第五段 遠くを見る目

 

 貞昭はその男が嫌いだった。同じ会社の隣の部署で、仕事はそれなりにこなすのだが常に何処か浮ついた感じがしていた。面と向かって話しているのに貞昭ではなくその向こうの遠くを見つめているような気がした。仕事の話が途切れた時に、政治の問題や社会の未来、人類の進むべき道や来世について語り出すことがあった。そんな時の彼の目は夢見るようで、生き生きと輝いていた。

 地に足がついていない。貞昭は男を軽蔑していた。現実を見ろ。俺達は薄汚い地上で、その日その日を必死に這いずって生きているのだ。夢や理想を語る余裕なんてないんだ。クズめ。

 その男は転勤になり、貞昭はたまに彼のことを思い出すことはあったが目の前の仕事をこなすことで精一杯で、歳月は流れていった。

 五年後に男は帰ってきた。以前よりも仕事が出来るようになっていた。合間に浮ついた話をすることもなく、地に足がついていた。面と向かって話す時も何処か遠くではなく、しっかりと貞昭を見据えて話した。

 夢見るような、生き生きと輝く瞳は、男から失われていた。

 貞昭は気になって男に尋ねてみた。

「最近は政治や人類の話をしませんね。どうしたんですか」

 男は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いやあ、あの頃の私は馬鹿でした。やっぱり現実を見なくちゃいけませんね。私達は地上を必死に這って生きているのですから。夢みたいなことを語ってる暇なんかありませんよ」

 貞昭はそれを聞いて失望した。お前は遠くを見ているべきなのだ。地べたを這いずって目先しか見ない俺達と違い、もっと夢と理想を語るべきなのだ。昔のお前はもっと輝いていた。

 自分が以前の男を気に入っていたのだということを、貞昭は今になって悟った。次第に怒りが湧き上がってきた。お前には期待していたのに。今のお前にはもう価値がない。クズめ。

 貞昭は椅子を持ち上げて、男の背後から力一杯叩きつけた。

「グブッ」

 男の眼球が飛び出して、コロコロと遠くへ転がっていった。

 

 

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