一
帰還した大曲源が八津崎市警察署長として最初に命じたのは、整理券を作ることだった。
「地獄坂を殺そうと色んなとこから物好きが集まってきてるからな。折角だから地獄坂に順番に挑戦する権利として、一枚一万円で売りつけてこい」
早速婦警が番号を振った整理券をプリントアウトしている。『地獄坂挑戦整理券 No.1 順番になるまでベイクト・ドームでお待ち下さい 八津崎市警察』という単純な文面だった。ベイクト・ドームは首借町に設けられたドーム野球場なのだが、昨年場内で火災が発生し一万三千人の観客が蒸し焼きとなってからはずっと閉鎖されていた。余所者に待機してもらうには都合のいい場所ではある。
署内に残っていた警官の一人が呆れ顔で尋ねた。
「署長、本気で行列整理などなさるおつもりですか。ただでさえお祭り騒ぎで治安が悪化しているんですよ」
「そのつもりは全くない」
欠伸しながら大曲は断言した。
「整理券を売るだけだ。わざわざ本当に整理してやる暇なんてないしな。ただ、正直に買ってくれる奴ならそれなりに大人しく待ってくれるだろう。買わない奴は遠慮なく射殺しちまって構わん。ちゃんと治安維持にも貢献出来る訳だ」
「了解しました。それでこそ署長ですわ」
副署長の森川敬子は大喜びで敬礼する。
後ろの机に尻を載せていたローンガンマンは「ここもまともじゃないな」と呟いて首を振った。彼のスーツは高級品になっていたが、胸に開いた小さな穴と古い血痕はどうやら事件被害者の衣服であったらしい。
「徴収した代金の半分は俺に差し出せ。残り半分は自分の小遣いにしていいぞ」
寛大な署長の言葉に、誇り高い八津崎市警の署員達は「大曲署長バンザーイ」と歓声を上げた。
「あ、そうだ。副署長にはこの防弾エプロンをプレゼントだ。今日の勤務中はちゃんと着けといてくれ」
大曲が差し出したそれを、森川は意外そうな顔で受け取った。署の押収武器庫から持ち出したらしい灰色のエプロンを開くと、前面にマジックで『その程度の女』と書かれていた。
ビキッ、と森川の額に青筋が浮き上がった。だが、彼女はなんとかぎこちない笑みを浮かべて署長に礼を述べた。
「ありがたく使わせて頂きますわ」
彼女が上司を射殺しないのは、力ずくで下克上はしないという自分なりのルールがあるのか。それとも死んだ魚の目をした相手を撃つと銃が腐るとでも思ったのか。或いは何事にも動じない署長に、実は一目置いているのかも知れない。
「じゃ、俺は寝るから頑張ってくれや」
大曲は軽く手を振ってから署長室へ消えた。
警官達はそれぞれパトカーに乗り込み職務に戻った。市内をパトロールして怪しい人物を職務質問し、整理券を売りつける。拒否する者や攻撃の気配を示す者、既に銃を乱射したりしていた者は容赦なく射殺された。世界中から集まった客達が尋常でないことを警察も承知している。パトカーの車体は分厚い鉄板で補強され、フロントガラスを始め全ての窓をスリット入りの鉄板で置き換えたもの、前面に鋼鉄製の棘が取りつけられたもの、更にはダンプカーをそのまま使用したものまであった。これまでの押収武器も特別に解禁され、自動小銃から火炎放射器、ロケットランチャーに誘導ミサイル、高出力レーザーカッターまで思う存分に使いまくれるのだ。
観光気分で黒プリンを見物に来ていた者達の大半は大人しく金を支払った。日本語の分からない者には警察官がにこやかに『Pay, or Die.』と書かれた札を見せた。それも通じない者は射殺された。騒動に紛れて強盗などやっているのが市民であれば黙認された。市全体の治安を守るためには小事に関わっていられないのだ。
武装暴力団や私設軍隊程度ならなんとかなるが、警察官の手に負えない相手も存在する。パワード・スーツで身を固めた国籍不明の特殊部隊が大通りを我が物顔で闊歩している。全長三メートルほどのカプセル型飛行物体を運転し、マクドナルドのドライブスルーで注文しているのは針金みたいに細い体の宇宙人だ。ポルルポラやアンギレドとは別のマイナーな種族だろう。先端がシャベルのようになったアームでゴリゴリとアスファルトを削りながら進む、巨大なモグラみたいな機械。ライトやカメラはなく超音波センサーがあちこちに取りつけられており、地底人の移動用機体であろうか。この分では未来人も来ているかも知れない。もし未来があれば、だが。撃たれても斬られても平気な顔で斧や鉈を振り回し続けるオーソドックスな不死身の殺人鬼達。何人かはミサイル直撃で始末されたがタフな者は見る間に再生して笑っている。地響きと地面の大きな凹みだけを残して歩く透明な巨人もいた。壁を這う触手の塊のようなものは別次元からの来訪者か。数匹がペチャペチャと音を立て合って会話している。手足の数が違ったり顔が怪物だったりする者でも、野菜を齧っていればアルメイル出身者と判断され見過ごされた。彼らの頂点には市長がいるため下手に干渉すると大変なことになる。石込町の方からはボロ布や屍衣を纏った顔色の悪い人々がヨタヨタと行進してくる。腐乱或いは白骨化した者も混じる彼らは死人だった。地獄坂を倒すために派遣された冥界からの尖兵なのか。
分を弁えることは八津崎市の警察官にとって重要な資質の一つだ。彼らは頼りになる上司へ無線連絡を取る。
「森川副署長、お手数ですが血乃池までご足労願えませんか。副署長でないと手に負えないような支払い拒否者がいまして……」
そこで颯爽と副署長の武装パトカーが登場する。いやそれはパトカーではなく白黒にペイントした軍用ジープだった。防弾ガラスどころか屋根も風防も取っ払い、乗員の上半身は無防備になっている。
ジープ上から死が発射された。パワード・スーツの中心をぶち抜いて、たった一発の弾丸が特殊部隊十二人を即死させた。装甲車も宇宙人のカプセル型飛行物体も巨大モグラもやはり一発で沈んだ。不死身の殺人鬼や壁を這う触手も弾丸を食らうとあっさり倒れ、生命エネルギーを吸い取られたみたいにみるみる溶け腐っていった。死人も体を破裂させて動かなくなり、群れの残りは無表情のまま逃げ散っていく。
運転するのはローンガンマンだった。左手でハンドルを握り、荒々しく且つ的確にジープを駆る。右手の改造リボルバーで物陰にいる敵も背後の敵も撃ち殺す。シングルアクションのため毎回撃鉄を起こす必要があり、左掌で撃鉄を叩いて連射する彼のファニング技術は封じられているが、それでも充分なスピードだった。五発の装弾が尽きると銃身を折ってベルトに挟み、運転しながら右手だけで弾込めをやってのけた。また撃てるようになるまで約四秒という早業だ。グリップに仕込まれたという妖霊の成果か、格段に増した破壊力で鉄板もコンクリートも電磁バリアーもぶち抜いていく。彼は相変わらず悲しげな顔で淡々と銃を振る。
森川敬子は後部座席で直立して撃ちまくっていた。銃架に載せた重機関銃で、コンビニを荒らしていた武装強盗団を店ごと蜂の巣にし、続いて右に旋回させると旧ソ連の中古歩兵戦闘車を撃ち抜いて乗務員を皆殺しにした。ここぞという相手には自動小銃とリボルバーに装填した怨念弾で全細胞を枯死させる。巨人だろうが巨大ゴリラだろうが放射能汚染で生まれた火を噴く怪獣だろうが、ほぼ一発で始末出来た。
『その程度の女』と書かれたエプロンに本当に防弾性能があるのかは不明だが、森川は気にしていないだろう。自分が攻撃を食らわねば済むことだ。シューティンググラスの奥で彼女の瞳は殺戮の快楽に酔っていた。
ジープは百鬼夜行の只中を駆け抜ける。破裂、枯死、爆発で通りが彩られていく。拍手していた警官も、何人かは機関銃弾を浴びて爆裂した。武装強盗が死んだふりで弾幕を避けて起き上がりかけたところに、血塗れハルバードの一撃を食らって首を飛ばされた。
城智志はジープに引き摺られていた。チェーンの長さは十メートルほどで、仰向けの状態で両足首をまとめて縛られている。尻も背中も保護されずアスファルトに削られ、浅い血の染みが道路に筋を残していく。ヂャリヂャリと音を立てるチェーンに引かれ、城はハルバードを振り回す。道路際に残っていた犯罪者も異国の兵士も異世界生物も見物人も真っ二つにされた。
T字路に差しかかり、ローンガンマンは右へハンドルを切る。ジープは片輪を浮かせて凄い勢いで曲がる。慣性によって城はそのまま直進し、正面ビルのショーウィンドウをぶち破って突っ込んだ。すぐチェーンに引かれ出てくるが、城であったものは両膝から下だけとなっていた。
金魚の糞が小さくなったことを気にする様子もなく、携帯無線機のマイクを置いて森川が指示した。
「次はその二つ先の交差点を左に曲がって。泥舟町ででかい獲物が暴れてるそうよ」
黙ってそれに従い、少ししてからローンガンマンが口を開いた。
「今この都市で暴れている奴らも、地獄坂を倒すため……つまりは世界を救うために集まったのではないのか。駆除するより他に道がありそうだが」
