第十八段 見えているか

 

 男は四才になる息子の前にしゃがみ、その目を真正面から見つめて尋ねた。

「こちらからは見えている。そちら側からも見えているか」

「見えてるよー」

 息子はニコニコして答えた。

「そうかそうか。よーし、よーし。俺は独りじゃなかったんだなあ」

 男は満面の笑みで息子の頭を撫でた。息子も嬉しそうだった。

「じゃあ父さんはお昼ご飯を作るからな。大人しくテレビを観てるんだぞ」

 男は台所で料理の準備を始めた。鍋で湯を沸かし野菜を切る。ハムを切ろうとしてふと男は顔を上げた。

 包丁を置いて台所を出ると、男はアニメを観ていた息子の前に回り込んだ。

「こちらからは見えている。そちら側からも見えているか」

「うん、見えてるよ」

 真っ直ぐに見据えてくる男に、テレビの方を気にしながらも息子は答えた。

「そうか、良かった良かった」

 男はまた笑顔になり、息子の頭を撫でてから台所に戻った。

 湯が沸騰していた。男はうどんの袋を開けようとして、ふと顔を上げた。

 男はまた台所を出て、息子の前に回り込んだ。

「こちらからは見えている。そちら側からも見えているか」

「んーもう。お父さん邪魔。見えないよ」

 アニメ鑑賞を邪魔され、息子は口を尖らせて文句を言った。

 男の表情が消えた。黙ってリビングを去り、少しして戻ってきた時には斧を持っていた。

「信じていたのにっ」

 まだアニメを観ていた四才の息子の脳天に、男は背後から斧を叩きつけた。

「そちらからも見えているとっ、信じていたのにっ。他人にも意識があると。魂が存在するとっ。向こうからも、ちゃんと、見えてるのだとっ。見えてないのなら、そちらから見えてないのなら、ただの機械じゃないかっ」

 男は叫びながら、息子の体に何度も何度も斧を打ち込んだ。泣き笑いに歪んだ男の顔は、返り血でグチャグチャになっていた。

「孤独だ……」

 男は息子の死体を地下室まで引き摺っていき、壁の空きスペースにモルタルで塗り込めた。

 息子の死体の隣には、二年前に殺した妻の死体が収まっていた。

 

 

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