やめて泣き出したり、悲鳴を上げたりしているだろう。なのに天海は、どうしてここまでするのか。どうしてこんなに必死になって、鍛えているのだろう。いや、理由は分かっている。戦って、生きるため。でも、まるでたった一人で皆の命を背負っているような悲壮感を漂わせていた。

 もう何百回続けているのだろう。天海はこちらに気づかない。奈美は声をかけることも出来ず、息を詰めて見守っていた。

 天海の苦悶の表情は更にひどくなり、断末魔のように歪み、食い縛った歯が折れるんじゃないかと思うくらいとなる。でも既に天海は総入れ歯だったと気づく。奈美は自分の悩みがちっぽけであったような気がして、恥ずかしくなった。

 多分二、三百回分は見ていたと思う。全身をプルプルと震わせてそれまでよりゆっくりと腕を伸ばし、天海は腕立て伏せを終えた。仰向けにひっくり返って荒い呼吸を続ける。その時になって彼の顔や腕にドッと汗が浮き出した。

 何気なく天海が横を向き、奈美と目が合った。一瞬まずいという表情を見せ、すぐに笑顔に変わった。人にはこういう姿を見せたくなかったのだろうと思い、奈美は申し訳ない気持ちになった。

「悪い、奈美ちゃん。筋トレに夢中で気づかなかったわ。楽しくってな」

 それが強がりだとは分かっている。まだ息を切らせているし、勘の良い天海が、奈美の気配に気づく余裕もなかったのだから。

「頑張ってるね」

 そう言った後、奈美は目が熱くなるのを感じた。ジワリと視界が滲んで、指で涙を拭う。

「いやあ、女の子の前では余裕のあるとこを見せたかったんだけどな」

 右目を覆う髑髏のアイパッチを指先で掻いて、決まり悪そうに天海は言った。

「今度から屋上のドアは鍵掛けとこうかな。水面下で一生懸命足を動かしてても、水の上じゃあ俺は優雅な白鳥を演じとかないと」

「ごめんね、水の上でもあんまり優雅じゃあないと思うよ」

 奈美が笑いながら言うと、天海も苦笑した。涙は収まってきた。天海の方も息が整ってきて、起き上がって奈美に尋ねた。

「それで、何か困り事かい」

「えーっと。真鉤君と連絡が取れなくて。メールの返事もなくて、家にもいないみたいで。今日も学校に来なかったし」

「そりゃ珍しいな」

 天海も少し意外そうな顔をした。

「天海君、何か知らない。それか、勘でもいいけど」

 天海は腕組みする。

「心当たりはないな。勘は……ううむ……別にピンと来るもんがねえな。大体、ぎりぎりのとこでなんかヤバいって分かるくらいだからなあ」

「そう……。ごめんなさい、トレーニングの邪魔して」

「いいさ。丁度休憩出来たしな。真鉤のことが気になるんなら、楡先生に聞いてみたらどうだい」

 天海からその提案が出るとは予想してなかったので、奈美はつい唸ってしまった。

「いや、うーん……あの先生は私、ちょっと……」

「ハハッ、まあ、気持ちは分かるけどな。でも相談には乗ってくれると……」

 天海は声に出して笑い、途中で急に口をつぐんだ。奈美のすぐ横で別の声がした。

「私に相談ですか」

 右を見ると楡誠が立っていた。本当に、肩が触れるくらいの距離だった。いつからいたのか。ドアを開け閉めする音も足音も聞こえなかった。まるで、テレポートしたみたいに。

 いつものマネキンみたいな薄っぺらな微笑を浮かべ、楡は奈美を見ていた。

 奈美は面食らいながらも、本人が出てきてしまったので相談しない訳にはいかなくなった。

「はい……あの、真鉤君と、連絡がつかなくて。家にもいないみたいなんです」

「ふむ。自宅にはいますよ。生存していますし」

 楡は微笑のまま即答した。生存という表現がこの人らしい。しかし、真鉤が家にいるというのは意外だった。ならどうしてメールの返事もしないし、家から出てこないのだろう。

「詳しい状況は読み取れませんね。人間の心理を覗くのは得意ではないのです。では、君の側から繋がりを辿ってみますか」

 楡が顔を近づけてきた。近づけ過ぎる。顔と顔の距離が十センチくらいになったので奈美は思わず一歩下がった。しかし楡も一歩詰めたので結局距離は変わらない。キスなどしてくるのではなく、ガラス玉のような目が奈美の顔を観察していた。楡はそれで何を読み取っているのだろう。カウンセリング室の面接で彼がファイルに書き込んでいたのは、文章でなく奇妙な図形だったと真鉤が言っていた。

 数秒して楡は顔を離した。

「やはり読めませんね。藤村さんのリソースは少ないので」

「リソースって何ですか」

 どういう意味だろう。奈美は尋ねてみる。

「そうですね。端的に言えば、あなたの寿命が短いということです」

 えっ。この人はいきなり、そんなことを……。奈美の思考はそこで停止した。

 楡は相変わらず、穏やかな微笑を浮かべていた。

 奈美の視界の隅で人影が動いた。それは起き上がった天海で、ツカツカと楡に歩み寄って、左腕が上がった。

 ビヂィッ、という音が響いて、天海が楡の顔を殴りつけた。拳で一発。手加減なしに殴ったみたいだった。天海は厳しい顔で、本気で怒っていた。

 それから天海は奈美の方を向いて、優しい笑みを見せ「奈美ちゃん、ごめんな」と言った。

「こいつの名前を出した俺が悪かったよ。こんなつまんねえ奴とは思わなかったんでな」

 天海は、奈美のために怒ってくれたのだ。それを理解して、少しずつ思考が回り出した。

「いや、私、気にしてないから……」

 奈美はなんとかそう答えて、笑顔を作ろうとした。でも顔が引き攣った感じがする。楡は奈美の寿命が短いと言った。この人は特殊な能力を持っているみたいだし、本当のことなのだろう。奈美は元々覚悟している。でもやはり、いきなりズバリと言われると、胸に来るものがあった。