「駆除する理由はね、そいつらの大半が屑だってことよ。八津崎市の治安を乱す奴がいたら、救世主だろうが何だろうが処刑するのが警察の役目でしょ」
重機関銃に次の弾帯ベルトをセットしながら森川が答える。
「それに、競争相手は少ない方がいいわよね。でかい獲物が横取りされるのはまっぴらだわ。……まあ、結局、私は歯ごたえのある相手をぶち殺せればどうだっていいのよ」
正直な感想に、ローンガンマンは寂しげな苦笑を浮かべた。
その頃になって、T字路の割れたショーウィンドウから城智志が這い出してきた。ガラスの破片が全身に刺さって血塗れだが、既に出血は止まり、両膝の断端も骨と肉が再生を始めている。頭の上半分を占めていたボーリング球も外れ、脳の容積が復活してきた。
猿轡になっていた鎖を手で引きちぎり、城は気持ち良さそうに深呼吸した。
「ああ、やっと女王様から解放された。これからはまともな一警察官に戻って、好き勝手に人を殺せるなあ」
と、起き上がった城に二十近い銃口が突きつけられていた。
「この化け物め。八津崎市の平和のため、処刑してくれる」
険しい形相で睨むのは八津崎市の警察官達であった。
「いえ、あの、本官も警察官で……あ、成田巡査長、僕です、城ですよ」
成田と呼ばれた警官は平然と返した。
「いいや、違うな。城智志ならちゃんと制服を着ている筈だ。ズボンだけだが。お前は素っ裸じゃないか」
城は自分の下半身を見た。長い間アスファルトで尻を削られ続けたため、ズボンもパンツも破れ去っていたのだった。
「ええっと。これはその、事情があるんです。ほら、このハルバードは僕の……」
愛用の武器に伸ばした右腕を至近距離からのショットガンが吹き飛ばした。警官達は遠慮なく撃ちまくる。折角再生しかけた城の体がただの肉塊へ変わっていく。
「死ね偽警官。死ね、この化け物。死ねお荷物、糞殺人鬼野郎、八津崎市警察の恥、死ね死ね死ね……」
鬱積した憎悪を爆発させ、警官達の顔は笑み歪んでいた。
市内のあちこちでお祭り騒ぎと殺戮が続いていたが、礼儀正しく整理券を買う来訪者も多かった。毛むくじゃらの雪男や全長十六メートルの巨大ムカデ様生物、胸に原子力マークのついたロボットまで何故か現金で払ってくれる。
ベイクト・ドームへ向かう行列に、ピンクのスーツの黒人も混じっていた。右半分はドレッド・ヘアー、左半分がスキンヘッドという奇妙な髪型に、濃いサングラスをかけている。
ピンクスーツの黒人はコンビニの大きなビニール袋にスナック菓子を詰め、パリポリザクボリと食べながら焼け残ったドームの鉄門をくぐった。
四時間後、ドームに数千人は入ったと思われるのに、誰一人として出てこない。出口に詰めていた警官が確認のためドームに入ると、がらんとしたフィールドの中心にピンクスーツの黒人が立っているだけだった。
他に生き物はなかった。血も肉片も、戦闘の行われた痕跡も皆無だった。
「ここに来た人達は、一体どうなった」
唖然として警官が尋ねると、ピンクスーツの黒人は答えた。
「美味しく頂きました」
スナック菓子の入ったコンビニ袋はもう持っていなかった。
「あ、あんたは……あんたは何者だ」
「ミスター・ドリトスです。次の食べ物はまだ来ませんか」
第二回世界殺人鬼王決定戦優勝者、ミスター・ドリトスは言った。
二
昨日の夕食は野菜スープだった。大鍋二千個で作ったものを二時間かけてたらふく食べ、アルメイルの一万人の精鋭達は満足顔になった。そこで魔王補佐官エフトル・ラッハートが声をかけた。
「でハソロそろ地獄坂討伐に向かイマしょウカ」
「いえ、折角ですから夜食を食べてからにしましょう」
アルメイルランキング七位の強者が金棒のようにゴツゴツした右腕を上げて提案した。手首はなく、先端の穴から触手らしきものが出たり入ったりしている。
寸胴の空洞紳士エフトルは表情を動かさず、片眼鏡に触れて少し考えていたようだったが、やがてステッキを振り上げて言った。
「分かリマした。では夜食を食べテカらにしましョう」
一万人の精鋭達は指揮官に盛大な拍手を送った。
午前零時の夜食は焼きトウモロコシだった。一人五本支給され、戦士達は感涙にむせびながらアツアツのそれを食べ尽くした。
「デは、地獄坂を殺シニ行きマシょうか」
エフトルが促すと、直径一メートルの巨大眼球に細い手足の生えた十三位ランカーが、上面の小さな口から声を発した。
「もう夜も遅く、暗いです。我々の活躍を世界に見せつけるには日中がいいでしょう。明日の朝食を食べてからにしませんか」
エフトルは少し考えてから言った。
「分かリまシタ。でハ明日の朝食を食ベてかラニしましょウ」
一万人の精鋭達はまた拍手した。皆涎を垂らしながら市役所前で一睡もせず過ごした。
今朝の朝食は野菜サラダだった。ボウル一杯の新鮮な野菜に、ドレッシングは野菜本来の味を歪めるため使わない。影の世界の戦士達はやはり泣きながらそれを貪った。
「そレデは、いヨいよ地獄坂明暗を殺しニ出発しまショう」
エフトルが言うと、四位ランカーである半透明のユラユラした人影が囁き声で提案した。
「まだまだ時間はあるので昼食を食べてからがいいですね。もう三、四時間くらい待ってもどうってことはないですよ」
「イい加減にシナさい」
エフトルがステッキを向けると先端からパスッ、と見えない何かが飛んだ。一瞬、四位ランカーは完全な透明となり、その後ろにいた白い肉の雪ダルマみたいな二十六位ランカーが爆裂死した。
仲間の死に怯えるようなアルメイルの戦士はいない。却って野菜の取り分が増えると喜んでいる。そして相変わらず昼食を求める期待の視線。
首を傾げたつもりなのだろうか、シルクハットを載せた頭を水平に動かして、エフトルは告げた。
「地獄坂を始末しナイト昼食はあリマセん。シかし午前中のうチニ片づけレば今日の昼食は二倍出シます」
「よーし、頑張るぞおお」
九千九百九十九人の戦士達は歓声を上げた。漸く一行は出発した。燕尾服にシルクハットのエフトル・ラッハートがステッキを振り振り進み、それに異形の者達がついていく。
「野菜〜野菜〜いっぱい野菜〜いつでも野菜〜」
歌いながらの行進に、目を丸くする市民もいれば手を振って声援を送る市民もいる。市長が魔王となってからアルメイル出身者も八津崎市に馴染んできていた。或いは単に、この超犯罪都市の住民が細かいことを気にしないというだけかも知れないが。
市長通りを練り歩き、血乃池のオフィス街へ。それから首借町、明日奈異町、真倉、泥舟町を抜け、いよいよ無間町に入る。途中、八津崎市警察に処刑された死体の海を踏み越えたり、面白半分に銃を向けてきた異国の軍隊を皆殺しにしたり、テレビの取材スタッフに手を振ったりした。更にはカメラの前で「報酬ハ野菜で、暗殺かラ人類皆殺シマで承りまス。アルメイルの傭兵サーびすヲよろシクお願い致シマす」とエフトルが宣伝し、「野菜畑を守ろーう。地球の環境を守ろーう」と戦士達が一斉に声を上げた。幾つかの取材班は彼らの行進に従って撮影を続けていた。
無間町の、本来は天道病院があった場所に巨大な黒プリンがそびえていた。今はUFOの襲撃もなく、たまに何処かの国の攻撃機が特攻を試みて光線に撃ち落とされる程度だ。非武装の報道ヘリが何十機も上空をうろついている。無害と分かっているのか黒プリンはヘリを攻撃しない。いや、自己顕示欲の強い地獄坂はむしろマスコミを歓迎していることだろう。
地獄坂明暗の居城であるハルマゲドン・キャッスルは、地面に接する部分の径が百メートル、屋上までの高さが六十一メートル八十センチで黄金比に沿っていた。黒い壁面は全く光を反射せず、世界がそこだけ切り取られたような錯覚を与える。奥から音も匂いも洩れることはなく、触れただけで命取りになりそうな不吉さがあった。
首を上下出来ないらしく胴体ごと反らせて黒い壁を仰ぎ、エフトル・ラッハートは言った。
「隔壁を別次元ノ空間に接続シ、本来の城内へ侵入出来ナい仕組みになっテイますね。私は空間を繋ゲ直し城内へのトンネルを作るこトガ出来マすが、そノ前に十数種ニ及ぶ魔術結界を処理すル必要があルデシょう」
戦士達の中から三十人ほどが進み出た。ファッションセンスがおかしい以外は比較的人間の容姿を持つ者に混じり、毛の塊がローブを着たような生き物や、頭髪も目鼻もない白い肌の痩せた男、右手にランタン、左手に自分の生首を持つ男などがいた。彼らは磨き上げたそれぞれの術を駆使すべく、黒い壁に歩み寄る。
壁に光が生じたのはその時だった。
光は自然に拡大し、一本のトンネルと化す。奥に見える薄暗い通路は本物の城内か。しかし戦士達の視線を遮るものがこちらに近づいてくる。
「ようこそ、アルメイルの諸君」
ハルマゲドン・キャッスルの主であり、自由意思を持つ唯一の存在である地獄坂明暗が、護衛もつけずたった一人で現れたのだ。
地獄坂はやはり黒ずくめだった。漆黒のロングコートに漆黒のズボン、漆黒の靴に漆黒の手袋。真ん中分けされた漆黒の髪は強い風にも微動だにせず、漆黒の瞳は底知れぬ悪意を湛え、敵対者達を見据えている。
