オンライン残虐小説家

 

 悪人は好きだな。

 どんなに残酷な目に遭わせたって構わないのだから。

 

 

  一

 

 なんだか凶器太郎という送信者から電子メールが届いた。

 

 件名:狂気という名の凶器 凶器たる狂気

 

 真の狂気とは内に秘めるものなりて

 汝のそれは偽の狂気とする

 真の狂気とは決して表に出すべからず

 汝が内に深く沈めよ

 汝 目を覚ませ

 汝 真の狂気に目覚めよ

 真の狂気とは凶器なり

 狂気という名の凶器

 凶器たる狂気

 目を覚ませ 眼を醒ませ

 真の狂気の胎動に呼応せよ

 汝が真の狂気に目覚まし刻

 常世の闇より渇望の供物を汝の心に捧げよう

 

 ううむ。何なんだ。私は首をひねってしまう。詩のようなものか。凶器太郎というのは私の使っている狂気太郎をもじったものか。こんなハンドルネームの人とは掲示板でもメールでもやり取りした覚えがないのだが、自己紹介もなくいきなりこんな文章を送りつけてくるとは何を考えているのだろう。私に何を期待しているのか分からない。感想を送って欲しいのか。それとも魔術の呪文か何かでこれを読むことで私は呪われてしまったのだろうか。或いは送信者の存在しない、冥界から流れ込んだメールなのか。いやそれは多分違うが。

 尤もらしい文章のようにも見えるが、子供がかっこつけて書いた、いかにもな文章にも見える。

 どう返信したものか。私は掲示板に書き込まれたりメールを貰ったりすると返事を書かないと気が済まない性格だ。真面目な書き込みにはブラックユーモアを交えながらも少しだけ真面目な意見を、悪意のある書き込みには逆手に取った冷酷なしっぺ返しを、どんな内容にもそれなりにうまくレスをしてきたつもりだ。

 だが今回はちょっと判断がつかない。もう少し考えてみよう。私は大体その日のうちに返事を出してしまう方だが、すぐ返信しないといけないルールがある訳でもない。数日寝かせておいてじっくり考えよう。

 と思っていたらその夜のうちに同じ送信者から次のメールが来た。

 

 件名:己が内に答えは出たか

 

 汝、偽なる狂気からの解脱の答えは出たか

 かりそめの狂気から解脱せよ

 汝が脳髄まで真の凶器たる狂気に染まり刹那

 汝の深淵より凶器の獣 降臨す

 崇めよ 震えろ 泣き足掻け

 歓喜が滴り落ちし祝福の時

 渇望の獣 降臨す

 今宵 切望の河を渡れ

 

 どうもこの人は私の狂気が偽物だと言いたいのだろうか。真の狂気に目覚めろ、と。そして、真の狂気に導けるのは自分なのだと言いたいのだろうか。

 なんとなく余計なお世話だという気がしてきた。確かに私は狂気太郎だし自分でもあまのじゃくでちょっとおかしいとは思うが本当に狂っているつもりもない。本当の狂気になると小説も書けなくなってしまう。

 半日も待たずに次のメールを送ってきたことからも、どうも落ち着きがない子供のような気がする。しかしまだ真の導師からのメッセージという可能性も完全には否定出来ない。魔術の修行をしていると適切なタイミングで適切な導師が現れるという。といって私が魔術の修行をしている訳ではないが、何か導いてくれる人かも知れない。私はあらゆる状況を想定してしまう方だ。だから疲れる。

 まだ判断がつかない。私はもう少し時間を置いて考えることにした。

 そして翌日の午前中には三通目が来た。

 

 件名:目を背けるな 常世の闇に呼応せよ

 

 落ちて来い 堕ちて来い

 汝の戯の狂気を我が真の凶器たる狂気の前に曝け出せ

 命の雫を撒き散らせ

 我が真の凶器たる狂気に己が楔を打ち込みたもうて

 

 ガキだな。私は結論を出した。これまで命令調だったのに「たもうて」と何故か敬語も入っている。そういえば最初のメールの「目覚まし刻」という言葉もなんだかおかしい。また、仮に本物の導師であるのなら私が判断に迷っていることにも気づく筈だろう。だが内容は急かすばかりで特に進展も見られず中身がない。

 送信者は何を期待しているのだろうか。私が「どうか私を導いて下さい」と返信すると信じているのだろうか。急かすメールを連続して送ってくるところを見ると、どうやら信じているらしい。

