第二十六段 歩く者達 〜カイスト プロローグ〜

 

 彼らは望み、歩き出した。

 それぞれの場所、それぞれの時代で。

 

 ある男は強くなりたいと望んだ。あまりに強く望んだので、生まれ変わった後も望みを保っていた。修行を続けながら転生を繰り返し、少しずつ強くなっていった。出発してから二万年ほど過ぎ、転生が百回を超えたところで彼は気づいた。彼はそれなりに強くはなったが所詮は人間という枠組みの延長上で、目標には全く届いていなかった。後どれだけこれを続ければ良いのだろうと考えた瞬間、彼の中の大事な何かが壊れた。次に転生した時、彼は記憶も力も失っていた。

 またある男は世界の無情さに怒り、覆すだけの力を欲した。修行と転生を百万年続けて成長し、これで充分強くなったと思った。安堵した時から彼の力は次第に衰えていき、五万年後、彼はいなくなった。

 戦争で愛する者を失った男は平和を求めた。修行と転生と、平和のための戦いの果てに、ふと自分が大量殺戮者そのものであることに気づいた。彼の本末転倒な旅路は七百万年で終着した。

 ある男は世界の果てを見たいと望んだ。誰の力も借りずひっそりと自らを鍛え続け、二千万年に及ぶ試行錯誤と無数の失敗の末、彼は世界の限界線を越えた。彼がその後どうなったのか誰も知らない。

 ある男は強くなりたいと望んだ。百億年を経て彼は遥かな高みに達し、尚も望みを抱き続けていた。しかしおかしな負け方をした時に彼の中に疑念が生じ、その意志は五千万年かけてゆっくりと崩れ去っていった。

 ある女は世界の全てを手に入れたかった。八億年の修行と転生で、目にしたあらゆるものを支配出来るようになった。跪く大勢の民を見下ろして、彼女はこれが自分の欲しかったものとは違うことに気づいた。その翌日に彼女は消えた。

 ある男は誰よりも強くありたいと望んだ。転生と殺戮を繰り返すうち、彼は苦悩や迷いは邪魔だと考えるようになった。彼は自分の精神を改造し、やがて怪物になった。

 ある男は安全な場所から覗くことが好きだった。肥大化した欲望によって感覚の触手は無限に広がり、いつしか彼は世界中の全ての事象をリアルタイムに感じ取れるようになっていた。だが覗き見るだけだった出来事に自分から干渉したいと望んだ時、保たれていた心のバランスが崩れた。彼の旅路は二百十億年だった。

 ある女は魔術を極めることを望んだ。自然科学と迷信の混ざった原始的魔術は転生のたびに洗練され、更に偉大な先達に師事することによって飛躍的に進化していった。だが三百万年を過ぎた頃、術者間の派閥争いに巻き込まれ彼女は魂を磨り潰された。

 暗い地下洞窟に棲むある生き物は偉大な存在になりたいと望んだ。寿命がなく不死に近かった生き物は望みに沿って少しずつ、ほんの少しずつ自らを変化させていった。二億年後には人間のふりが出来るようになり、更に十万年後には神と崇められていた。転生を知ってからも拡大を続け、百億年を過ぎその力は惑星を覆った。生き物だったものは、人という知性ある種を愛していた。

 ある男は消え去ることを怖れ、ただ永遠に存在することを望んだ。不老不死を求めた十万年の修行の後、組織に所属して彼の目的は達成された。安全な場所で事務仕事だけをこなせば良くなり、彼はほんのりと淡い幸福を感じながら生き続けた。だが五十億年を過ぎる頃には何も感じなくなり、ただの労働機械と化した。

 ある男は全てを完璧に記録したかった。それが不可能だと理解もしていたが、過去のあらゆる事象を掘り起こして詳細な記録として積み上げていくことに、パズルのピースが埋まっていくような快感を覚えていた。三百億年の時を重ねて彼の記録は有数の質と量を誇っていたが、四十万才時に掘り起こした記録の不備を同業者に指摘された時、彼は発狂した。

 ある男はただ強くありたかった。転生と修行を繰り返して七十億年、彼は同じ高みを歩く真の友を得た。その五十億年後に友は消え、心に穴の開いた彼もまた十万年後に消えた。

 

 多くは歩き始めてすぐに諦めて消える。

 残った者達は嬉々として歩き続けるが何かの拍子に落ちていく。ある者は叩き潰されて絶望し、ある者はほんの些細なきっかけから自分を見失って。

 それでもまだ歩き続ける者達がいる。

 消えていく者達を横目に、或いは至高の目標から一時も目を離さずに、無数の勝利と敗北を味わい、苦難と挫折を這い登りながら、彼らは今も自分の道を歩き続けている。

 

 

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