「オや、自分かラ出てこラレるトは意外でシたね。観念ナサったとも思えまセンガ」
表情を変えずエフトルが言う。魔王補佐官と究極の破壊者との距離は十二メートルだった。見えない力を発射するステッキはまだ地面を向いている。
「戦いは劇的でありたい。最終戦争であれば尚更のことだ」
自己顕示欲の権化は冷たく告げた。
「私の持つ無数の科学兵器を使い、君達をまとめて一瞬で消し去ることも出来た。だが積み上げられた技術体系でなく、独立した個としての強さで評価するならば、アルメイルは最高級ブランドの一つだ。マスメディアの前で私の強さを示すにも良い機会だろう」
「ナルほど、相当の自信ヲオ持ちなンデすね。それデ敗れタラ非常に恥ずカシいことにナりそウデすが」
イントネーションのおかしなエフトルの挑発は、漆黒の瞳に吸い込まれ何の感情的反応も得られなかった。
「確認しておきたいのだが。君達はアルメイル最強の戦士達かね」
「最強は魔王でいラッシャいますので、今こコニいる戦士達を最強と呼ぶニは語弊ガアります。しかシ、最強に近イ、アルメいるヲ代表すル戦士達と形容しテモ差し支エナいでしょう」
「ふむ。ならば、君達をアルメイルの代表と解釈しよう。かかってきたまえ」
その『解釈』がどういう意味を孕んでいるのか説明することなく、地獄坂は異形の戦士達に告げた。
「そレデは遠慮なク」
エフトルがステッキを振り上げ号令を発する前に、戦士達の大半は動き出していた。剣や槍や棍棒や鞭を振り上げ、或いは自前の拳や爪や牙や触手を晒して地獄坂の肉体にめり込ませるべく殺到する。陰湿な呪術や特殊技術に秀でた者は地獄坂と距離を保ちつつ得意のパターンに入ろうとした。一部の慎重な者は身を隠し、相当に自信のある者は何が起こるかゆったり観察していた。
数十のカメラが見守る前で、地獄坂は混沌を浴びた。刃に鈍器に衝撃波電撃溶解液呪いその他諸々の攻撃を同時に受け、毒ガスと幻惑の霧によって地獄坂の姿は見えなくなった。鋭い金属音や不気味な異音が続いた。
霧から戦士達が飛び戻ってきた。味方の誤爆によってか軽い傷を負う者もいるが、殆どは無傷で戸惑っている様子だった。
風によって霧が薄れ、地獄坂明暗はさっきと全く変わらぬ姿で立っていた。黒衣に小さな汚れ一つなく、髪の一本も乱れていない。
「私を守る防御機構が、現在幾つ稼動しているか分かるかね」
無表情に地獄坂は言った。問いのふりをしているが問いではなかった。
「三千六十二種だ。ではこちらの番だな」
地獄坂が両腕を水平に上げた。聴衆の喝采を制する独裁者のように、悠然と。
左掌から何かが伸びた。音もなく、予め決められた経路をなぞるように流麗な動きで広がったのは無数の半透明の触手だった。実際には凄まじいスピードでアルメイルの戦士達を襲い、体に巻きつき肉に食い込んでいく。防ごうと翳した剣や斧や鉄板も一緒くたに、そのまま首や胴を切断されて二千人近くが即死した。
残りの戦士は素早く伏せたり跳んだりして躱した。そこへ新たに風切り音が掠めていった。戦士達の腕が首が、食いちぎられたような無残な断面を晒して転がり落ちる。あまりに速過ぎて、戦士達を破壊したのが何なのかカメラには捉えきれなかったろう。それでまた三千人近くが即死した。
更に残った戦士を数百メートル四方の青い壁が包み込んだ。壁は正確な立方体ではなく、うまく変形してマスコミの取材班を避け、アルメイルの戦士のみ収めている。
青い壁はガラスのように透き通っていたが、閉じ込められた戦士が蹴り破ろうとしても傷一つつかなかった。上部も青い天井が塞ぎ、地面に穴を掘って逃れようとした者もアスファルト下に隠れた青い床を発見することとなった。
巨大な竜巻に呑まれたみたいに、巨大な箱の中で戦士達は浮かび上がり時計回りに流れ始めた。戦士達はもがくが抵抗出来ない。と、流れが逆向きになりその拍子に彼らの体がズタズタに裂ける。また逆回転で更に細切れに。一部の戦士は炎に包まれ、また一部は破裂した。箱の隅へ逃げようとした者も流れに吸い取られていた。これは巨大な惨殺ミキサーなのか。マスコミ連中は呆然と見守っている。
青い箱の外、何もない空中に小さな綻びが生じた。壁紙でも切り裂くように空間がペラリとめくれ、生えてきたのは銃身でなく黒いステッキだ。先端に穴などないが、確かにそこからパスッと軽い音が発せられた。
ステッキの向けられた先で、地獄坂の頭部が一瞬ぶれた。だが、ぶれただけだ。惨殺空間を脱出したエフトルの反撃も、地獄坂の防御機構を貫けなかったのだ。
風が空間の破れ目に飛び込んだ。ガヂュン、と硬い音がして、何かがこちら側に転がり落ちてきた。シルクハットと、太い金属パイプの欠片のようなもの。
表側に片眼鏡をつけたそれは、エフトル・ラッハートの顔の左上部分だった。ステッキは引っ込み、空間の破れ目は閉じた。
その頃には青い壁に捕まらなかったり独自の術で脱出したりした戦士達も鋭い風に始末されていた。風は地獄坂の右手へ戻っていき、減速した一瞬その実体が見えた。目を見開き歯を剥き出した、人間の生首だった。猛獣でも怪物でもない普通の人間の歯が、アルメイルの戦士達を噛み裂いたのだ。数百個はあったろう、それはみるみる小さくなって地獄坂の右袖の中へ消えた。
半透明の触手も静かに地獄坂の左掌に引き戻され、消えた。
竜巻を収めた青い箱も次第に全体が縮小していき、最後はサイコロ程度の大きさになり、プチッ、と小さな音を立てて消えた。地面にはアスファルトが四角く剥ぎ取られた跡が残っていた。
敵のいなくなった戦場で、地獄坂は最初の位置から一歩も動いていなかった。と、蜃気楼のように揺らめきながら出現した人影が細長い剣を地獄坂の側頭部に突き刺した。
隠れていたアルメイル四位ランカーの一撃は、しかし見えないバリアーに弾かれ剣が折れた。
次の瞬間、四位ランカーは見えない力によって頭頂部から爪先まで一気に押し潰され、厚みがゼロになった。
それで完全に、生きているアルメイル戦士は認められなくなった。
「私の左掌から出したものはゴースト・ウィップ、右袖から放ったものは飛頭鎖という。どちらも魔術武器だ。彼らを閉じ込め粉砕したシステムはサイクロン・パッケージと呼んでいる。最後の一人を潰したのは重力操作による。どれも私が既存の技術に独自の改良を施したものだ」
地獄坂は無感動に説明する。説明しないと気が済まないのだろう。
「彼らはアルメイルを代表して戦い、敗北した。よって私はアルメイルを滅ぼしておく。君達は安心したまえ。全ての世界を消し去る訳ではない。まだ約束の時ではないからな」
凍りつくマスコミ取材陣に地獄坂明暗は告げた。
「正午より屋上で記者会見を行う。マスメディアの取材を存分に受けよう。その気があるのなら上りたまえ」
地獄坂は踵を返し、一人で城内に帰っていった。トンネルが細くなって潰れ、ハルマゲドン・キャッスルの壁は完璧な黒い闇に戻る。
壁の前に無数の光の粒が生じ、集まって一本の階段となった。いや、段が自動的にスライドしている。
地上と高さ六十一メートル八十センチの屋上を一直線に繋ぐ、長大な往復エスカレーターであった。
三
エフトル・ラッハートが退避した先は『影の世界』アルメイルだった。彼の移動能力はブラック・ソードに劣り、アルメイルと『狩場』の二つの世界間に限られる。
不毛の大地。石と白骨を敷き詰めた街道にエフトルは降り立った。こちら側の彼は燕尾服を着た寸胴短躯の紳士ではなく、腰布一枚巻いただけの長身痩躯の怪物だ。がさついた青紫の肌に尖った爪を持ち、首から上は毛むくじゃらで顔が見えない。右足首から先を失い紫の血を流しているのは、『狩場』で受けた左顔面の負傷に相応するようだ。
赤毛の中から覗く三つの目が別々に動いて状況を確認する。暗黒世界を毒々しく染める赤光が魔王城の位置を示している。ここからは十数キロというところか。
「いったん、しろにもどって、たてなおしですね。あるめいるにはまだまだ、つよいらんかーがそろっていますから。のこり、むいかのうちには、なんとかなるでしょう」
エフトルは呟いた。『狩場』での特異なイントネーションとは打って変わって、二才児のようなたどたどしい発音になっていた。
負傷した足ではかなり時間を食うかも知れない。と、エフトルはヒョコリと宙返りして両手を地面につき、逆立ちで歩き出した。意外に敏捷な動きで、人間のマラソン選手より速いくらいだ。上になった足が揺れ、進むたびに右足首の断端から紫の血が零れる。
城下町の方から巨大なトラックがやってくる。おそらく狩場から野菜を運んだ帰りだろう。輸出用の傭兵を沢山積んでいる。
「ちょうどいい。あれにのせてもらいましょう」
エフトルが逆立ちをやめて手を振りかけたところで、何処からか声が聞こえた。