 構って欲しいのか。私におだてられて舞い上がってみたいのか。自分のことを素晴らしい存在だと考えていて、私にそれを見せつけたいのだな。分かる。分かるぞ。私もそうだ。

 だが、そのためにはちゃんと実力をつけろ。

 相手が善意から送ってきているという万が一の可能性も否定出来ないので、私はこれが最も適切だろうという返事を考えて送った。やり取りしたメールの内容を勝手にネット上に公開して嘲笑う奴もいるそうだから下手なことは書けない。相手のメールアドレスがプロバイダ提供のものではなく素性を隠せるフリーメールだったことで益々怪しさの確信が強まった。

 

 件名:あなたの狂気は必要ありません

 

 現実の狂気はみっともなく、かっこ悪いものです。

 私の狂気は偽物かも知れませんが、あなたの言う真の狂気は、みっともなく横たわる現実の狂気とはまた別のものでしょう。

 ナメクジに世界の真理を知る権利はないのでしょうか。

 そんなことはない筈です。

 幾つかの可能性を考えた末、どの可能性であろうと、私にとってあなたは必要ないという結論に達しました。

 

 狂気太郎

 

 これで仕事が一つ終わった。私はすっきりした。そしていつも通りにホームページの日記を更新した。

 私はインターネットを始めて五年近くになるが、ずっと狂気太郎というハンドルネームを使っている。元々は小説家になるつもりで決めたペンネームだった。大学生時代に教授と雑談していて、小説家を目指していてペンネームは狂気太郎にすると話したら、教授は難しい顔をして私に言ったものだ。

「君、もう少し売れることを考えた方がいいよ」

 おかしい。狂気太郎では売れないというのか。私は納得行かなかった。巷に溢れる平凡なペンネームの作家達を見て私はどうしてもっと目立つものにしないのだろうかと思っていた。だから自分のペンネームは思いきり尖ったものにしようと考えたのだ。狂気太郎という名称は私の反逆精神の証だった。

 で、私が自分のホームページで何をしているかというと小説を載せている。所謂オンライン小説家という奴になるのだろう。本当はオンラインじゃない小説家になりたいのだが、そして二年前にある出版社から賞を貰って本を出すことも出来たが、今のところ職業小説家には程遠い。他の仕事をしながら地道に小説を書いている。仕事の話はここではしたくない。ちなみに「狂」の字はまずいそうで、出版の際のペンネームは狂気太郎でなく別名義になっている。

 これまで賞に投稿してあっさり落とされた作品や、投稿出来ない類の作品は自分のホームページに載せることにしている。いつか出版されることを夢見て腐らせるよりも早いところ公開してしまった方が浮かばれると思ったからだ。せっかちな性格も関係していると思う。ホームページは次第に来てくれる人の数も増え、小説は一部の人々には好評を頂いているようだ。出版された際のペンネームよりも、ネット上での狂気太郎の存在の方が幾分名が売れているかも知れない。

 私の書いている小説はホラーとかスプラッターとか言われるジャンルのものだ。自分の書きたいものを書いていたらこうなってしまった。私は世界に対する憎しみを小説で吐き出しているらしい。ネットで根暗な小説だと評され、自分が根暗な人間であることを知った。

 私の小説の中では色々な人が理不尽に殺される。世界は理不尽なものだからだ。だがその中でも私は、憎らしい相手を目一杯残虐に殺すのが好きだった。非道の悪人を不死身の殺人鬼がグチャグチャに惨殺したり、未成年の凶悪犯罪者を政府がテレビで公開処刑したりした。彼らの泣き叫ぶ様子を描写しながら私はゾクリゾクリと滲み出る歓喜に震えるのだ。悪人を殺すのは好きだ。何故なら彼らが悪人だからだ。最初に悪を行ったのは彼らなのだから、安心して拷問して良いのだ。おそらく私の中にあるのはそんな論理なのだろう。読者に残虐性を指摘され、私は自分がサディストであることに気づいた。自覚したので益々残虐描写に力を入れるようになった。首が飛んだり腕が飛んだりは当たり前だ。斧で頭を割り、目に指を突き入れ、何度も車を往復させて轢き潰し、巨大なミキサーで挽肉にし、チェーンソーで腹をぶち抜き、顔の皮を剥いでかぶり、削ぎ落とした耳を踏み潰し、卸し金で足からすり下ろし、ローラーでペチャンコにして、虫で部屋を埋め尽くし、小学生を麻酔なしで手術して内臓を引き摺り出し、私は、ありとあらゆる虐殺を行ってきた。そんな容赦なさが気に入っている読者の方もいるみたいだった。逆に「残酷過ぎる」とか「気分が悪くなる」とか評されることも多い。どうも私はエログロナンセンスの範疇に入っているらしい。エロはないが。私は気分が悪くなったという人達にざまあみろと思ったりもする。これが現実なのだ。でっかい剣を振り回しながら敵を殺さず内臓もはみ出さないような少年マンガは嫌いだ。かっこ良さだけ強調するのではなく、剣で切れば死ぬし内臓や脳味噌もはみ出したりするということを少年達にきちんと教えてやらねばならない。現実に存在する残酷さから目を背けてはならないのだ。