 あ、涙が滲んできた。泣いてはいけない。天海君に心配をかけないようにしないと。奈美は慌てて両掌で目を押さえた。呼吸をすれば泣き出してしまいそうな気がして、ゆっくり慎重に、息を吸う。

「今のはどうやったんです」

 楡の声が聞こえた。声の調子がおかしかった。

「これは……痛み、ですか。痛み、ですね。痛い。痛いいぃいぃぃいいぃ」

 DJがレコードをスクラッチした時みたいに、声が妙に高くねじくれていく。異常事態に奈美もギョッとして掌を離し、目を開けた。

 楡誠の首が横に曲がっていた。首から上が、顔も含めて頭部全体が歪み、しぼんでいた。空気の抜けたビーチボールみたいに。天海も左の目を細めて楡を睨んでいた。

 ペニャペニャになった楡の唇が動いて声を発した。

「天海君、どうやったのですか。どうやって私に痛みを与えたのです。教えて下さい」

「知らんね。ただ、殴りたかっただけだ。奈美ちゃん、帰ろうか。送るぜ」

 楡には素っ気なく吐き捨てて、天海は奈美の肩に触れた。奈美はもう涙も吹っ飛んでいた。

 二人でドアへ歩きかけると楡が追ってきた。よろめいてそのまま前のめりに倒れ、天海の足にしがみつく。

「天海君、もう一度私を殴って下さい。もっと痛みを知りたいのです。お願いします。土下座して依頼すれば殴ってもらえますか」

 楡は縮んだ頭のまま、甲高い声で哀願する。あまりにもシュールな光景に、奈美は笑うべきか怖がるべきか分からなくなった。取り敢えず、泣くのはもういい。

 天海は足を抜こうとしたが、楡が離さずに引き摺られてくるので、諦めて苦笑した。

「奈美ちゃん、ごめん。送れそうにないわ」

「こちらこそ、色々手間かけて、ごめんね。真鉤君は家にいるってことだし、寄ってみる。というか、天海君は大丈夫」

 天海は足元の楡を見て、それから肩を竦めた。

「ま、大丈夫だ。少なくとも命の危険とかはないから」

「貞操の危険は」

 天海はちょっと驚いたように眉を上げ、それから髑髏のアイパッチをカリカリと掻いた。奈美も言ってしまってから恥ずかしくなった。ああ、学校ではお嬢様で通してきたんだけどなあ。

「じゃ、じゃあね」

 奈美はさっさとドアを抜けて階段を下りた。「殴って下さい」という楡の声がまだ聞こえていた。天海がどう収拾をつけるつもりなのかは知らない。

 下の階で同級生とすれ違う時、「なんか屋上で変な声がしてたよね」と尋ねられた。

「さあ、私は聞こえなかったけど」

 奈美はそれだけ答えた。

 学校を出ていつもの道を歩く。まずは真鉤の家に行って確認しよう。それだけを考えたいのに、楡誠に言われたことがじわじわと心に入り込んでくる。

 やっぱり、残り時間が少ないのは、事実なのだろう。

 生きてるうちに、やりたいことをやっておかないとなあ。

 メールの着信音。携帯を開くと日暮静秋からだった。「真鉤は家にいた」という件名。こちらも調べてくれたらしい。

 内容は「夜中に行ってみたらいたぞ。壊れてるっぽかった。放っておけばいずれ自然に治るんじゃないか。腹も減るだろうし」というもの。追伸で「君が直接行って確認してもいいが、もう数日待った方がいいと思うぞ」となっていた。

 どういうことだろう。奈美はまた分からなくなる。壊れている、とは。放っておけば治るなら深刻なものではないと思うけれど。待った方がいいというのは、あまり奈美に見せたくないという日暮の配慮なのだろうか。

 それにしても、夜中に確認したのならもっと早くメールしてくれても良かったのに。吸血鬼だし今まで寝ていたのだろうか。それとも、奈美にどのように説明するか、日暮も迷っていたのだろうか。

 奈美は「ありがとうございました。お手数をかけてごめんなさい。これから行ってみます」と返事を送った。

 ここまで来て放置する気もなかった。もう真鉤の家が見えている。やはり煙は昇っていなかったし、近づいてみても二階の窓は開いていなかった。

 奈美は玄関の呼び出しボタンを押した。相変わらず、反応はない。

 合鍵を取り出し、奈美はドアを開けた。そういえば日暮はどうやって入ったのだろう。

「真鉤君」

 呼びかけつつ奥を覗き込むと、真鉤はあっさり見つかった。廊下で仰向けになっている。半袖シャツにズボン。寝ているのかとも思ったが、目が開いていた。無表情に、固まっている。

 ゾワゾワと、嫌な予感がした。

「真鉤君」

 もう一度声をかけても、真鉤は天井を睨んだまま動かなかった。近くの小棚の上で電話機のランプが点滅している。留守番電話、メッセージが入っている。奈美のメッセージも残っているのだろう。真鉤はこの数日、ずっとこうしていたのか。

 奈美は靴を脱いで上がった。鞄を置き、歩み寄ってみる。真鉤はピクリとも反応しない。奈美は膝をついて、顔を近づけた。浅く呼吸はしているようだ。開いたままの目に、奈美の顔が見えている筈だ。

 ほんの少しだけ、真鉤の眉が動いた。奈美はホッとした。もし全く反応がなかったら、自分は真鉤にとって何の意味もなかったということに、なってしまうような気がしていたのだ。

「真鉤君」

 ゆっくりと、真鉤の目が滑り、奈美と目が合った。表情は虚ろなままだったが。

「真鉤君。どうしたの。大丈夫」

 少しずつ真鉤の唇が動いていたので、奈美は辛抱強く待った。

「……ごめん」

 漸く、真鉤は弱々しい声で、そう言った。

「どうしたの」

「ごめんよ……僕は……もう、駄目だ……」

 何故だか、奈美はプッと吹き出してしまうところだった。不安とない交ぜになったおかしさ、のような、シュールな感じ。真鉤の口からこんな台詞が出るとは信じられない。真鉤が自暴自棄になって自ら焼却炉に入ったことはあった。でも、そういうことはもう乗り越えた筈だ。奈美のために生きると言ってくれた筈だ。