「アルメイルの住民に告ぐ。私は地獄坂明暗だ。本日地球時間午前十時十八分、君達の代表一万名は私に挑戦し、敗北した。よって君達を生かしておく価値はないと判断し、アルメイルを滅ぼすことにする」
前日の正午、全世界に向けて行ったアナウンスと同じ原理だろう、地獄坂の声は広大なアルメイル中に響き渡った。砦の奥や地中で眠っていた者にも届いた筈だ。
「これは私の力の一端を示すデモンストレーションでもある。安心したまえ。この世界をまだ完全に滅ぼしはしない。生物を絶滅させ物質を崩壊させ、直径十六ミリまで空間を縮小させるだけだ」
抑揚の薄い声音には冷たい愉悦が潜んでいた。
地獄坂の台詞が終わると同時に、ピシリッ、という奇妙な音がした。薄いガラスに亀裂が入るような、ゾクリとさせる繊細な音。
闇空に白い亀裂が入っていた。『狩場』の稲妻に似たジグザグの亀裂はみるみる空を広がっていく。
バギャリ、と空が壊れた。
「おおお」
エフトルの声は震えていた。空が割れた。闇の破片が飛び散り落ちていく。その向こうには白い光が見えるばかりだ。光には網目のような濃淡がうねっている。世界が砕けていく。裂け目が大地へ届く。大地が揺れる。彼方に紫色の湿地と黒い川が盛り上がる。水が滴ることもなく粉々に砕ける。枯れた草原が消える。森が破裂して光に呑まれる。鋼鉄の砦が沈むのが見えた。幾つもの城塞都市が、ガラスに描いた絵のように理不尽な壊れ方をしていく。何億もの住民はどうなったのか。何が起こったのか分からぬまま、悲鳴を上げる暇もなく一緒くたに砕かれたことだろう。世界の欠片がこちらに飛んでくる。途中でどんどん砕けて小さくなって消えていく。最終的には素粒子レベルにまで分解されているのではないか。光の網が絞られて世界が縮んでいく。その最終目的地はおそらく魔王城だろう。城はアルメイルの中心にあった。
破片混じりの光を浴びる前にエフトルの長身が短くなっていった。赤毛が肩に食い込み、両腕と胴が毛の中へ吸い込まれていく。そして腰巻きも両足も消え、エフトルは赤い毛玉だけになった。毛の数がどんどん減っていき、エフトル・ラッハートはアルメイルから脱出した。
直後街道は光に呑まれた。巨大トラックも光にぶつかるとあっという間に粉々に散った。数百人の傭兵達も一緒くたに。
空間が失われ世界が縮んでいく。派手な破壊音も悲鳴もなく、ただガラスの割れる繊細な音が続くだけだ。その頃には城下町に住む殺戮のエリート達も異変に気づいただろう。都市を囲むように点々と炎が浮かび、また白いヴェールのようなものが張られたのは防御結界か。
それらをあっけなく光の網が粉砕した。建物が潰れ砕け闘技場が砕け異形の住民達が砕け全てが光の津波に巻き込まれ消えていく。切り立った魔王城、その上に浮かぶ赤い太陽も光の網に捕らえられ、一瞬反撃するかのように強く輝いたが、やはり砕けて呑まれた。世界は球状となりその外部の空間は存在しない。地球の面積と同程度の広さがあると推定されていた『影の世界』は直径一キロメートルを切った。
屈強な戦士達が光の網を止めようと立ちはだかっている。やはりパリンと砕かれた。残りは魔王城に逃げ込んでいく。巨大な円錐に無数の小さな円錐が生えたデザインの、血と呪いが塗り固められた暗黒城。アルメイルの象徴、歴代の魔王がそこで暴虐を振るってきた、今は主のいない城が世界の小さな欠片と光の網に襲われてみるみる崩れていく。隣の時計塔は消える前に断末魔のような鐘を鳴らした。
地獄坂の行使した単なる技術が、魔界の住人達の怨念も叫びもあっさり呑み込んでいく。
魔王城が潰れた。飛散した壁は巻き上がった地面と混じりながら溶け崩れていった。
と、直径五十メートルほどになった時、アルメイルの縮小速度が急に鈍った。光の網に包囲されて残るのは城の地下、『犬小屋』部分だけだ。
武骨な大型プールの中で、極彩色の粘塊が蠢いていた。しばしば一部が盛り上がりビチビチと揺れる。アルメイルの強者達が防げなかった光の網と、その巨大アメーバは押し合いを演じているのだった。
極彩色の表面が蠢きながら、時に人間の手足や内臓のようなものを映すことがあった。溶け残った餌か、それとも逃げ込んで吸収されてしまった戦士か。白い布を頭からかぶったのは飼育係の死体だ。
包囲を押し返せるかと見えたが、光と触れた粘塊の表面は僅かずつ砕け消えていく。知能を持たない『犬』が苦鳴を発することはない。既にプールの土台は失われ、世界は直径十五メートルを切った粘塊とそれを包む光だけになっていた。
粘塊の中心でモゴリ、と大きな形が生じた。幅が二メートルもある人間の頭部。
口を動かしたそれは、極彩色の中で確かに声を発した。
「本質は何も……」
頭部は溶けて再び粘塊に紛れた。『犬』は溶け、光の網が縮んでいく。チリチリという微細な音が小さな世界に響いていた。
破滅の開始から二十三分四十七秒後、アルメイルは単なる直径十七ミリの肉玉になった。
四
「何ミリだと。もう一度言え」
ハルマゲドン・キャッスルの司令室で、地獄坂明暗がクローンの所員に命じた。冷静沈着酷薄な顔は、珍しいことに片目が細められていた。
「十七ミリ百十六マイクロメートルです」
アルメイル監視役だった所員はパネルを見据えたまま無表情に答えた。
「何故そうなった。私は直径十六ミリと命じた。結果に七パーセントも誤差が出る筈がないだろう」
「エーテル体分解機構は正常動作しました。エラーはありません」
所員が答えたのはそれだけだった。事実を述べる以上の思考力も意思も持たされていないのだ。
「もう一度発動させろ。世界の最終直径は十六ミリだ」
「不可能です。エーテル体分解機構の発動には……」
所員の台詞を遮り地獄坂が高い声を発した。
「何故だっ。いや分かっている。エーテル体分解機構の発動には三十八立方メートル以上の空間容積が必要だ。発動起点の端末を設置しなければならないからな。つまり、現状ではアルメイルの再縮小は不可能だ。もう一度膨張させてやり直す手もあるが……いや、駄目だ、異空間からの干渉による膨張では十四時間はかかるだろう。宣言の失敗を喧伝するようなものだ。しかしこのままでも……」
地獄坂の頬がヒクつき始めた。それは次第にはっきりした痙攣に変わり、全身の震えへと移行する。ギュルッ、と地獄坂の両目が裏返った。瞳が上へ隠れ、やがて下から現れる。眼球が一回転してしまったらしい。途中、切れた視神経らしきものが一瞬だけ見えた。どうせ二、三秒で繋がるだろうが。
「どうしてこんなことになった。正木政治のせいか。奴の根源的疑問が物理法則を歪めたのか。しかし正木は悟りを得て消えた筈だ。残留思念のせいだというのか。それとも奴の思考が多細胞アメーバに自我を与えたのか。どちらにしても許せない。こんなことが許される筈はないのだ。私の計画は完璧でなければならない。宣言に一片の瑕疵も許されない。なのにまだ二日目でこんなことになるとは……駄目……駄目じゃないか」
地獄坂は直立したまま足首の動きだけでピョンピョン飛び跳ね始めた。所長を慰める者もいなければ奇行を止める者もいない。
「マサマサめ、ちゃんと成仏しなきゃ駄目じゃないか。宣言が嘘になってしまったじゃないか。駄目だ駄目だ。どうしてこんなことになっちゃったんだよ。この七日間は完璧にやってのけるつもりだったのに、完璧じゃなくなっちゃうよう」
地獄坂は子供っぽい口調に変わっていた。顔の筋肉はビクビクと痙攣を続けている。彼は宙返りして脳天から床に激突した。ゴグン、と鈍い音がするが彼は倒れず、そのまま頭頂部だけを床につけて逆さに直立する。
「駄目だよう。駄目だよう」
今度は首の筋肉だけで垂直ジャンプを始めた。逆さ直立のままでホッピングを繰り返す。所員の一人が注射器の用意を始めた。
「駄目だよう駄目だよう駄目だよう」
「記者会見の五分前になりました」
別の所員の言葉が地獄坂の動きを止めた。頭頂部のみの逆立ちからゆっくりと、重力を無視したペースで姿勢を立て直していく。彼は髪も乱していなかった。
「そうか。注射は不要だ。屋上に記者は何人来ている」
注射器を持つ所員を制して別の所員に問う。彼は冷静冷酷な本来の地獄坂明暗に戻っていた。
「記者でない可能性のある者も含めて二千六十八人です」
「意外に少ないな。世界最後のイベントというのにまだマスメディアは躊躇しているのか。いや、私の城に辿り着けなかった者も多いのだろう。ここは八津崎市だ」
地獄坂は眉一つ動かさず呟いた。
「異状があれば逐一私の脳に送信しろ」
百名を超える黒衣の所員達に告げ、地獄坂は司令室を出た。薄暗い廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。
黒い箱は慣性を感じさせず静かに上昇する。
「一ミリは誤差の範囲だ。そう、誤差だ。完璧にもレベルはある。充分許容範囲だ。私はまだ完璧に進めている。誤差の範囲だ。誤差だ」
地獄坂は自分に言い聞かせるように繰り返した。
