闇。
遠くで男の喚き声。酔っ払いのようだ。
暗い部屋。常夜灯も点けておらず、カーテンの隙間から洩れる月光が僅かに家具の輪郭を浮かび上がらせる。机と本棚、そしてベッド。
人の形の影は、ベッドの上ではなく部屋の隅に蹲っていた。
「うう。どうしてだ……」
影の呻き。十代後半の少年と思われるその声には昏い怨嗟が滲んでいた。
影は、震えていた。
通りの酔っ払いが調子外れの歌を歌い始めた。
「うるさいよ」
中年の女の声が酔っ払いを怒鳴りつけている。
「お前こそうるせえんだよ。殺すぞ」
酔っ払いが反撃している。
歌が再開された。次第にこちらへ近づいてくる。
ギジギジ、ギジ、と、爪で壁を引っ掻く不快な音。闇の中で影が蠢いている。何かに耐えているように。
「どうして、今回は早いんだ……まだ、四、五日はある筈なのに……」
酔っ払いの気配が家の前で止まった。陽気な歌がやむ。
寝室の影が動き出した。立ち上がって窓に歩み寄り、カーテンの隙間から外を覗く。
酔っ払いは四十才前後だろう。背広姿だ。寝室は二階にあるため、男の薄い頭頂部が見えた。
男は、塀の前で立ち小便をしているのだった。
「この塀、そろそろペンキ塗り替えた方がいいぞ」
住人が見ているとも知らず、酔っ払いが勝手なことを呟いている。
影は震える息を吐いた。深呼吸。何度か繰り返すうちに全身の震えが収まってくる。
ベッドの下に手を入れ、細長いものを取り出した。闇の中でそれがキラリと光った。
ドアへ向かう少年の目も、冷たい飢餓に光っていた。
十分後、少年は地下室の大型焼却炉に用済みのゴミを押し込んでいた。血塗れの腕が垂れ下がる。
少年はそれを畳んで詰め直した。髪の薄い頭頂部がまだはみ出している。
少年はそれを片手で押した。皮一枚で胴と繋がっていた頭が、焼却炉の中へ転がった。
新聞紙に火を点けて入れ、少年は跳ね上げ式の蓋を閉じた。
煙突は天井を伝い屋敷の側壁へ抜けている。朝までには、全て灰になっていることだろう。
刃渡り二十二センチの草刈り鎌についた血糊を流しで洗い落とした。床の血痕を処理するためにモップを濡らす。
少年の目は一仕事終えた後のように、穏やかに澄んでいた。