「どうしたの」

 奈美はもう一度聞いた。奈美は真鉤の頭を持ち上げて、正座した自分の膝に乗せた。真鉤は虚ろな表情のままで、途切れ途切れに喋る。

「ごめん……まずは……ごめん。……マルキに……君の血を。検査……して、もらったんだ。君に黙って……。治療、出来るかも……知れない、て。日暮、に……手伝って、もらったんだ。君の、血を……採った」

 日暮に血を抜かれたのか。いつの間に。前回、喫茶店でチェックしてもらった時か。

「……ごめん……駄目だった……結果は、駄目、だった……治療は出来ない、と……ごめん……君には、黙っておく、つもりだった……」

 そうだったのか。真鉤の言葉が奈美の中にジワリと沁み入った。マルキは色々やっているみたいだから、もしかしたら奈美の治療が出来るかもと、真鉤も期待したのだろう。ただ、結果が駄目だったと言われても、奈美は何とも思わなかった。ずっと覚悟はしてきたし、今日は楡誠にもっとあからさまなことも言われた。

「そうだったの。でも、別に気にしないでいいよ。私も気にしてないし。だから、元気出してよ」

「ごめん……でも、違うんだ。……違う、ことなんだ。……僕は……本当の、クズだったんだ。クズだった。今回は、決定的だ……」

 奈美の膝の上で、真鉤は僅かに首を振った。見開いた目に、涙が滲んできている。

「マルキには……僕の血も、検査、してもらったんだ……僕が、殺人鬼、の……原因が、分かるかもって……結果は、異常、なかった……何も、異常が、なかったんだ」

「……そうだったんだ」

 奈美には、検査の結果の重要性が分からない。異常がなかった。それがどうしたというのか。真鉤は真鉤なのだし。

 真鉤の目尻から、涙が伝い落ちて、奈美の膝に触れた。

「その時、分かったんだ……僕は、誤魔化していた。覚悟している、つもりだった。でも、まだ……誤魔化していたんだ」

「何を」

 奈美は先を促しながら、もしかすると尋ねない方が良かったかもと思った。

「僕は、自分の罪を、生まれのせいにしていたんだ。……生まれつきの、殺人鬼、なのだから、仕方がないのだ、と。……遺伝子のせい、で、僕を産んだ……親の、せいだと……自分の、責任じゃない、と……。だから、何も異常はないと聞いて、僕は……ショックだったんだ……全ては、僕自身の、責任だったんだ、と……そのショックな自分にも、驚いて……僕は……クズだ……」

 真鉤の虚ろな告白を聞いても、奈美にはピンとは来なかった。遺伝子のせいにしていたというが、それも含めて自分であって、責任逃れとかいう話でもない気がする。そもそも自分がクズだとショックを受けるなんていうのは、真面目な証拠だと思うのだけれど。

 考え過ぎじゃ、ないのかなあ。しかし動けなくなるまで凹んでしまった真鉤を見ると、奈美も不用意なことは言えない気がした。だからといってこのまま放置も出来ない。何と言えば真鉤を支えられるだろう。どんな言葉が必要だろう。もしかすると、ここは正念場なのだろうか。

 壊れた人形のようになった真鉤に、奈美は考えを巡らせた末、告げた。真鉤がまた元気になれるように、心を込めて。

「真鉤君がね、どんなふうだって、私は真鉤君が好きなんだよ」

 だが、それが真鉤の心に届いた様子はなかった。彼はただ、同じ口調で言った。

「ごめん……僕は、もう駄目だ……放っておいてくれ」

 その時、奈美の胸に湧き上がったモヤモヤは何だったのだろう。失望……いや、そんな単純ではない。こんな筈ではないという思い。あの真鉤が、という信じられない感じ。自分が夢を見ているのではないかという違和感。真鉤の話した理由がやっぱり納得いかなくて、おかしいような、馬鹿馬鹿しいような気持ち。

 そして、奈美を置いてけぼりにして、勝手に独りで悩んでいる真鉤への、怒り。

「これからどうするの。真鉤君、前に、私のために生きるって、言ってくれたよね」

「ごめん……置いていってくれ……」

 奈美は溜め息をついた。日暮がメールで忠告したように、もう数日待った方が良かったのだろうか。真鉤もいずれは立ち直るだろう。不死身だから餓死なんてしないだろうし。

「また、来るから」

 奈美は取り敢えず、真鉤を置いて立ち上がった。まずは帰ろう。家で母がそろそろ昼食の用意をしている頃だ。それから、どうすべきか考えよう。暫く放置するか、そばにいるか。

 出口へと歩きながら、ふと焼却炉のことが思い浮かんだ。まさか、また入るなんてことは……。全く身動き取れない今の状態ならなさそうだけれど、少し元気が出た時に行動力が悪い方に向かって……あああああもう、人の気も知らないでこんな心配ばかりさせて。本当にダメな奴だ。そもそも私の方が慰められる側ではないか。

 奈美は、猛烈に、腹が立ってきた。頭の中で星が爆発した。

 玄関のドアには触れた。でも開けず、内側からロックする。真鉤の方へ戻りながらシャツのボタンを外した。脱ぐ。スカートも脱ぐ。奈美は下着姿になった。恥ずかしさなんか吹っ飛んで、怒りが全身を衝き動かした。場所とか明るさとかシチュエーションとかどうでも良かった。それから真鉤の上体を引き起こすと、その頬に往復の平手打ちを食らわせてやった。ベシッ、ベシッ、と心地良い音がした。

 流石に驚いたらしく、真鉤が目をパチクリさせた。奈美は内心ざまあみろと思いながら、厳しく命じた。

「服を脱ぎなさい」

 いやもう奈美が剥いでやる。シャツのボタンを外すのも面倒だったので、無理矢理引っ張ったらビリッと生地が裂けた。奈美は笑い出したくなった。

「な、何をするんだ」

「ショック療法」

 狼狽する真鉤を組み伏せてその顔を掴み、奈美は強引にキスした。

 

 

  三

 

