今日も百人近い男達がその施設を訪れた。新聞や雑誌の片隅に載った小さな広告。その冗談のようなメッセージに応じて全国から集まった者達だ。
倉庫のような地味な建物で、小さな看板に目立たぬ字の色で『世界救済委員会』とあった。入り口横の『緊急に救世主を求む』という立て札を見て、男達は満足げに頷いた。
出迎えたのはブラックスーツの中年紳士だった。
「おお、なんとか間に合いましたね。もう少しで手遅れになってしまうところでした」
紳士は男達に駆け寄って泣き笑いのような安堵の顔を見せた。事態は切迫している。男達の心は緊張とある種の喜びに燃えた。
男達は施設の奥へと案内された。地味な内装は次第にメタリックで未来的なものに変わり、やがて扉が並ぶ巨大な部屋に行き着いた。
「それぞれ運命の扉をお選び下さい。選ばれた先が、実は定められたご自身の道なのです」
神妙に紳士が告げた。
扉は百個以上あった。掛かった札は皆違っていて、『伝説の勇者の道』とか『竜を斃す宿命』とか『神に抗う者の道』とか『永遠の放浪者』とか書かれていた。
男達は期待に震えながら扉を吟味して、それぞれ別の扉を開けて進んでいった。
『天を支える者』の扉を選んだ男は家具のないがらんとした部屋に着いた。天井も床も壁も魔法陣のような模様で埋め尽くされている。
白いローブの美しい女が待っていた。やってきた男にすがりつき涙声で訴える。
「お願いです、世界を救って下さい。あの天井を支えないと世界が滅んでしまいます」
詳しい事情を聞く暇はなかった。何故なら部屋の天井がどんどん下がってきているからだ。既に高さは二メートルに近づいていた。
「分かった。任せろ」
男はかっこ良く応じ、急いで部屋の中央に立ち両手を差し上げた。支えようとするが物凄い圧力に押されて膝が曲がる。
「勇者様、世界をお救い下さい」
安全な廊下から女が応援する。女の潤んだ瞳に見つめられ男の心は燃え盛った。必死に支えるが容赦なく天井は降りてくる。腕が曲がり首が曲がり、足が完全に曲がり、やがて背骨の砕ける音が。
「うおおおおお、おおお、おおおぉぉぉぉぉ」
男は天井に潰され、厚さ一センチの肉塊となって死んだ。だが男は満足だった。世界を救うために命を捧げたのだから。
『天空の飛翔者』の扉を選んだ男は細い洞窟を進み、やがて崖の縁に辿り着いた。先は暗闇で何も見えず、いや、遥か下方に小さな光が瞬いている。
杖を持ったカラフルな僧衣の女が待っていた。恭しく一礼して説明を始める。
「漸く来て下さったのですね、勇者様。世界を救うための宝珠はあそこです」
と、指差したのは遥か下の光だった。目を凝らして男が尋ねる。
「あそこまでどのくらいあるんだ」
「分かりません。でも勇者様なら必ず手に入れられる筈です。千年も前から予言されていたことです。お願いです勇者様、世界を救って下さい」
「分かった」
男は助走をつけて跳んだ。男の姿は闇に呑まれた。
二百メートル下の岩場に激突して即死する前に、男は意識を失っていた。最期まで男は満足だった。
それぞれの扉の先に異なる運命が待っていた。女神を救うため進んでギロチン台に向かった男がいた。走ってくる列車を体で受け止めた男がいた。炎の道を走り抜けようとした男、一振りの剣で百頭の虎と戦った男、銃弾を念力で防ごうとした男、硫酸プールに飛び込んだ男。皆悲惨な死を迎えながら、最期まで世界を救う喜びに満ち満ちていた。尻込みする男には「あなたは伝説の勇者ではなかったようですね」と告げるといきり立って危険に身を投じていった。それでも引き返す男も稀にいたが、係員はしつこく呼び止めることはしなかった。中途半端な者達は放置しておいても構わないのだ。
全員の処理を終えた夜、委員会の構成員達は祝宴を開いた。
「今日も無事、全国の中二病患者を始末することが出来ました」
笑顔で皆を見渡し、委員長が言った。
「この平和な時代に中二病患者は害悪にしかなりません。誇大妄想に取り憑かれてとんでもない事件を起こす前に、我々は危険の芽を摘むことが出来たのです。これからも社会のために頑張っていきましょう。では、乾杯」
乾杯しながら皆、感涙にむせんでいた。
「今日も世界を守った」
委員長もまた泣いていた。
委員会の構成員も全員、中二病だった。