（今、一人目の首を刎ねました）運命は変えられるが、宿命は変えられないと申します。確かにその通りだと、私はしみじみ思うのです。私の逃れられぬ宿命とは、人を殺さずには小説が書けないということでした。

　（今、二人目の頭を割りました）私がこの無情なる世界で生き抜くことを決意し、その手段として小説家を志したのは高校生の頃だったと思います。当時の私は不可思議な全能感を抱いており、きっと自分は天才なのだからすぐにでも名作が書けるはずだと信じておりました。

　（三人目の背中に突き立てた斧がなかなか抜けません）しかしいざペンを握ってみると、全く書けないのです。アイデアはありきたりでストーリーはガタガタ、ぎこちない文章には自分でも呆れ果てるほどです。名作どころか、小説になっていないのです。

　（四人目を追いかけています。追いつきました。殺しました）私は愕然としました。情けない。なんて自分はちっぽけな人間なのだろう。私は絶望しました。これでは小説家になれない。小説家になれなければ生きてはいけない。いや、もう、私のようなどうしようもない人間は、死んだ方が良いのです。自暴自棄になった私は、死に場所を求めて夜の街を彷徨い歩きました。

　（今度は日本刀です。五人目）何がきっかけだったのでしょう。私は人気のない路地でチンピラと口論になっていました。こいつと心中しよう。相手の醜い顔を見て、私はそう考えました。そして私は常日頃から携帯していた刺身包丁を握り締め、チンピラの顔や胸や腹をざっと五、六十回ほど刺しまくったのです。

　（六人目。首が綺麗に飛びました）人を殺してしまった。転がる血みどろの死体を見下ろして、私は震えました。とんでもないことをしてしまった。恐怖が私の全身を侵していきました。しかし、それと同時に、私の内奥から湧き上がってくる、別の衝動があったのです。書きたい。小説を書きたい。そして電撃が走り抜けたように、私の中に小説のアイデアが閃いていました。書かなければ。私は急いで家に戻り、原稿用紙に向かいました。そして五十二枚にも及ぶ短編小説を初めて書き上げることが出来たのです。

　（七人目。皆、悲鳴を上げて逃げ回っています）そう、私は、人を殺すことで小説を書き進められるという特殊能力者だったのです。私は小説を書き続けるために何人も殺していきました。殺せば殺すほどに新しいアイデアと情熱が生まれてきます。（八人目。ちょっと息切れがしてきました）世間の人々は私のことを非難するでしょう。小説を書くために善良な市民を殺す怪物だ、殺人鬼だと。しかし私にだって生きる権利はあるはずです。私は小説家としてしか生きていけない。そして人を殺さなければ小説が書けないのです。（九人目）皆さんだってそうでしょう。自分が生きていくために平気で他の命を犠牲にしているではありませんか。（十人目）牛肉や豚肉を、生まれてから一度も食べたことがないなんて人は滅多にいませんよね。牛だって人間だって大した違いはないでしょう。（十一人目）デビュー作の『想師』を書くために二百人ほど殺しました。単行本化のための書き直しに際しては五十人ほどの命が追加で必要となりました。（十二人目）一人を殺して進められる枚数が、次第に減ってきているようです。（十三人目）ですから私は書きながら常に殺し続けていなければなりません。（十四人目）今はノートパソコンを開いた状態で肩から吊るし、（十五人目）右手でキーボードを打ちながら左手で日本刀を振っています。（十六人目）相手も逃げるし大変ですが仕方が（十七人目）ありません。（十八人目）それが私の宿命ですし（十九人目）生きる証なのですから。（二十人目）ああ、生きるということは（二十一人目）なんて素晴らしいことなの（二十二人目）でしょう。（二十三人目）小説を書くって（二十四人目）素晴らしい。（二十五人目）キャハーッ、（二十六人目）タノチーッ。（二十七人目）あ、警（二十八人目）官だ。（二十九人目）拳銃（三十人目）を向け（三十一人目）てい（三十二人目）る（三十三人目）ぞ（三十四人目）。（三十五人目）でも（三十六人目）小（三十七人目）説（さ

　注）この物語はフィクションです。実在の灰崎抗とはあまり関係ないかも知れません。