ショータイム。
強烈な光が地下カジノの特別ホールを照らす。すり鉢状の客席はタキシードやドレスで着飾った男女で溢れ、上品な顔を残忍な喜びで輝かせている。
すり鉢の底でテーブルを挟んで二人の男が向かい合っていた。一人は暗黒街の帝王で、もう一人は若き挑戦者。
平らな椅子に固定された二人は、胴体を立方体の機械に包まれていた。上面の穴から首を出し、左右の側面から腕を、前面下部の二つの穴から両足を出す。それぞれの丸い穴はあまり余裕がなく身じろぎに苦労するだろう。
帝王は高級スーツを着ていたが、若者の足はジーパンだ。穴からはみ出したTシャツの袖が上腕に絡んでいる。
「ルールは分かっているだろうが、観客もいることだから一応説明しておこう」
帝王が言った。立方体に胴体を収めた奇妙な格好ながら、闇の威厳はいささかも損なわれはしない。
ダークスーツの部下が帝王の傍らに立ち、小さなケースを開いた。
中にあるのは一個のサイコロだった。
「一方が丁か半かを言い、もう一方が賽を振る。賽の目が外れれば言った方の負け、当たれば振った方の負けだ。負けた者は手足のどれか一本を切断される」
立方体機械の背面に操作パネルがあった。切断は自動工程になっているらしい。
「攻守交替して同じ事を繰り返す。手足を四本共失って更に負けたら首が落ちてゲーム終了だ。覚悟はいいかな」
「勿論さ。あんたを殺して俺が帝王になってやる」
若者の威勢に観客が歓声と拍手を贈る。
帝王は淡い蔑みの微笑を浮かべ言った。
「どちらが先に賽を振るか、君が決めるといい」
「俺が先に振らせてもらう」
若者が言った。帝王から賽を受け取った部下が若者の手元へと運ぶ。若者は賽を掌の上で転がして感触を確かめる。
観客が息を詰めて見守る中、帝王が「丁。丁が出る」と言った。
若者が勝利を確信したようにニッと笑い、サイコロをテーブルへ投げた。カラカラと軽い音を立てて回り、止まる。
若者の笑みが凍りついた。
「六の目。丁だな」
帝王が言った。
「ば、馬鹿な」
自分の賽振りの腕、或いは強運に余程自信があったのだろう、若者は信じられない様子だった。帝王の部下が若者の背後に回り尋ねた。
「手足のどれになさいますか」
「……嘘だ。これは……インチキだ」
「どれになさいますか」
「……。左足」
若者は仕方なく答えた。帝王の部下があっさりボタンを押して箱型の機械が作動する。
ギリギリ、ビチビチ、ゴギュッ。ボドリ。若者は苦痛をこらえ顔を歪めた。観客は拍手喝采した。
内部の機構が動いて左足の穴を締めつけ、肉を裂き骨を砕き、完全に切断していた。ジーパンを履いた足が床に落ちる。穴は閉じて出血は殆どない。
「では私が振る番だな」
帝王が言った。部下がテーブルからサイコロを取り上げ帝王に渡す。
「……。丁だ」
若者が言った。帝王は無造作にサイコロを振った。
「三の目。半だ」
帝王が言った。若者は目を見開いて賽の目を見つめていた。再び部下が背後のパネルに触れる。
「どれになさいますか」
「右足」
そして右足が落ちた。また拍手が贈られる。
再び若者が振る番となった。帝王は「半」と言い、実際に半の目が出た。
左腕が切断される間、若者は獣のような叫び声を上げた。観客は大声で笑った。
若者は右腕だけになった。サイコロが帝王に渡り、若者は「丁」と言った。
帝王の賽の目は半だった。客席がどっと沸いた。
機械によって右腕も切断され、若者は立方体の機械から首だけを出す生き物となった。帝王の部下が若者の口にサイコロを咥えさせた。
帝王は柔らかな微笑を湛え、「丁」と言った。
若者は涙も拭けず、目を血走らせてサイコロを吹いた。テーブルを転がったサイコロは一の目で止まった。
客席がどよめいた。帝王が目を丸くして何度も賽の目を見直している。信じられぬものを見るように。
「どれになさいますか」
部下が帝王の背後に回り、容赦なく尋ねた。
「……。右足を」
帝王が言った。足が落ちる際、帝王は「ぐむっ」と呻いた。客席は静まり返っていた。
帝王が振る番となった。首だけの若者が「半」と言う。帝王が賽を振った。
五の目、半だった。
「馬鹿な。こ、これは……嘘だ」
帝王は若者と同じことを言った。部下がどれにするか尋ねる。帝王は左足を捨てた。
歪む帝王の顔を見ながら観客は拍手を贈った。
続いて帝王は「丁」と言った。若者が吹いた目は半だった。帝王の左腕が落ちた。
若者が「半」と言った。帝王がサイコロを振る。力加減を誤ったようでサイコロがテーブルを飛び出し床に落ちた。失格だ。観客がゲラゲラ笑った。帝王の右腕が落ちた。
床に手足をバラ撒いて、首だけを出した二つの箱が対峙することとなった。互いに零れ落ちそうなほどに目を見開いて、極大の殺意を込めて相手を睨んでいた。
観客の期待の視線を浴び、サイコロが若者の口に渡された。
帝王は呻くように「半」と言った。
若者が口からサイコロを吹いた。テーブルを転がって止まった賽の目は六。丁の目だった。
怒涛のスタンディングオベーションの中、部下が帝王の背のボタンを押した。
ギリギリ、ビチビチ、ゴギュッ、と帝王の首が切断された。勢いがついたのか帝王の首がクルリと回り、立方体の機械から転げ落ちた。観客は狂ったように拍手と声援を贈り続けた。
帝王は真の立方体となった。
若者の顔は安堵と達成感に輝いた。これで彼が暗黒街の帝王だ。手足はないが帝王だ。何もかも思いのままだ。政治家だって彼の言葉には逆らえない。どんな女もより取り見取りだ。手足はないが。
「では、次の挑戦者の入場です」
微笑を湛えて部下が言った。唖然とする若者の前に、立方体の機械に胴体を包まれた挑戦者が運ばれてきた。
自信満々の挑戦者は五体満足だった。