エピローグ

 

 藤村奈美はベッドに横になったまま、天井の常夜灯を見ている。

 これからもう眠るだけだ。明日は学校がある。いつものように起きて弁当を作り、真鉤と一緒に登校し、授業を受ける。そういう毎日をこれからも続けていくのだ。

 奈美が生きている限りは。

 体内に根を張った擬似神経は楡誠に摘出してもらった。マルキには抗生物質を暫く飲まされて、あの細菌をきちんと追い出せたらしい。今後の医療的なフォローもしてくれるそうだ。責任はマルキにあったのだから、当然といえば当然のサービスなのだろうけれど。

 二十重坂町の異常事態と大殺戮は、マルキがなんとか大きな騒ぎにしないよう努力しているようだ。原因不明の大量死ということになり、今も新聞に記事を見かける。死者の人数も少なめに書いているし、おそらくマスコミもある程度事情を分かった上で協力しているのだろう。

 真鉤によると、国内のあちこちで須能神一の放った怪物が暴れた件は、一週間程度で収束したという。マルキが全力で駆けずり回ったのもあるが、おかしなことも起きたらしい。現場の手に負えない巨大な獣が町に入り込むと、奇妙な男が現れて、獣を手懐けるみたいに撫でて眠らせてしまったとか。真鉤の話を聞いて、それは須能だったのだろうと思った。自分で騒ぎを起こしたけれど、自分で収めてしまったのだ。気が変わったのかも知れない。無関係の人々を操って千人以上を殺させたのだから、決して善人ではないのだが、奈美は何故か須能を憎めなかった。

 不審者が学校に入り込んだ件も、自然と話題に上らなくなってきている。噂には色々あって、学校の前で人が爆発したとか、トラックに乗った巨大な芋虫が暴れたとか、近くの海岸で巨大な化け物が出たとか、楡誠がたまに瞬間移動するとか、勝手なことが言われていた。全て本当のことだろうけれど、いずれは都市伝説みたいに話半分に伝えられるようになるのだろう。

 天海東司の怪我はひどいことにはならなかったらしくて、奈美はホッとしている。彼は変わらず余裕たっぷりに登校して、奈美を見かけると片目でウインクしてみせたりする。彼が努力しているのを知っているので、奈美はそれを見て切なくなる。ちなみに空手部の顧問は今も入院中だ。

 真鉤はあれから一度だけ、暴れる獣の処理に駆り出されていった。日暮静秋も別の場所で手伝ったらしい。マルキには関わりたくないが、今は人手が足りなくて、被害を拡大させるのも嫌だからと真鉤は言っていた。

 真鉤の家の地下室に、あの長大な刀があるのを奈美は知っている。いざという時にはまたそれを持ち出すのだろう。例えば、また奈美が攫われた時なんかに。

 そういえば、文化祭のために詩を書かないと。幽霊部員だけど一応文芸部だし、やっぱり何かを形にして残しておきたい。

 今度は、魂についてでも、書いてみようかな。

 卒業した後のことも奈美は考える。大学に進んでアパートでも借りられたら、真鉤と一緒に住んでみたいな。両親は許さないかも知れないけれど……うん、許さないだろうな。でも、ばれなければ大丈夫だよね。時は容赦なく、遠慮していたら何も出来ないまま、人生は終わってしまうのだから。

 机の上のペンダントを見る。楡誠がくれたもの。常夜灯の薄闇でもそれは少し光って見えた。

 惑星を閉じ込めたものとか。本当なら凄いことだけれど、嘘でも嬉しい。想像力を刺激される。

 宇宙が生まれたのは百何十億年も前で、今も広がり続けているとか。無数の銀河があって、その中にまた無数の星がある。それに対して自分はこんなにちっぽけで。

 世界とは何なのだろう。人間とは一体、何なのだろう。

 そんなことを取り留めなく考えながら、奈美は自分が世界に溶けていくような気がした。肉体が滅んでも、きっとそれは小さなことで、魂は永遠なのだ。

 奈美は、死を受け入れる準備を始めていた。

 

 

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