晴れた日の午後、黒贄礼太郎は長さ九百四十メートルの螺旋エスカレーターを持って事務所のビルを出た。
「お出かけですか」
道端の肉片を箒で片づけていた男がにこやかに声をかけた。
「はい、天気もいいのでちょっと大殺戮でもしようかと思いまして。いいんですよ、これ。なかなか頑丈で」
黒贄はエスカレーターを振った。男の頭がちぎれ飛んだ。ついでに周辺の建物が幾つも倒壊した。
「さーて、今日は頑張るぞー」
表通りでは大勢の人が行き交っていた。黒贄はそのど真ん中でエスカレーターを振り回し始めた。
「クンドラベッタラドッポレー」
グジャジャジャジャジャ、と通行人の首が飛ぶ。一振りで数千人は殺したろう。ビルもまとめて崩れ落ち、更に数万人が死ぬ。
「クンドラベッタラドッポレー」
黒贄はエスカレーターを振りながら大通りを駆ける。人が死ぬ車がひしゃげ飛ぶ電柱が折れる建物が崩れる人が死ぬ。あまりにも遠くから凶器がやってくるので、多くは何が起こったのか分からぬまま死んでいったろう。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。崩れる崩れる崩れる崩れる崩れる。死ぬ崩れる死ぬ崩れる死ぬ崩れる。
「クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー」
生に満ち溢れた街が死の廃墟に変わっていく。黒贄は笑顔で長大なエスカレーターを振り続ける。世界が赤く塗り替えられていく。
「クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー、クンドラベッタラドッポレー……ハッ」
黒贄は飛び起きた。窓から朝の光が差し込んでくる。安物のベッドの上に彼はいた。隣の部屋からは助手の鼾が聞こえる。
「夢か……夢で、良かった……危ないところでした……」
黒贄は全身にじっとり汗をかいていた。
「仮面もなしで、あんな既出の、他人に貰った奇声を使って、人命を浪費してしまうところでした……」
黒贄は安堵の息をついた。
「もう朝ですな。今日もいい天気になりそうで……」
窓を開けて外の裏通りを見やり、黒贄は凍りついた。
八津崎市が滅んでいた。再建したばかりだったのに、今度はどんな脅威が襲ったというのか。見渡す限り倒壊した建物と首や胴のちぎれた死体ばかりだった。生きている者はいない。建物は巨大な刃物で横殴りにぶった切られたような、奇妙な倒れ方をしていた。
探偵ビルの前の路地に、長大な凶器が転がっていた。九百四十メートルの螺旋エスカレーター。昨日までは保管庫の天井をぶち抜いて立てていたものだ。まるで使用後のように、血と埃に塗れていた。
「ゆ……夢じゃ、なかったのか……」
黒贄は力なくベッドに腰を落とし、ホロホロと悔恨の涙を流した。