暗いエレベーター内に光が差し込む。無数の防御機構を越え、ハルマゲドン・キャッスルの屋上に達したのだ。午前十一時に用意された五千脚の椅子は半ばほどが埋まっている。中間は空き、前列にひしめき合う者達と、後列で様子を窺う者達に二分していた。
「ふ……ん」
地獄坂の血色の悪い唇がごく薄い笑みを形作った。屋上にはみ出したエレベーターは、内部からは素通しなのに外部からは不可視処理されているらしく記者達は気づいていない。
十一時五十七分に地獄坂はエレベーターを出た。箱は自動的に城内へ引き戻され消える。
不意に登場した取材対象に、記者達はどよめいた後すぐ静まり返った。地獄坂は正面に用意した玉座へと無言で歩く。玉座を近くで観察していた数人の記者は慌てて離れた。
屋上の玉座は真紅だった。黒衣の自分を浮き上がらせるためだろう。表面の冷たい光沢はおそらく金属製だ。径二メートルの円形台座に正三角形の背もたれが立ち、尻を載せる椅子部分に脚はなくただの立方体でクッションもなさそうだ。四角と三角と円で構成された玉座。屋上中央に立っていた黒い旗は、玉座の後ろに移動させてあった。
玉座も一時間前に設置されていたが、透明な壁に阻まれて誰も触れられなかった。流石に座ろうとする者はいなかったが。主の接近に応じて玉座のバリアーが解除され、地獄坂は無造作に腰を下ろした。
記者達の緊張の面持ちを見回し、誰かが疑問を表明する前に地獄坂は告げた。
「記者会見にはまだ二分ある。よって、まだ質問は受けつけない。私は物事をきちんと進める主義でね。開始前に説明しておきたい」
地獄坂は日本語で喋ったが、同時に無数の小さな声がノイズのように混じって聞こえた。それらは日本語ではなかった。
「通訳の手間を省くため、発言はリアルタイムであらゆる言語に変換され同時に発音される。君達の耳には自身の母国語が最も大きく響くよう調節してある。また、会見開始後は君達の発言も全て同様に処理される。撮影中の者はそのマイクに届く音波も処理されるため、君達の母国にいる視聴者にも会話が理解出来るだろう。質問の際はまず手を挙げるか、手のない者はそれに類する行為をしたまえ。混乱を防ぐため、質問者は私が選択する。君達は所属や氏名を名乗る必要はない。そんなものに私は興味がないからね」
地獄坂の最後の台詞を傲慢と謗る者はいなかった。彼にそれだけの力と権利があることを皆知っている。また、この場面で口を出すと一瞬で処刑されかねないことを怖れているのだろう。
記者達の黒い椅子は床に固定され、コンパクトながらクッションのしっかりした高級品だった。ただしそれにゆったり背を預ける者は少数で、多くは前のめりになって地獄坂を見つめている。
記者の人種はアジア系から白人黒人アラブインド系、更にはカプセルや薄い装甲に身を包んだ宇宙人と思われる者まで多岐に亘っていた。記者の腕章を着けている者は七割ほどか。カメラマン達は記者席やその周囲に三脚で機材を固定して撮影を続けている。上空には数十機の報道ヘリ。快晴なのはひょっとすると地獄坂が気象操作したのかも知れない。
人々の視線を受け、地獄坂は自然な動作で左手首の腕時計を見た。黒いデジタル時計が丁度零時PMを示す。
「では、記者会見を始める。質問があれば手を挙げたまえ」
地獄坂はあっさりと宣言した。
一番手を躊躇する者は多かった。手を挙げたのは前列の集団から百人ほど、後列からは数人だった。
「君だ」
黒い手袋を填めた地獄坂の右手人差し指が、最も早く手を挙げた最前列の男を指した。スーツを着た金髪の白人だ。
指名されて誇らしげに立ち、金髪の男は何か喋り出した。しかし声は他の記者には殆ど聞き取れないほど小さかった。気づいたらしく金髪の男は戸惑いを浮かべる。
地獄坂が闇色の瞳に苛立ちを込めて告げる。
「所属や氏名を名乗る必要はないと言った筈だ。質問のみ述べたまえ」
余計な発言であったため音声の伝播を制限されたようだった。金髪の男は顔を赤らめ、早口で質問を投げた。
「地獄坂明暗、あなたは何者です」
最初に相応しい質問だった。彼の母国語は英語だったようだが、日本人には日本語で届いたろう。
「私は地獄坂明暗だ。地獄坂研究所の所長であり、究極を目指す者だ。そして歴史を終わらせる男になる」
地獄坂は脚を組まず、膝に手を載せて答えた。淡々とした、しかし自信に満ちた口調だった。
金髪の男は首を振る。
「それだけでは分からない。私達が知りたいのはあなたの素性です。地獄坂明暗というのは本名ですか。あなたは日本人なのか」
「本名の定義による。地獄坂明暗は自ら名づけたものであり、所属する国家の戸籍に登録された名でもなく、出生時に親類縁者がつけた名でもない。しかし、私個人を示す名という意味では本名といって良いだろう。私自身は日本国に所属していないが、私の本来の肉体は日本民族として日本で生まれた。私が目覚めるまでの過程を説明するつもりはない。それは疎ましい怨念の歴史であるからだ。次の質問としよう」
金髪の男は微妙に納得のいかない表情ながら大人しく座った。再び記者達は手を挙げ、地獄坂は黒人の男を指差した。
「君だ」
「ミスター地獄坂。あなたは世界を滅ぼすと言ったが、そんなことが本当に可能なのか」
黒人記者は立ち上がって問う。
「可能だ」
地獄坂は即答した。
「私はそれだけの力を持っている。無論、まだ実際に世界を滅ぼしていないため、その力についての完全な証明は出来ない。現時点で可能な限りの実験を繰り返し、理論上の正しさを検証した。そして私は万が一のため、複数の手段を確保している。私の計画が失敗する可能性は限りなく低い。君達がそのごく僅かな可能性に期待するのは自由だがね」
皮肉る時も地獄坂は無表情だった。
「しかし……、我々はどうやってあなたの言葉を信じればいい。確かにこの二十四時間で様々なことが起きた。宇宙人……UFOが撃ち落とされ、この場所へ向けて発射された核ミサイルも全て消滅した。しかし、それでも……世界が滅ぼせるとは……」
地獄坂にとって幸か不幸か、アルメイルが直径十七ミリまで縮んだことは一般人には知られていない。破壊者は告げた。
「では身近なところで私の力を示しておこう。君の所属国はブラジル連邦共和国だな」
「えっ……そうですが」
黒人記者の顔に不安が掠める。
地獄坂の頭上に幅十メートルほどのスクリーンが出現した。映し出されたのは真空の宇宙に浮かぶ地球の写真。いや、手前を横切る円盤型宇宙船が見えたことから、今現在の地球の映像だろうか。
「ブラジルを今消してみせよう」
地獄坂が宣言した瞬間スクリーン上に変化が起きた。茶色の大地と緑、白い雲で覆われた南アメリカ大陸の、丁度世界地図でブラジルの領土に当たる部分だけが灰色に塗り潰されたのだ。記者達のどよめき。
均一だった灰色は次第に青みがかっていった。大地の茶色も森の緑も雲の白もない、均一な青色に。
長い逆三角形だった南アメリカ大陸が大きく削れ、細長くなっていた。
地獄坂が何でもないことのように説明した。
「ブラジル連邦共和国の国土八百五十一万一千九百六十五平方キロメートル、地下百メートルから地上一キロメートルまでの範囲に存在する全ての物質を、窒素・酸素・水分子・塩素イオン・ナトリウムイオンに変換した。地球全体の海面高度に影響しないよう調節したつもりだ。信じられないかね。ズームしてみせよう」
スクリーン上の映像が南アメリカ大陸を拡大していく。ブラジルであった場所は、本当にただの海となっていた。島も、建物の残骸も人の姿もない。何もない、静かな海面だ。
カメラの視線が垂直から水平へ傾いていく。西側のペルーやコロンビア辺りか、なめらかな絶壁が左右何処までも続いている。ブラジル側の陸地を削り取られたため露わになった国境線だ。絶壁の上には森や建物が見えるが、こちら側には水だけだ。川であったのか、崖から水が流れ落ちる場所もあった。
カメラは逆方向へ巡っていく。海面のずっと彼方に豆粒よりも小さく見える船は、本来の海を進んでいた貨物船だろう。到着予定の港が消えたことに乗組員は気づいただろうか。
母国の消滅に、黒人記者は口をポカンと開けたまま凍りついていた。会場にいる記者達の一部は携帯電話で何処かに連絡を試みている。
「この映像をフェイクだと思うのは勝手だ。事実かどうかは君達自身で確認出来るだろうがね。次の質問としよう」
手を挙げた記者は二度目の質問の時より少なかった。下手な質問が薮蛇になると悟ったのだろう。黒人記者は全身の力が抜けたように椅子へ崩れ落ちた。
当てられて立ち上がったのは頭にターバンを巻いたアラブ系の男だった。
「あなたは……」
と、喋り始めたタイミングで遠くの銃声が重なった。一瞬遅れてドヂュッ、という不気味な音が。
城周辺の幾つかの高層ビルから、何かが分解しながら落下していくところだった。金属片の煌きと、血肉の踊り。上空をホバリングしていた報道ヘリも一機、やはりバラバラになって墜落する。地表に激突する頃には粉々に分解していたのだろう、クラッシュ音は小さかった。