「……」

「……」

「……あっ……」

「えっ……あっ……」

「……」

「……」

「……。ええっと、善処、します」

 真鉤の口調に、奈美はついおかしくて笑ってしまった。

 それからいつの間にか一時間くらい経っていて、奈美は真鉤と裸のまま並んで寝転がっていて、廊下の天井を眺めていた。暑くて、汗を掻いて、外で蝉が鳴いていた。

「僕は馬鹿だな」

 真鉤がポツリと言った。もう彼は虚ろではない。

「うん。そんなこと、ちゃんと分かってる」

 奈美は頷いて、それから聞いてみる。

「ねえ、私って、悪い子だと思う」

「そうだね。でも、僕は愛してるよ」

 真鉤は苦笑する。

 奈美は真鉤に駄目押しのキスをした。

 もう何も、怖いものはなかった。

 

 

  四

 

 藤村奈美様

 

 先日の私の失言は、大変申し訳ありませんでした。この謝罪の文章は天海東司君の勧めで書くことになりました。

 心よりお詫びしたいところですが、残念ながら、私には心というものが分からないのです。他人の喜怒哀楽を客観的に認識することは出来ますが、それは知識であって、どうやら人の感じているそれとは違っているようなのです。

 そのため、人間社会の慣例に従いこうして謝罪していますが、その謝罪が私の感情に基づくものではないことを、併せて謝罪申し上げます。

 感情が伴わないため、謝罪を物質的なもので表してみることにしました。お金では誠意が伝わらないと天海君に言われましたので、このペンダントをお譲りします。

 惑星一つを封じたものです。

 

   楡誠

 

 奈美が朝起きたら、机の上にいつの間にか手紙とペンダントがあった。楡は夜中に忍び込んで置いていったのだろうか。そういうことを平然とやりかねない人ではあるけれど。

 文章を読むと、この人は一体謝罪しているつもりなのか何なのか分からなくなったけれど、それもまあ、楡らしいといえばそうなのだろう。

 ペンダントは角の丸まった三角形で、透明なガラスで中身を密封していた。角の一つにチェーンを通すリングがついている。内部は黒くて、中心に丸い塊が浮かんでいる。青を基調にちょっと細かな白い模様の混じったもの。楡誠の言うことが本当なら、それは真空の宇宙に浮かぶ惑星ということになるのだが、ちょっと信じられない。でも別に、真に受けて騙されてやってもいいような気もする。

 あの日の楡の言葉については、そういう人なんだからと、正直今は何とも思っていない。ただ、このペンダントは気に入った。

 

 

  五

 

 夏祭りに参加するため、四人はひとまずトワイライトに集合する。ついでに今月分の非公式血液検査をやってもらうためだ。

 折角の祭りなのに日暮静秋の服装はいつも通りで、黒いTシャツに黒ジーンズだ。彼は真鉤と奈美の顔を見て眉をひそめ、まじまじと睨んだ末、泣き出しそうに顔を歪めた。

「なんてこった……」

「ど、どうしたんですか」

 奈美が尋ねると、日暮は頭を抱えながら言った。

「まさか、お前らに先を越されちまうなんてなあ……。絶対俺の方が先と思っていたのに」

「え、な、何のことです」

 奈美はちょっとドギマギしながら聞き返す。吸血鬼だしそういうことも分かってしまうのだろうか。

「俺の方はキスより進展がないってのに。すぐ殴られ……」

 と言ってると日暮は早速南城優子に殴られてしまった。

「人の前でそういう話をするもんじゃないでしょ」

 南城が日暮の言った意味をどの程度察していたかは分からない。彼女は相変わらず明るいし彼氏をすぐ殴るが、そういうことには疎いような気がする。

 奈美は隣の真鉤を見た。彼も日暮の指摘でちょっと顔を赤くしていて、奈美と目が合うと黙って苦笑した。

 奈美は新品の浴衣で、真鉤は「似合ってるよ」と褒めてくれた。真鉤の方は相変わらずの格好で、元々浴衣を持っていないし余計な買い物をする気もないだろうから仕方がないところか。

 南城の浴衣は藍色の地にピンク色の花びらが描かれた落ち着いたもので、浴衣にシックという表現は変なのだけれどそんな感じがした。奈美は海水浴での彼女の水着姿を思い出して、帯で締めつけられた胸元に目が行ってしまう。

 縁日で色々食べる予定だからトワイライトではコーヒーくらいにした。日暮はジンジャーエールを飲み干してしまうと待ち針を取り出し、奈美は指を出す。

 痛みは殆どなく、針に血の滴がくっついて盛り上がっていく。前はこのタイミングでマルキ提出用の血も採られたのだろう。奈美が知ったことを日暮も気づいているかも知れないが、彼は平然としていた。

 針の先についた滴を味わって、日暮は「異常なし」と診断した。

 それからちょっとしたお喋りをしているうち、窓の外を歩く浴衣姿が増えてくる。

「じゃ、行くか」

 日暮が立ち上がった。

 繁華街に戻ってそこから脇道へ入り、少し歩くと並んで吊られている提灯が見えてきた。そして夜店の明かりが。早速焼きソバ屋か。後回しでいいや、と奈美は思う。

 この手の屋台に大した違いがないことを奈美も分かっている。幼い頃は夜店の明かりがキラキラして見えて、そこに素晴らしいものが待っているような気がしていた。だが今は、質の悪い材料を使って原価の数十倍で売っていることも知っているし、くじの中に一等が入っていないことがあるのも知っている。何年か前に食べたチョコソフトクリームは見かけだけでチョコの味がしなかった。そういうことは、奈美も分かっている。

 それでも今、縁日が輝いて見えるのは、そばに真鉤がいるためなのだろう。

 奈美はリンゴ飴を食べた。焼きイカを食べた。綿菓子も食べた。射的をやって小さな犬の縫いぐるみを獲った。真鉤は射的は下手糞で、奈美は笑った。それからお化け屋敷に入った。機械仕掛けで滑ってくる幽霊の人形や、単にお面をかぶっているのがバレバレの男の襲撃に、奈美は笑いを堪えるのに必死だった。でも真鉤の腕にしがみつくことが出来て楽しかった。

