第四段 世捨て人

 

 男は人類に絶望していた。今の世の中は腐っていると思っていた。皆他人のことなど考えず、エゴを剥き出しにして喚き合い、足を引っ張り合い、奪い合っている。政治家も警察もマスコミもそれを許している。

 しかし考えてみると皆が腐っていてこの腐った世の中で構わないと思っているのなら、男がわざわざ出しゃばってなんとかしようと叫んだり足掻いたりする必要もない訳だ。

 ということで男は世捨て人になることにした。人間社会の汚泥から逃れ、独りで静かに暮らすのだ。男は無人島で自給自足の生活を始めることにした。

 その後の可能性内訳を以下に示す。

 

 50%:男は餓死した。

 

 40%:政府の役人がやってきて、ここは私有地だから勝手に住むことは許されないと言った。男は抵抗して逮捕され、拘置所で自殺した。

 

 3%:人相の悪い男達が上陸してきた。彼らは死体を抱えていた。男を見て「ここは俺達の土地で死体の隠し場所だ。出ていけ」と言った。抵抗する暇もなく男は射殺され、埋められた。

 

 2%:異国の言葉を話す軍隊が上陸してきた。言葉が通じないまま男は捕虜になり、暗い部屋で一生を終えた。

 

 1.5%:異国の言葉を話す軍隊が上陸してきた。言葉が通じないまま男は射殺された。

 

 1.3%:遠くで閃光が生じ、爆音と衝撃波が男の島まで届いた。空にはきのこ雲が見えた。数日後に具合が悪くなり、髪が全て抜け落ちて男は死んだ。

 

 1%:海の色が汚くなったような気がする。魚の死骸が浜に打ち上げられるようになった。奇形の魚も多く混じっていた。鳥を見かけないようになった。魚を食べていた男は段々具合が悪くなって死んだ。

 

 0.8%:年々暑くなってきた。海面が次第に上がってきたようだ。島の面積は小さくなっていき、やがて陸地がなくなり男は溺れ死んだ。

 

 0.3%:男は宇宙人にアブダクションされた。宇宙船の中で男は様々な人体実験を受け、内臓を抜かれ脳だけになって死んだ。

 

 0.1%:男は悟りを開いた。宇宙と一体化して全てを知覚し、全てを意のままに操作出来るようになった。男は人類の意識を操作して世界を平和にした。ただし、男は無人島で暮らしていたので平和を確認するすべはなかった。

 

 結局、男は死んだ。

 あの世では大勢の死人がひしめき合っていた。皆他人のことなど考えず、エゴを剥き出しにして喚き合い、足を引っ張り合い、奪い合っていた。

 男は嫌だなあと思ったが、もう逃げる場所もなかった。

 

 

戻る