「私の殺害を試みた者に相応のペナルティを与えただけだ。続けたまえ」
地獄坂は平然と促した。玉座のそばの床に小さな金属片が幾つか落ちていた。潰れた鉛玉。銃器以外にも何かが使われたかも知れないが、暗殺の痕跡はそれだけだった。
ターバンの記者は何度か目を瞬かせた後、質問を言い直した。
「あなたが強大な力を行使出来るのは分かった。しかし、人類の科学レベルを超越したその力を、あなたはどうやって手に入れたのか」
地獄坂は答えた。
「私はあらゆる手段を用いて力を手に入れた。古今東西の書物を漁り、科学であろうと魔術であろうと実験によってその妥当性を検証した。世界中の研究施設からデータを盗み出し、新たな仮説を提唱する学者がいれば拉致して自白剤を投与してでも、或いは死体から蘇生させてでも情報を引き摺り出した。異常現象の噂があれば必ず現地を調査し、奇跡を起こすオブジェクトがあれば強奪し、あらゆる機器を用いて原因探求に努めた。私はあらゆる未確認生物、宇宙人、地底人、未来人、異世界人、或いは自ら神や悪魔と名乗る存在を確保した。解剖して能力の原理を研究し、脳をスキャンして記憶を吸い出し彼らの技術体系を手に入れた。私はそれらを総合させ、互いに補完させ、更なる向上を目指し、実験し、膨大なデータベースを構築した。そうやって私は究極の力を手に入れたのだ」
重い沈黙がハルマゲドン・キャッスルの屋上を支配した。今の話をどう受け止めるべきか迷っているように、互いの顔を見合わせる記者達。
やがてターバンの記者が問うた。
「つまり、あなたはアッラーのように全能の存在ではなく、特別な力を神に授かった訳でもない。あなたの力は知識であり、既存の技術の応用という訳ですね」
多少挑発的な響きが混じっていたが、地獄坂は表情を変えなかった。
「そうとも言える。しかし結果として私は力を持っている。材料は無数に存在したが、君達は自分の価値観に固執してそれらを掴めず、或いは目を向けようともしなかった。私は執拗に求め、あらゆる技術体系を偏見なく受け入れ、貪欲に吸収した。私と他の全ての生命との違いはそこにある」
闇色の魔人を構成しているのは揺るぎない自信であり、他を省みることのない自己中心性だった。
「次の質問とする前に、そこの君に忠告しておこう。そう、ロシアの記者を装った君だ」
地獄坂の指が示す先を皆の視線が追った。記者席の前から四列目、中央の椅子に座っていた大柄な白人だった。指差され、ちょっと驚いたというふうに両眉を上げる。
「体内の核爆弾を起爆しても、その破壊力は君の皮膚を一ミリたりとも出ることはない。それでも敢えてやりたいのなら止めはしないが」
地獄坂の台詞の途中で白人記者は決死の形相に変わり、台詞が終わる前に全身が発光した。近くにいた記者達が慌てて離れるが、爆発は生じなかった。
白人記者は輪郭だけを留め、内側で眩い光が渦巻いていた。核爆発のエネルギーが記者の体内に完全に封じられているのだ。輪郭は少しずつ縮んでいき、二十秒ほどで記者は完全に消えてしまった。
何処かの組織が地獄坂殺害を狙って送り込んだ刺客だったのだろう。だが死を覚悟の自爆も、地獄坂どころか会場の誰一人傷つけることなく終わった。
「次の質問としよう」
何もなかったように地獄坂が告げた。再び記者達は手を挙げる。
「君だ」
指されて立ち上がったのは東南アジア系の女性記者だった。
「ミスター明暗・地獄坂、あなたはどうしてその力を良いことに使おうとしないのですか。それだけの力があればこの世から病も貧困もなくし、平和な社会を作ることも出来るでしょうに」
地獄坂は目だけを動かして冷淡な侮蔑の視線を女性記者に向けた。
「君の質問に対し、やれやれ、と言っておこう。二十四時間前に発信した私の宣言は、君の脳には届かなかったのかね。いや、君の脳が理解力の乏しい粗悪品だと解釈すべきだろう。君のように劣悪な脳の視聴者も多いと思われるので、念のために答えよう。私は究極を求めている。病と貧困をなくし世界平和を実現する程度では、私の欲望を満たせない。以上だ。次の質問としよう」
女性記者は顔を真っ赤にして椅子に座った。続いて黒髪の西洋人が指差され立ち上がる。
「地獄坂、あなたは完全に世界を滅ぼし歴史を終わらせると言った。あらゆる魂も意識も消滅させると。そうであれば究極の目的を果たすというあなたの喜びもただの一瞬に過ぎず、全ては無に帰る。あなたは本当にその一瞬のためだけに世界を滅ぼそうというのか」
「その通りだ」
「……。しかし、他の生命はどうなる。我々は、あなたの一瞬の自己満足の犠牲となって、人生を断ち切られ未来を失わないといけないのか。あなたはそれについて、どう思っているのか」
「何とも思っていない。私の欲望が他のあらゆる生命の都合に優先する。以上だ。次の質問としよう」
黒髪の記者は唖然としたまま暫く動けなかった。手を挙げる記者が少なくなってきている。次に立った肥満体の白人は、プルプルと身を震わせながら言葉を絞り出した。
「こ、これは……脅迫、だろう。君の望みは何だ。世界中の国家に、全人類に、何を要求するつもりだ。金か。いや金ではないだろう。権力か。全ての国家と民族が君にひれ伏し君の命令に絶対服従し、君の銅像を崇め、その靴を舐め続ければ君は満足するのか。それとも……」
「これは脅迫でも駆け引きでもない。明快な事実だ。私は他人に期待していない。六日後の正午に最終兵器を発動させるだけだ」
「う……嘘だ。そんな筈は……ただの自己満足のために世界を滅ぼすなんてホアッ」
肥満体の記者は自分の口元を押さえた。後は何を喋ろうとしても「あああ」としか出ない。
地獄坂が言った。
「私は嘘つきではない。侮辱する舌を消去した。止血処理も施しておいたから安心したまえ。後六日の間は生存出来る。では、次の質問としよう」
躊躇する記者達の中から一本の触手が挙がった。
「君だ」
椅子から身を起こしたのは酔っ払いの吐瀉物が多少盛り上がったような代物だった。それに黒い触手が十数本生えている。宇宙人か異次元の知的生命体か。ブブ、ブブブ、という空気の振動が日本語に翻訳されて会場に響いた。
「『ライオン・キング』は『ジャングル大帝』のパクリだと思いますか」
「……。その質問が私とどう関係するのかね」
「特に関係ありませんが」
「……。なら答える必要はない。次の質問としよう」
吐瀉物スライムは大人しく椅子に身を預けた。
「はいはーい」
お気楽な声がして面倒臭そうに後列から手が挙がる。
「君だ」
地獄坂に指差されるも立ち上がらず、数脚の椅子を占領して身を横たえたまま喋り始めた男は、八津崎市警察署長の大曲源だった。スーツの腕に『取材』と手書きした白い腕章が巻いてある。
「ちょっとした質問なんだが、世界を滅ぼすのは六日後の正午ということだったな」
「そうだ」
「もし、それまでにあんたが死んじまったらどうなるんだ。念のためそれを聞いときたくてな」
寝転がった大曲に記者達の視線とカメラが集中した。
地獄坂の目が僅かに細められた。
「私は死ぬつもりはないが」
「飽くまで可能性の話さ。昨日はかかってこいとか言ってたよな。万が一にでもあんたを打ち負かす奴がいたら、世界を滅ぼすのはチャラってことにしてくれるのかい」
「無論そうなる。私は完璧を求めている。もしも達成前に敗北したならば、それは既に完璧とは程遠く、私の計画は瓦解したということだ。そうなればわざわざ世界を滅ぼすこともない」
「ふうん……。たまーに、いるんだよなあ。気前のいいこと言っておいて、いざ負けちまったらみっともなく前言翻すような奴が。いやいや、別にあんたがそうだと言ってる訳じゃないぜ。偉大なる地獄坂明暗様は絶対そんなことはしないと完璧に保証して下さった訳だから、もう安心だな。いやはや、ありがたいこった」
大曲の口調はわざとらしく、投げ遣りで、やはりやる気のないものだった。
「私を倒せると思っているのかね」
地獄坂の声音に珍しく感情が篭もっていた。
「いや、別に俺がやる訳じゃねえからな。まだ猶予もあるし、有能な皆さんにお任せすることにして、俺は飯食ってもう一寝入りするわ。ほんじゃ」
やっと大曲は立ち上がり、大きな欠伸をしながら背を向けた。破壊者を振り返ることもなく、下りのエスカレーターに乗って去っていく。
地獄坂の顎の筋肉が一瞬盛り上がったが、すぐに冷たい無表情に戻って怒りを隠した。
ハルマゲドン・キャッスル屋上の記者会見場に、弛緩した空気が漂い始めていた。
「これ以上、君達に言うべきこともないだろう。記者会見は終了とする」
地獄坂は素っ気なく告げて玉座を離れた。赤い玉座も記者達の座っていた椅子もゆっくりと床に沈んでいく。記者達は慌てて立ち上がった。
不可視処理されたエレベーターに乗り込み、地獄坂明暗の姿は消えた。