 人込みの中を掻き分けて買い物するうちに、いつの間にか日暮達の姿が見えなくなっていた。

 奈美がそのことを尋ねると、真鉤は「南城さんをお姫様抱っこして、あっちに消えたよ」と人気のない林の奥を指差した。奈美はモニョモニョと言葉にしにくい想像をしながら、控えめな表現で真鉤に尋ねた。

「あの二人、進展すると思う」

「どうだろう。難しいかも知れないね」

 友人のことなのにひどい言い草だが、奈美もそんな気がした。

「よう、お二人さん、元気かい」

 聞き慣れた声がかかった。他の大勢の客より長身なのですぐに分かる。

 天海東司は『愛』という文字の入ったタンクトップ姿で、アイパッチもいつもの髑髏と違って閉じた瞼が描かれたものだった。そのためウインクしているように見える。

 奈美がちょっと驚いたのは、天海の両腕に、浴衣を着た二人の少女がそれぞれ自分の腕を絡めていることだった。二人共可愛らしい顔立ちで、片方は学校でも見覚えがある、多分下級生だろう。もう一人はもしかしたら他校の生徒かも知れない。天海君は凄いなと、奈美は素直に感心しながら、楡との件の礼を言っておく。

「天海君、この間はありがとう」

 天海は奈美の顔、それから真鉤の顔を観察した。

「ふうむ。ふむふむ。……うん、おめでとうっ」

 日暮だけでなく、天海にもばれてしまったらしい。彼はニヤリと笑い、少女にしがみつかれたまま軽く右手を上げて去っていった。両腕の少女達がチラリと奈美の方を振り返っていく。

 奈美は真鉤と顔を見合わせた。おそらく真鉤も天海の両手に花状態のことを考えていたのだろうけれど、口には出さなかった。

「ええっと、ね。私も、お姫様抱っこをやって欲しいんだけどな」

「いいよ。花火を観終わったら、そうやって帰ろうか」

 真鉤は微笑して答えた。本気なのか冗談なのかは分からないけれど。

 それから夜空を満開の花火が飾っていった。二人は並んでたこ焼きを食べながらそれを眺めた。皆が帰り始めて人が疎らになった頃、真鉤は奈美をお姫様抱っこして暫く歩いてくれた。

 

 

  六

 

 八月も下旬に入り、明日から夏期講習も始まってしまう。真鉤夭は自主的に参加する必要性を感じなかったが、藤村奈美が参加するので一緒に行くことにしていた。それに、大学受験のことを考えれば幾ら勉強しても損はない。

 ただ、そんな時に入ってきた連絡が、真鉤の心に重苦しく引っ掛かっていた。あれで縁が切れた筈なのに、奴らは亡霊のようにしつこくついてくる。

 マルキ……希少生物保護管理機構の研究所が壊滅したという話は日暮から聞いていた。構成員の一人が反乱を起こしたのだとか。伊佐美から連絡があると思っていたのだが、その伊佐美自身が重傷を負って入院しているとかで、今日会うのは初対面のエージェント達となる。

 列車に乗って二十五分。真鉤は地図を見ながら多文化交流統合実習センターを探した。別にマルキの秘密施設ではない。潰れて空になった建物をマルキが会合場所に指定してきたのだ。会って話をするだけなら真鉤は自分の家に来てもらっても良かったのに、こういう場所を指定してきたというのは含むものを感じる。真鉤は念のため、シャツの下に剣鉈を隠していた。そのくらいの装備があることはマルキも把握している筈だ。

 所員を皆殺しにして逃げた構成員は、八久良島の怪物に宿っていた細菌に自分の体を感染させたらしい。死体をゾンビ化する細菌をどうやって制御するつもりかは知らないが、とにかくそいつは今も逃亡中で、何処にいるのか分からないという。他の生物に感染連鎖してパンデミックという流れには、今のところなっていないということ。それが唯一の安心材料だ。

 秘密研究所から危険なものが逃げ出す。お決まりのパターン過ぎて逆に実感がない。マルキがそんなに底の浅い、間抜けな組織とは思えなかったが。今日は、捜索に参加しろという協力要請かも知れない。真鉤は自分の日常を過ごさねばならないのに、迷惑な話だとつい思ってしまう。

 多文化交流統合実習センターが見つかった。錆びの浮いた正門が開いている。二階建てで壁は色褪せているが、まだ廃墟というほどひどくはない。玄関の表札は削り取られていた。

 誰かに見られている。入り口の扉に触れる前に真鉤は感じていた。屋内に気配はあるが、それとは違うようだ。敵意は今のところ、なさそうだ。周囲を見回してみる。自動車修理工場やマンションがあるが、視線の主は見つからなかった。

 今から隠れるか。いや、そんなことをしても無意味か。真鉤はガラスの扉を押した。鍵は掛かっていなかった。

「こっちだ」

 声がかかった。酒飲みのようなガラガラ声だがトーンは高い。真鉤は右の廊下を進み、開いたままのドアから室内を覗いた。

 それなりに広いホールだった。正面奥にステージがあり、手前側に固定式の客席がずらりと並んでいる。設備はそれほど傷んだ様子もなく、ゴミが多少散らばる程度だ。勿論エアコンは効いておらず暑かったが、ここにいる者が気にすることはないだろう。

 ステージの縁に小さな男が腰掛け、足をぶらつかせていた。

 身長は小学校中学年くらいだろう。白い長袖シャツに、白い手袋を着けていた。薄緑色の長ズボンに白い靴下、そして靴は黒い。ゴム底のしっかりした感じから安全靴のようだが、小柄な体格に比べて靴のサイズは大きかった。二十八センチくらいありそうだ。ストレートに伸ばした黒髪は顎の高さ辺りで切り揃えられ、少し湿っているようだ。鍔のない赤い帽子をかぶっている。天辺に丸い突起のついた、中国人のかぶるようなものだが模様は何もなかった。

 鼻は低く、口の周囲がやや盛り上がった、人間離れした顔立ちだった。目は鋭く細い。肌の感じは、マルキがくれた人工皮膚のマスクに似ていた。こいつも素顔を隠しているようだ。

