「・・・つまり、私の肖像画を描きたいと」
黒贄礼太郎がけだるそうに呟いた。
「ええ、貴方の噂を聞いて、是非とも私のモデルになっていただきたいと思いまして」
その人物は答えた。
「ふうむ、変わった方ですな。まあいいでしょう」
「ありがとうございます。絵を描いている途中に私を殺したりしないでくださいね」
「わかりました。お約束しましょう」
その人物は、早速準備に取り掛かった。
「いつもどおりで、椅子に座っていただけますか?」
黒贄は意外とおとなしく椅子に座った。ぐしゅ。椅子に置かれていた生首がひしゃげてつぶれた。画家はそれには見向きもせずに絵筆をとった。キャンバスを、真っ黒に塗り始めた。絵の具は、黒と白しか用意されていない。
真っ黒に塗られたキャンバスを前に、その人物は話し始めた。
「・・・どうして、貴方のような人がいるのでしょう。いや、別に貴方の存在が、間違っているとか悪いとかじゃなくて。私には、それがとても不思議なんですよ。興味深いといってもいい」
黒贄は何も答えず、その人物のほうをうつろに眺めていた。
「・・・私は小学生のころ、道徳の授業がいつも憂鬱でした。教科書には、命は大切にしましょう、皆と仲良くしましょう、戦争はいけません、人を殺してはいけません・・・皆、嘘です」
その人物は、白の絵の具を塗りたくり始めた。黒いキャンバスの中に、人の姿が浮かび上がる。
「嘘ばかりです。そんなこと、皆わかっているのに、お経みたいに嘘の塊を朗読するなんて、馬鹿げている。人を殺すことだって、そうです。太古の昔から、人を殺してはいけない、なんて決まりはなかった。あるのは、(敵は殺せ、同胞を生かせ)という決まりのみです」
キャンバスの人物に、目鼻が描き込まれる。
「つまり、敵や同胞をどう定義するかが問題なわけです。全人類は同胞であると考えるならば、いかなる殺人も許されないはずです。しかし、自分以外の人物をすべて敵だと考えるならば、いかなる殺人も合理的であるはずです。もちろん、殺された人の親族は許してくれないでしょうが」
キャンバスの中の人物は、あらかた出来上がっている。その人物は、黒贄と目を合わす。何かが違う。何かが足りない。
「管理する側の、教育者とか政府の人たちは貴方のような存在がきっと邪魔なのでしょうね。なぜなら貴方は、この世の中の真実を体現しているから。人は誰しも自分以外の者を敵と見なし、抹消したいと思うときがある。一瞬にしろ(どいつもこいつも死んでしまえ)とほとんどの人が思うことでしょう」
その人物は、キャンバスと黒贄を見比べる。何が足りないのか。しかし、キャンバスのそれに、付け加えるべきところは見当たらなかった。
「・・・・完成です」
一瞬、部屋の空気が変わる。黒贄が動いた様子はなかった。ふと、その人物は自分の首に違和感を感じた。手をやると、暖かい液体が噴出している。
「確か、絵を描いている途中には殺さないといって、お約束でしたね」
黒贄が言った。その人物は、無言で指についた血をキャンバスに塗った。右目、左目、そして自分のサイン。その人物の指から力が抜ける。ゆっくりと、その人物が床に崩れ落ちる。
「さあて、散歩にでもいきますかな」
黒贄が誰に言うともなく呟き、ドアを開ける。ドアが閉まり、部屋は闇に包まれた。
Written by shian