上空から全長五十六メートルの鉄塊が落下してきたのは二分後だった。会見中の地獄坂を八津崎市ごと消滅させるべく、ポルルポラ星人が送り込んだ破壊兵器だったが、地獄坂に看破され完全に封じ込まれたのだった。
五
「お腹が空きましたなあ」
薄闇の中でツルハシを振りながら黒贄礼太郎が呟いた。派手な音がして岩の欠片が飛び散り、何度も壁を撥ね返る。
「申し訳ありません。僕はお腹が空かないんです。僕が死なないように天国と地獄が協力して、僕の健康を維持しているようなんです」
俯いたまま黒贄の後を歩き、薄井幸蔵が謝罪する。彼が素手で持つ白い蝋燭の、小さな炎が細い洞窟を不吉に照らしている。持参したライトは全て故障し、これだけが唯一疫病神探偵に許された明かりだった。
黒贄はツルハシで岩盤を削り、トンネルを下へ下へと掘り進める。
「ところで私達は、一体何時間くらい掘り続けてるんでしょうねえ」
物凄い勢いで飛び散る岩の欠片は、薄井の体には決して当たらない。
「分かりません。申し訳ないのですが、あなたに預かった腕時計は壊れてしまいました」
「そうですか。コンビニで買った千五十円の時計でしたが、失ってみるととても残念な気がしますな。私達は今地下何メートルくらいにいるんでしょうね」
「申し訳ありません。僕には想像もつきません。帰り道は塞がってしまってますし」
薄井は振り向いてみるが、斜め上方の道は砕かれた岩塊が詰まっており何も見通せない。
「ううむ。で、私達はちゃんと正しい方向に進んでるんですかねえ」
「それも分かりません。コンパスも壊れてしまいました。申し訳ありません」
「……。そういえば予知探偵さんの指示の手紙を貰ってましたよね。そろそろ読むタイミングではないですかな」
「申し訳ありません。どうやら手紙を落としてしまったようです」
流石に黒贄も絶句してツルハシが止まる。
「……そうですか。ま、まあ、人生そんなこともありますよね……」
黒贄が八津崎市警察署までパトカーを押して戻ると、待っていた宅配業者が洲上天心からの荷物を手渡したのだ。段ボール箱の中身は数通の封筒と一本のツルハシ。黒贄は指示通りに薄井を連れ、三途川沿いにある三途町の地下下水道から下へと掘り進めているのだった。柔らかい土の層から分厚い岩盤層、更には地下水流にぶち当たって水浸しになったりしながら、蝋燭の炎だけを頼りにして。
諦めてトンネル掘りを再開し、黒贄が言った。
「ところで私達の目的は何でしたっけ。何たら破壊何たら何たら装置とかいうものを叩き壊す予定でしたよね」
「はい。その何たら破壊何たら何たら装置というものを破壊するのが目的です」
「……。なるほど、あの何たら破壊何たら何たら装置でしたね。……。で、何て装置でしたっけ」
「申し訳ありません。僕も忘れてしまいました」
沈黙をツルハシの削岩音が埋める。
「……。そうですか。ところで私はさっきから、どうも嫌な予感がしているのですよ。こうやって地味にトンネルを掘っている間に、私を置いてけぼりにしてどんどん話が進んでいるような気が」
「それは大丈夫だと思います。僕達がこうやって会話出来ているということは、世界は終わっていないということですから。まだ予定の期日にはなっていないのでしょう」
薄井は陰気に保証する。
「まあ、それはそうなんですが。おやっ」
ガヅリッ、と硬い音がした。ツルハシの先端が金属をぶち抜いたらしい。
黒贄がツルハシを引くと、直径五十センチほどの球体に棘のついた、機雷のようなものが転がり出てきた。土で汚れているがまだ新品だ。
「こりゃ何の装置ですかな」
「僕にも分かりません」
後ろから覗き込んで薄井も首を振る。
「ま、どうでもいいですよね」
黒贄が足で踏むと球体はグシャリと潰れ、割れた外殻から精密機器が覗いた。二人は何事もなかったように進んでいく。削岩音に黒贄の愚痴が混じる。
「最近ふと考えちゃったりするんですよねえ。そもそも私は探偵なのに、探偵らしいことをあまりやってないような気がするんですよ。例えば推理とか、推理とか、それに推理とか」
「僕も探偵でしたけれど、推理などしたことはありません。そんなことをする前に依頼人も関係者も皆死んでしまいましたから。でも、探偵というのはそういうものかも知れません。どんな職業もきっと、地味な作業の繰り返しなんだと思います」
「そうですなあ。そう言われてみるとそんな気もしてきましたよ。こうやって暗い地中で延々と穴を掘っているのも、立派な探偵の仕事なんですよね」
ガギリッ、とまた硬い音がした。
「おっ、今度は壁に当たったようですよ」
ツルハシの先端数センチが欠けていた。
足元にあるので床と呼ぶべきだろうか。薄井が蝋燭の炎を近づけると、岩の剥がれた後に平らな金属の光沢が現れていた。
「ふうむ。奥に何かありそうですな。ほいさっと」
黒贄が大きく振りかぶってツルハシを叩きつけたが、長時間の酷使に耐えてきた柄が連結部で折れた。金属の頭部が斜め後方へ飛び、天井の岩に完全に潜り込んでしまった。
壁を確認すると、僅かな傷もついていない。
「硬いですね。迂回した方がいいでしょうか。ツルハシは壊れてしまいましたが」
薄井が言う。
「そうですなあ。しかし、『押して駄目なら引いてみな』という諺もありますから、ツルハシが駄目ならちょっと蹴ってみましょう」
黒贄が無造作に右の蹴りを入れた。汚れたスニーカーの一撃はドギュムッ、と鈍い音を響かせて金属の壁を大きく陥没させた。張りついていた岩も崩れる。
「おっ、いい感じですな。もう一蹴り行きましょう」
同じ場所への蹴りが厚さ二メートルの特殊合金に亀裂を入れ、破れ目の奥から光が洩れてきた。衝撃が震動となって地中を伝わっていく。
「もしかするとツルハシより蹴りで掘った方が早く進めたのではないですか」
蹴りの威力を見て薄井が言った。驚嘆ではない、飽くまで疲れ果てた声だ。
「いやいや、道具は必要なんですよ。素手ばかりだとバラエティに欠けますからね。なめらかな切断面からプクッと盛り上がってくる血とか、長い槍で一気に三十人串刺しで死体がブラブラとか……」
喋りながら適当に放った三発目の蹴りが壁をめくってぶち破り、人が通れるほどの穴を開けた。光が広がって眩いくらいになる。二人はずり落ちないように斜めの穴を這い下り、奥を覗き見た。
疫病神探偵の能力によって知らぬ間に二百七十三の防御機構と八百五十一の監視警戒機構を故障させ、ツルハシ一本で十一時間三十六分をかけて、地下二万八千メートルのシンボライズド・ワールド・スフィア外縁に到達したのだ。
暗い虚空に光の球が浮かんでいた。
数千個にはなろうか、何の支えもなく宙を静止し、いやほんの少しずつは動いているようだが互いに近づいたり離れたりしてその規則性は分からない。光球の一つ一つが粒子となって、全体の並びでまた一つの巨大な球を形成していた。
光球の色はそれぞれ異なっていた。白く光るものもあれば紫色に沈む球もあり、赤と黄のまだらがゆっくり表面を流れる球もあった。大きさも微妙に違っているが、小さなものでも直径数キロはありそうだ。あまりにも巨大過ぎるオブジェ。
厚さ二メートルの外殻で空間を包んだ全体の直径は、一万二千キロを超えていた。地球の内部、その大半をくり抜いてそのまま破壊兵器で置き換えてしまったようだ。地球空洞説を具現化した巨大な虚空がただ広がっていた。本来のマントル層やコアは何処へ行ったのか。別の空間へ捨て去り、地球の重力や地熱を捏造していたのか。それともここは地球ではなく、二人はいつの間にか別空間に侵入していたのか。
内部は真空でなく、百パーセントの窒素分子が充填されていたが、酸素不足で呼吸困難になるような二人ではない。
「いやあ、驚きました。地球の中ってこんなふうになってたんですなあ」
黒贄は不適切な感想を述べた。
「僕も知りませんでした」
「……。ええっと、それで、これからどうするんでしたっけ」
「あれを全部破壊すればいいのだと思いますが」
薄井は俯いたまま虚空を指差す。彼の指先から最も近い光球まで千五百キロはあった。
「まあ、ちょっと岩でも投げてみましょうか」
黒贄がトンネルから五十センチほどの大きさの岩塊を拾って戻り、両手のオーバースローで投げ落とした。パツンッ、という破裂音はマッハを超えた証だ。
減速せず一直線に飛ぶ岩塊に、何処からか放たれた閃光が直撃した。次の瞬間、岩塊は跡形もなく消えていた。内部の防御機構は健在らしい。
「ふうむ。岩は駄目ですか。なら他に投げるものといえばあなたくらいのものですかねえ」
「ええ、そうなります。どうぞ投げて下さい」
突っ込みでなく真面目に承諾され、黒贄もちょっと面食らって眉を互い違いに上下させた。
「いや、冗談のふりをした本気だったんですが、そんなふうに返されますと私としても『命を大事に』と言いたくなってしまいますな」