 強い。真鉤は一目で相手の力量を悟っていた。日暮家の執事の人狼や、あの闇に包まれた日暮冬昇と比べることは出来ないものの、少なくとも、元マルキの偽刑事・大館千蔵と同等かそれ以上だろう。

 男の背中側、ステージ上に彼の武器が横たえられていた。刃渡り一メートル二十センチ、柄が五十センチの巨大鉈。マルキの船で見た鎌神刀だ。武器の全長が自分の身長より長いことになるが、鎌神刀を扱える数少ないエージェントというのがこの男らしい。

「鉄の匂いがするな。得物を持ってきたか」

 男が言った。

「そちらも大きなものを持ってきてるようですが。それと、生臭い匂いがしますね」

 真鉤は返した。男から漂う生臭さは本当だった。魚の匂い。こいつは人間ではないらしい。

 男は細い目を更に細めた。どうやら癇に障ったらしいが、いきなり襲いかかってくることはしなかった。

「お前が真鉤夭だな」

「はい。そちらはマルキの方ですね」

「黒淵だ」

 男は名乗った。

 真鉤が気になっているのはもう一人のことだ。建物に入る前に感じた視線はこの黒淵という男のものではなかった。

「日暮静秋の方はどうした。ビビッて逃げた訳ではないだろう」

「どうでしょう。待ち合わせはしなかったので」

 真鉤は無難に答える。日暮とは事前に連絡を取ったのだが、思うところがあるらしく、別々に行くことになっていた。

 それにしても黒淵の口調は挑発的だった。今日は情報提供と協力要請とのことだったが、ついでに殺し合いでもするつもりなのか。鎌神刀もわざと見せているように思える。

「そうか。俺は時間の無駄遣いをする気はないから、後でお前が日暮に伝えておけ。……まず、須能は来たか」

「いえ……誰です、それは」

 真鉤は応じながら左へ歩き、最後列、左端の客席に座った。どうも背後に出入り口のある位置は避けたかった。もう一人の気配を感じるのだが何処にいるのか掴めないのだ。

 黒淵と真鉤の距離は三十メートルほどになった。

「須能神一。研究所の奴らをぶち殺して逃げた男だよ。お前らが八久良島で狩りをした時に、潰れたユニオン・タンクがあったろう。その中身が須能さ」

 真鉤は思い出した。船内で修理中だったサイボーグ戦車。円筒形の容器らしきものが中心にあった。妙に刺さる視線を感じたものだ。伊佐美が気になることを何か言っていた。

「あれが須能という人でしたか。取り敢えず、僕のところには来てません」

 「人」というところで黒淵が声を上げて笑った。ヒヒッ、と嘲るような、嫌な笑い方だった。

「そうか。伊佐美が言うには、須能はお前らを狙ってるらしい」

 唐突な話だった。

「どうして僕らが狙われてるんです。一度そばを通っただけなんですが」

「ふうん。分からないか。分からねえのか。ふうん……。クヒッ。俺には分かるぜ」

 黒淵はまた嫌な笑い方をした。この男の真鉤に対する敵意もあからさまになってきた。

「化け物が人間の格好して、人間としてのうのうと生活出来てるんだからな。殺したくもなるわな」

 ああ、そうか。

 そういうことか。

 真鉤は理解した。須能という男の憎悪も、この黒淵の敵意も、大館千蔵が真鉤や日暮を追い回していた理由も、結局は単純なことだったのだ。

 人間のふりが出来ず、人間の生活が出来なかった者の、嫉妬。真鉤はそれをここで口にしたりはしなかった。

 黒淵が話を続けた。

「マルキは全力で須能の居場所を探してるが、まだ見つかってない。すぐにでも手当たり次第に感染させて日本を化け物で溢れさせるかと思ったんだがな。そうなりゃマルキも関係省庁もトップの首がごっそりすげ替わるだろう。……だが、残念ながら、今のところそういう騒ぎもない」

 この男は今「残念ながら」と言ったか。どういう意味だ。やはりこいつも正気を失った最前線の一人、という訳か。

「だから、マルキはお前らの周辺を監視することにした。戦闘員以外にも十数人態勢で当たる。お前の家の近くにマンションも確保している。学校の方は『ミキサー』がいるから敷地に入るつもりはないがな。そして、須能がノコノコやってきたら、俺達が始末する」

 また監視か。今回は真鉤自身がマルキの標的ではないが、やはり気持ちの良いものではない。真鉤の殺人鬼としての活動は黙認されているけれど、わざわざマルキに見せたくもなかった。

 それと、黒淵の最後の台詞。彼は「俺」とは言わなかった。

「『俺達』とは、あなたと誰です」

「……フキだ。風の鬼と書く」

 低い声はホールの入り口からした。さっきまで真鉤が立っていたところだ。気配は感じていたが、こんな近くとは思わなかったので、真鉤は少し驚いた。

 風鬼は灰色のロングコートを着ていた。長身だが肉は薄そうで、ズボンはややだぶついている。コートの袖もやや長く、手が見えない。わざとそうしているのだろう。

 完全な白髪は先端が腰まで届いていた。一部は三つ編みとなってコートの内側に潜っている。

「やはり日暮の方は来ないようだな。携帯にもかけたが通じない」

 風鬼の発声はまともだったが口が全く動いていなかった。前髪が垂れて半分ほど隠れた白い顔は、硬質なマスクらしい。表情も動かないし、目も細過ぎて眼球かあるかどうかも分からない。

「須能について説明しておく」

 ステージの黒淵が言った。

「奴は本来は、人間だ。ただ生まれ方が特殊だっただけでな。奇形腫って知ってるか」

「……いえ。知りません」

「そうか。まあ、俺もそれほど詳しいことは知らんし、奴の出自などはどうでもいいか。奴は、他人の感覚を借りることが出来る。それを多少いじることも出来るらしい」

「感覚を借りて、いじる、ですか」

 真鉤には具体的に想像が出来ない。

「元々自分の感覚器がなかったらしいからな。そのお陰でユニオン・タンクみたいなヘンテコサイボーグもこなせた。他人が見て聞いているものをそのまま自分の感覚として取り込めるらしい。そして何か、簡単なメッセージみたいなのを感覚にして送れるとか。その能力で、ヤクラ菌ともうまく折り合ったんだろう」

