第七段 障害者革命

 

 出口の見えない不況に際限なく繰り返される増税、頻発する政治家の汚職・不祥事に国民の不満は高まっていた。そこで政府は不満の矛先を逸らすため、ストレス解消の手段を与えることにした。

 即ち、全国の障害者から人権を剥奪したのだ。

 厳しい時代だから効率が悪いものは排除しなければならないと識者がコメントした。公共の建物をバリアフリーにするための費用、障害者のための年金・補助金がどれほど国庫の負担になっているか、具体的数字を挙げて官僚が力説する。宗教団体は障害者は前世の悪行の報いを受けたのだと主張した。そうして、健常な国民は、あっけなく、受け入れた。

 そこら中で障害者が迫害されるようになった。最初は罵声を浴びせられる程度だったが、慣れてきた人々は次第にエスカレートし、殴る蹴る、煙草の火を押しつける、更には皆で持ち上げて地面に叩きつけるなどを平然と行うようになった。何故なら障害者は人間ではないのだから。役立たずなのだから、殺したって構わないのだ。

 車椅子の青年を少年達が川に投げ込み溺死させた。一人死者が出た後は堤防が決壊したような勢いで障害者殺しが広まっていった。健常者は障害者を見かけると寄ってたかってリンチにかけ殺すようになった。障害者は殴り殺され、ビルの屋上から突き落とされ、車で轢き殺され、ガソリンをかけられ焼き殺され、槍で突き殺された。健常者は武器を携帯し、ストレス解消に使える障害者はいないかと目を光らせるようになった。障害者は外出しなくなった。健常者は障害者の住居を調べて襲撃するようになった。障害者を守ろうとした家族も一緒に殺された。障害者は殺されても仕方がない、障害者を庇う者も同罪だというのが政府の公式見解だった。障害者殺しは更に勢いを増した。

 その時、障害者の救世主が現れたのだ。その男自身も交通事故で片腕を失っていた。彼は障害者の復権を宣言した。障害者も健常者も同じ人間であること。健常者もちょっとしたきっかけで障害者になることもあること。差別は撤廃しなければならないこと。彼がそう主張しながら行ったのは、大きなハサミで健常者を襲い手足のどれかを切断することだった。バネを仕込んだハサミは片腕でも簡単に使え、ギザギザの刃は四肢の再接合を不可能にした。狩る方だった健常者もこれで狩られる障害者だ。

 障害者によるテロだと政府は糾弾した。警察は全力を挙げて彼の行方を追った。健常者は襲撃に怯え、益々障害者殺しに精を出すようになった。

 障害者達は地下に潜り、レジスタンスとなった。警察や健常者に追われて毎日のように殺されていったが、それでも救世主は勝算を持っていた。彼らのテロは健常者を殺すことでなく、手足のどれかを切断したり潰したりして障害者にすることなのだ。襲われた者は元の仲間から殺されることを怖れ、自らレジスタンスに加わった。そうやってゾンビの感染のように、障害者のレジスタンスは増えていった。

 健常者と障害者による血みどろの戦いは、十年後に漸く終結した。国民の全てが障害者になり、争いの理由がなくなったのだ。

 救世主は新しい首相となった。彼は就任演説で「我々は皆同じだ。もう差別は存在しない。社会は平等になった」と宣言した。障害者の議員達は両手或いは片手で拍手を送り、国民は字幕つき中継を見たり聞いたりして涙した。新しく生まれた子供が五体満足だった場合は手足のどれかを切り落とす法案が満場一致で可決した。

 輝かしい初日の業務を終え、救世主達が国会議事堂を出ると乞食がいた。「ああういあ」しか言わず通りかかった人にしがみつこうとする。人々は悪態をつきながら蹴り剥がしたり杖で叩いたりしていた。

 長年レジスタンスの参謀だった車椅子の官房長官が救世主に言った。

「知的障害者のようですね。差別され、虐待されています。助けなくては」

 救世主は笑って首を振った。

「知的障害者を我々身体障害者と一緒にしてもらっては困るな。知障は役立たずだ」

 官房長官は溜め息をついて、隠し持っていた起爆ボタンを押した。国会議事堂地下に仕込まれた核爆弾が爆発し、首都は消滅した。

 

 

戻る