「いいんです。どうせ僕は死ねないんですから。もし万が一死ぬことが出来たとすれば、僕にとってもありがたい話です。それに、僕の巻き起こす災厄が人類に貢献出来るのなら、僕の苦痛に満ちた人生もやっと意味を持つということなんでしょう」
薄井は俯いていた顔を上げた。若々しいながらも疲労と絶望の染みついたその顔に、僅かに期待の光が差しつつあった。
「そうですか。あなたの災厄で世界が滅んじゃう可能性もあるかも知れませんが、まあ、ものは試しですよね。ではお元気で」
黒贄はあっさり薄井に蹴りを入れた。疫病神探偵の胴はくの字に折れ曲がり、さっきの岩塊に劣らぬスピードで飛んでいく。
「出来ればもっと丁寧に……」
薄井の悲しげな呟きが遠ざかる。信じ難いことに彼は骨折も内臓破裂もしていないようだ。流星となった彼を閃光が襲うことはなかった。無数に張り巡らされていたであろう防御機構を故障させて千数百キロの距離を超え、最も近い光球に激突し全身がめり込んだ。
ボバァン、と派手な音がして直径五キロの光球が破裂した。中に詰まっていた白い光の粒子が飛び散って、隣の光球にぶち当たるとそれも破裂して紫の粒子をぶち撒ける。それが更に近くの光球にぶつかり、次々と連爆を起こしていく。
ボバンブボォンと青い光が散る。赤い粒子と緑の粒子が混じる。銀色が大輪の花を咲かせ、金色の花が続く。バブォンズボァンバボォンドゥゴーンボバババババババ。爆発爆発爆発で光球がどんどん減っていく。飛散した粒子は少しずつ色褪せて消えていく。薄井幸蔵の姿は見えない。本人の希望したように天に召されたのか。それともやはり死ぬことを許されず、爆発の中を踊り続けているのか。
地獄坂の作り上げた最終兵器があっけなく崩壊していくのを眺めながら、黒贄礼太郎はホロリと涙を零した。
「お腹が空きましたなあ……」
六
「二時間十六分前にシンボライズド・ワールド・スフィアが破壊されました」
「何っ」
黒衣の所員の報告に、玉座で左右完全対称の姿勢を保っていた地獄坂明暗は目を剥いた。
「二時間十六分前にシンボライズド・ワールド・スフィアが破壊されました」
聞き直されたと解釈したらしく、所員は無表情に同じ報告を述べる。
「どういうことだ。あれは厳重に守っていた筈だ。防御機構は作動しなかったのか。異常があれば何故早く報告しなかった」
「監視装置が故障していました。監視装置の故障をチェックする装置も故障していました。その装置の故障をチェックする機構も故障していました。その機構の監視装置も故障……」
「もういい」
地獄坂の命令で所員はピタリと喋るのを止めた。
シンボライズド・ワールド・スフィアは世界の構造を模した原始的且つ強力な魔術だった。一つの光球が一つの異世界に照応し、色と体積もその世界の元素組成と体積によって独自の法則の下に決定された。光球同士の位置関係も実際の世界間の接続に沿ってコントロールされていたのだ。
相手の姿に似せた人形を傷つけることによって相手の死を願うのは呪術の基本だ。標的となる対象を象徴するもの、似せたもの、繋がりを持つものを用意してシンクロさせ、それに与える影響を標的にも及ぼせるという思想。シンボライズド・ワールド・スフィアも原理は同じだが、全異世界の完全なる消滅のためにはシンクロ率を高める必要があった。まず別の兵器によって一つの世界を消滅させ、対応した光球を同時に破壊する。その後で光球を連爆させつつ、外殻ごと空間を縮小・消滅させるというのが実験と検証を経て地獄坂の立てた発動計画であった。
それが、発動を前に破壊された。地獄坂は玉座から立ち上がり、ブルブルと全身を震わせた。また眼球が裏返り視神経を切って一回転する。
「完璧だったのにどうしてこうなった。あれの建設には五年かかった。もう一度造るにしても三ヶ月はかかる。もう間に合わない。いや、まだ世界を滅ぼす手段は残っている。私は完璧主義者だ。一つの手段が失われたからといって私の計画が失敗した訳ではない。一つ潰れただけだ。私の計画は揺らいでいない。しかし完璧に防御出来る筈だったのに、それが何故だ。駄目じゃないか。駄目だ駄目だ駄目駄目駄目……」
地獄坂は激しく首を振り始めた。右を向いた顔が勢い余って真後ろへ回り、更には正面まで一周してしまった。ねじれた首に皺が寄り皮膚が裂ける。回転は下へ伝わり黒衣の胴も腕も一緒くたにねじれ、ズボンに靴の先までも倣って人体の雑巾絞りが完成してしまった。首の裂け目から血が滲み、黒衣は破れないが赤い染みが浮いてきたことからやはり皮膚が裂けたのだろう。
ギュルルッ、と立ったままその場で逆回転して、雑巾絞り状態は瞬時に解除された。裂けた皮膚も元に戻り出血は吸収される。
「うむ。大丈夫だ。何も問題はない」
冷静に戻った地獄坂は独りで頷いた。
「だが今のねじれは右回りだった。これで終わってはバランスが取れない。左回りもやっておこう」
地獄坂は首を左に振り、再び全身を雑巾絞り状態までねじれさせた。
所長の奇行などお構いなしに、所員達は黙々とモニターを見据えていた。
七
月の裏側のクレーターに用意された特設会場基地において、ポル=ルポラとアンギュリード両勢力の四百二十年ぶりとなる会談が開催された。
半透明のドーム型会場を設営提供したのは、弱小だが歴史の古い中立勢力であるアリマナハイド星人だ。まずポル=ルポラ側が妙な仕掛けがないか二時間かけて調べ、その後にアンギュリード側が四時間かけてチェックする。最後にもう一度ポル=ルポラが二時間チェックというややこしい工程の後で、漸く両勢力の代表が到着する。
ポル=ルポラ星人は全身を硬い鱗で覆われた、竜に似た容姿の好戦的な種族だ。長い首と尾を持ち、大概は額から角を生やしている。高度な科学文明を誇るが肉体的な鍛錬も怠らず、手足にそれぞれ七本ずつ生えた指に鋭い鉤爪が伸びていた。青い鱗は年齢を重ねるにつれて茶や黒に変わっていく。今回参加したのは最高権力者である大首長と、有力な部族の長三人であった。
アンギュリード星人は肥大化した脳を支えるため頭部が胸部に埋まった、白い肌の種族だ。殆どの作業は機械に任せるため手足は退化して細くなっている。口は小さいが目はやたら大きく、ギョロギョロと絶えず周囲を見回すのが癖のようだ。顔が胸部にあるため衣服は腹部から下だけを覆っている。彼らは強いストレスに晒されると手足が縮んで胴体に格納されてしまうという。その臆病な習性は遺伝子治療でも克服されていない。今回参加したのは二番目の権力者である最高議会の副議長と六人の有力議員、そして二人の書記だった。
間を取り持つアリマナハイド星人は痩せた小人のような所謂グレイ型の種族で、肉体が半分異次元にかかっているため時折姿が薄れたり揺らいだりする。宇宙の片隅でひっそり暮らし、出しゃばることは少ないが、稀に超絶的な力を発揮して宇宙の情勢を一変させることがあった。
そのアリマナハイドのリーダー・アリハットが、地獄坂明暗の脅威に対抗するため宇宙の勢力は共闘すべきであること、そのためポル=ルポラとアンギュリードは休戦協定を結ぶべきであることを述べ、両勢力の代表者達は同じテーブルに着いた。
まず発言したのはポル=ルポラの大首長だった。
「ポル、ポルポルポポル、ポポポポル」
長い舌を巻きながらの発言に、アンギュリードの代表達は互いの顔を見合わせた。顔が埋まっているので胴体ごとひねるしかないのだが。
やがてアンギュリードの議員の一人が発言した。
「キー、キキー、ペチョ、キー」
小さな口から洩れるのはガラスを引っ掻くような音と湿った音。今度はポル=ルポラの代表達が長い首を巡らせて顔を見合わせた。
「ポポポル、ポルポポ」
族長の一人が言う。
「キーペチョ、プププ」
副議長が返す。
「ポポポルー、ルールーポポ」
大首長が太い腕を挙げて大声を出した。
「キー、ププリュー、ギュリー」
アンギュリードの書記が仕方なさそうに答える。
「ポポポルポポ、ルポポポ」
「ピリー、キー、キキ、リュキー」
「ポポポポルポル、ルポポホポル」
「キキー、キキキキキー、キーピリュ」
次第に白熱した議論となってきた。アリマナハイド星人は黙って見守っているが、表情の乏しい顔は何を考えているのか読み取れない。
「ポポポポポッ、ルポポポーッ」
ポル=ルポラ大首長の怒号が会場に響き渡った。アンギュリードの代表達は一斉に手足を縮めて胴体に格納してしまう。なんとかアンギュリード副議長が反論した。
「キーピリョ、ペチョ、ププキー、ピリーリー」
ポル=ルポラの代表四名は荒々しく席を立った。
「ポルポポポ、ポポポル」
大首長の憎々しげな捨て台詞を最後に、ポル=ルポラ代表達は会場を去った。これでポル=ルポラとアンギュリードの休戦交渉は決裂に終わった。
自分達の宇宙船に戻り、ポル=ルポラの大首長は族長達に言った。
「やはりあやつらとは話し合いなど出来んな」
流暢な日本語だった。
「全く話が通じん。何を言っとるのかさっぱり分からんわ」
ちなみにアンギュリードの代表達も、自分の船に戻りながら日本語で同じ愚痴を零していた。