「……。よく分かりません。結局、どんな感じになるんです。巨大生物になって現れるんですか」

 真鉤は一瞬ゴジラを思い浮かべた。

「さあ。その辺は俺にも分からんね。須能はこれまで機械の体しか使ってないからな。拒絶反応がネックで、生体には乗れなかった。取り敢えず、研究所内の監視カメラ映像と伊佐美の話では、不細工な巨人になって人間っぽく喋っていた。だがそれからはどんな姿になってるか分からん。もしかすると普通の人間の姿をしているかもと、伊佐美は言っていた。憧れだろうからな」

「それで、マルキが僕と日暮君を監視して、須能が現れたらあなた方が駆けつけて始末する、ということでいいんですね」

「そうだ。お前らには正直、何も期待していない。囮として普通に生活してりゃいい」

「そうですか。情報提供、ありがとうございました」

 真鉤は表面的な礼を述べた。厄介なことになった。八久良島の動く死体を思い出す。あんな危険な病原菌を野に放ってしまったとは。抗生物質は効くということだったが、いつ突然変異して耐性を身につけてもおかしくはない。本格的に広がれば、人類滅亡もあり得るのではないか。ゾンビ映画が描く世界の終末のように。今のところそれが起きていないというのは、須能という男がうまくコントロールしているのだろうか。

 カウンセラーの楡誠とも相談しておくべきだろう。

 黒淵が聞いた。

「ところでお前は、不死身だそうだな」

 来た、と真鉤は思う。敵意の滲む態度から、いずれ来ると思っていた。こんなところに呼び出したのもそのためだろう。

「取り敢えず、まだ死んだことはないですけれど」

 慎重に答えながら、真鉤は考える。こいつらは何処までやる気だろう。真鉤を殺すつもりまではなくても、いざ始まれば止まらなくなるかも知れない。

「首を切り落としても死なないとか。一度、試させてくれ」

 黒淵のマスクを貼った顔は表情を露わにすることがない。ただし、揺らぎのない高い声音は本気を窺わせた。

 真鉤は右を向き、風鬼の様子を確認した。さっきまでは両腕を自然に垂らしていたが、今、腕が少し横に広がっている。大した違いではないものの、いつでも戦闘態勢に入れることを真鉤は感じ取った。

 こいつもやる気か。

「間違って死んでしまうと困るので、遠慮しておきます」

 真鉤が立ち上がると同時に、ビュフォーン、という風鳴りが聞こえた。

 黒淵が、ステージの縁に腰掛けたまま右腕を差し上げていた。立てた人差し指の周囲に霞む水平の円は、全長一メートル七十センチの鎌神刀だろう。石突部分が輪になっている筈だ。

 重量十キロ近い凶器を、黒淵は指一本で、高速回転させているのだった。かなり扱い慣れているのだろう。真鉤に指一本で同じことが出来るか、自信がない。

 どうやらやり過ごせないらしい。真鉤は念のため尋ねた。

「反撃しても構いませんか。身を守るためにあなた方を殺してしまった時、マルキへの敵対行為と取られても困るんですが」

「俺が報告しておく」

 告げたのは風鬼の方だった。黒淵の方は無言のまま、ヘリコプターのように頭上で鎌神刀を振り回し駆け寄ってきた。予想していたより足が速い。

 ギョガガガガッ、と周囲に散るのは客席の破片だ。恐ろしく姿勢を低くした黒淵の刃が、鉄の土台ごとあっけなく客席を切り飛ばしているのだ。凄まじい破壊力だ。刃の動きが目で捉えきれない。これは、下手に間合いに入ると一瞬で粉々にされるかも知れない。半径百七十センチの破壊円が真鉤に迫る。

 注意力の一部を風鬼の方に分けつつ、真鉤は上に跳んだ。ホールの天井までは十メートル以上ある。黒淵はどう対応するか。

 黒淵も跳んだ。鎌神刀の水平回転が垂直に切り替わる瞬間が見えた。空中で背中から抜いた剣鉈を引き気味に受け……パギュッ、と小さな破壊音がしてあっけなく鉈が折れた。腹と胸を縦に走る痛み。ぎりぎり避けられると思ったのに、見切りが甘かったのか。真鉤は手元に残った剣鉈の半分を投げる。

 驚いたことに、黒淵は右手で鎌神刀を振り回しながら、左手で剣鉈を掴み止めた。その左腕が妙に短いことに真鉤は気づいた。その代わり、右腕が長くなっている。鎌神刀の間合いが伸びたのはそのためか。黒淵の腕の構造はどうなっているのか。

 高い場所で黒淵と交差した後、真鉤はホールの天井に張りついた。振り返ると黒淵も天井を蹴ってこちらに飛んでくる。だが、真鉤が落ちてくると思っていたのだろう。軌道がやや低い。

 真鉤の近くに金属片が刺さっていた。黒淵が切り散らした客席の破片が天井まで飛んでいたのだ。その五十センチほどの歪んだ鉄塊を真鉤は引き抜き、左手と両足で天井を這った。下で見守る風鬼の「むう」と感心するような唸り声。

 鎌神刀をぶん回して宙を通り過ぎる黒淵の、背後に回り込むように真鉤は跳んだ。黒淵が身をひねろうとしている。真鉤は鉄塊を投げつけた。回転する鎌神刀の向きが変化し、ガギュッ、と鉄塊をぶち飛ばす。

「グッ」

 黒淵が呻きながら左目辺りを押さえた。ただ、残念ながらというか幸いにというべきか、真鉤の投げたボルトは頬を削っただけのようだ。元客席の鉄塊からボルトをねじり抜いておき、鉄塊を投げた陰からこっそり投げたのだ。黒淵には鉄塊しか見えなかったろう。

 バランスを崩して黒淵が背中から落ちた。まともだった客席がグギュリと凹み、ふらついた鎌神刀が床に突き刺さる。真鉤はホールの壁に着地してすぐまた這い上がった。天井に刺さっていた鉄片を幾つか手に入れておく。

「小賢しい真似しやがって」

 黒淵が起き上がった。背中を派手に打ったが骨が折れたりはしていないようだ。人工皮膚のマスクの左頬が破れ、緑色の湿った地肌が見えていた。

 天井から見下ろしながら、真鉤は自分の傷の深さを探る。左の肋骨が七、八本は切断され、肺も深く裂けている。腹は、傷口から腸がはみ出していた。三度咳をして、気道に込み上げた血を吐いてしまうと、もう新たな出血はなかった。早く肋骨が繋がるように左手で胸を押さえる。着替えを持ってくるべきだったなと真鉤は思った。

「もういいだろう。終わりだ。続ければ、無傷では済まんぞ」

 風鬼が相棒に告げた。こちらは割と冷静なようだ。

「うるさい。こいつはもう、殺す」

 黒淵の方は粘質な怒りを燃え上がらせていた。再び頭上で鎌神刀を回し始める。回転速度が上がっているようで、風切り音はさっきより高かった。

 止めるかと思ったが、風鬼は逆のことを言った。

「なら、仕方がない。二人がかりでやろう」

 やはり、これがマルキか。真鉤は天井を破って上に逃げるべきか考えた。それか、もう片方に致命傷を負わせてから逃げるか。風鬼の方が弱そうにも見えるが、どんな力を持っているか分からない。

 と、左足に何かが触れた。反射的に離れようとするが急激に足首を締めつけられる。細い紐の感触。だが見てもそれっぽいものは……。

 一本の白髪だった。風鬼のものだろう、十メートル以上も伸びた髪が真鉤の足に巻きついているのだ。他にも何本も天井を伝っていた。いや、もうホール中に張り巡らされているようだ。真鉤は足を引っ張るが抵抗が強く、髪が切れることもない。天井に張りついて力を入れにくいせいもあるが、もし本気で引っ張り合いをすればどうなるだろう。風鬼の髪が切れるか抜けるか、それとも真鉤の肉が削げて足首がちぎれるか。

 このまま天井にいれば無数の髪に全身を絡め取られるだろう。真鉤は鉄片を投げつけた。風鬼が両腕を素早く振り上げる、その袖の中から無数の白髪が伸びた。これは本当に髪なのか、触手なのか。鉄片が絡め取られ、風鬼が左袖を横に振ると解放されすっ飛んでいった。真鉤はもう一つの鉄片を投げると同時に右足で天井を蹴って跳んだ。すぐに風鬼を仕留めないとまずい。背後から猛スピードで黒淵の気配が迫る。

 風鬼が後ろに下がりホールの外へ出た。一緒に真鉤の右足も引っ張られ、空中でバランスを崩す。まずい。後ろから黒淵が。

「はいストーップ」

 新しい声がした。ホールの外。風鬼のそばから。知った声だ。黒淵が鎌神刀を回したまま急停止し、真鉤は無事に着地する。

「貴様……」

 黒淵の細い目が開かれた。頬の傷が歪み、黒っぽい血が滲む。

「今、こいつの首に俺の血が五百cc入った。人間とはちょっと構造が違うようだが、五秒以内に脳か心臓をグチャグチャに出来るぞ。あ、心臓見つけた。一秒で殺せる」

 風鬼の傍らに立ち、日暮静秋が言った。じっとりと汗を掻いているのは緊張ではなく、暑さのためらしい。

 日暮の両手首から血の鞭が伸び、片方は風鬼の首に巻きついていた。既にかなりの血を使ったのだろうか、いつもより白い顔をしている。

「日暮だな。いつからいた」

 身動きせず風鬼が尋ねた。

「今朝からだ。隣の部屋の天井裏で寝てた。遅刻したくなかったんでな」

 日暮は唇の端を歪めて笑う。真鉤も彼の気配を感じなかったし、マルキの二人もそうだったろう。自分の血で結界を張っていたのか。そしてさっきからのやり取りを聞いていて、タイミング良く助太刀に現れた訳だ。真鉤を勝手に当て馬にしたのはちょっと憎らしかったが、結果的には最善だったろう。

 だが、黒淵の方が止まるかどうか。

「一秒と言ったか」

 鎌神刀の回転をやめず、冷ややかに黒淵が言った。

「やめろ、黒淵。ギャンブルになる……」

「なら一秒以内に殺す」

 風鬼の忠告を聞かず、黒淵は自信満々に宣言した。いや、風鬼がどうなろうと彼にはどうでも良かったのかも知れない。

 だが、日暮が落ち着いた口調で告げた。

「ふうん。マルキで指折りの戦士ってからには、もうちょっとプライドあるかと思ったんだが。そんなでっかい武器持って、殆ど丸腰の相手を襲っちまう訳だ。弱い者苛めが、好きなのかねえ」

 日暮の言葉は黒淵のプライドを刺激したようだ。真鉤を「弱い者」と表現したことで、黒淵の気持ちも少し収まったのかも知れない。彼は生臭い溜め息をつき、鎌神刀をホールの床に突き立てた。ガズッ、と、あっさり一メートル以上刺さっていた。

「いいだろう。行け。さっきの俺の説明は聞いていたか」

「お陰様で」

 日暮は頷く。真鉤の足に巻きついていた風鬼の白髪が解け、コートの中へ回収されていく。それを確認して、風鬼の首に巻きついていた血の鞭も解けた。

「お前にも監視がつく。だが、別にお前らを守るためではない。精々、須能に食われぬよう気をつけることだ」

「ご忠告ありがとうございます」

 日暮はわざとらしく礼をして、真鉤に言った。

「さ、帰ろうぜ」

「シャツが駄目になってしまった。替えを持ってきてるなら貸してくれないか」

 胸の傷は完全に塞がったが、半袖シャツは裂けただけでなく大量の血で汚れていた。人前でこれはまずい。

「なら上半身裸で帰れよ。男らしいぞ」

「……。夏祭りで進展はあったのかな」

 グサリと来たようで、日暮は顔をしかめた。

 そんなやり取りを、マルキの二人は黙って見守っていた。真鉤達が建物を出たところで、「ふん、餓鬼が」という黒淵の捨て台詞が聞こえた。

 

 

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