 或いは、そういう私の過剰さが、世間に受け入れられない要因なのだろうか。だが迎合して表現を丸めたりしたくない。それでは私が書いている意味がなくなってしまう。いや、そんなことより単に私が未熟なだけなのだろうか。

 小説を書き上げた時は名作だと感じて神のような気分だ。でも後で冷静になって読み返すとありきたりな内容で、自分がどうしようもない人間のクズのような気分になったりもする。でも暫く経ってまた読み直すと名作というほどでもないが駄目というほどでもなくてそれなりに良かったりもする。自分のことを客観的に評価するのは難しい。自信作を投稿してあっさり落とされた時は恨みに恨んだ。どうしてこれが受け入れられないのだ。やっぱり私は駄目なのか。いや、自分で読む限りは凄く面白いのだ。ということは選考委員がおかしいのか。いやそもそも一般の人々の感覚がおかしいのか。自分ではこんなに面白いのに。結局私がおかしいのか。でもこんなに面白いのに。恨みと絶望が頭の中をグルグル回る。私は悶えながら小説を書き続けている。

 それにしてもインターネットというのは面白い。今ではネットがないと生きていけないようになってしまった。ADSLになってからは家にいる間ずっと繋ぎっ放しだし、メールソフトは五分ごとに新着メールをチェックしている。

 インターネットを始めて一ヶ月経った頃に私は自分のホームページを作った。最初のうちはカウンタの伸び具合が気になって、一日に何度も自分のホームページを覗いて確認したものだ。だが加算されているのは自分の分だけで客は来ない。誰も私のホームページを知らないのだから当たり前だ。私は他人のホームページを巡って気に入ったところがあれば掲示板に書き込んだりしてみた。同じ時期にホームページを始めた人達と仲良くなったりした。現実世界では人間嫌いで人付き合いの苦手な私だが、インターネットでのやり取りは楽しかった。なんだか関わる人が皆善人ばかりに見えた。インターネットはなんて素晴らしい世界だろう。ここでは現実の利害関係が存在しない分、素の心で向き合えるのだろうか。

 私のホームページを人が訪れて掲示板に小説の感想を書いてくれた時は嬉しかった。多少社交辞令が入っているかも知れないし、そもそも面白くないと感じた人は書き込んだりしないのだろうが、誰かが評価してくれることで安心出来た。自分がこの世界に存在している意味はあったのだ。小説とは別に日記のような内容も載せていたが、毎日それを更新するのが癖になってしまった。誰かが読んでくれていると思うと張り合いも出てくる。賞を獲った時も沢山の人がお祝いの書き込みをしてくれた。私は独りではなかったのだ。姿は見えないけれど、私は皆に支えられている。素晴らしい。

 ただ、インターネットを続けるうちに、その悪い面も目にすることになった。言葉だけのやり取りは妙に人を熱くさせてしまう。相手の顔が見えないので意図が読みきれず、馬鹿にされていると思って攻撃的な書き込みをしたことも何度かある。画面の向こうで相手が嘲笑っているような気がして頭に血が昇る。暫く経って冷静になってから自己嫌悪に陥ってしまうものだ。また、掲示板で人が議論しているのも見てきたし関わったこともある。互いに相手を論破しようと躍起になるうちに揚げ足の取り合いが次第にエスカレートしていき、言葉の端々に嫌味を加える罵倒合戦となり結論が出ないまま物別れとなる。そんな結末を幾つか見てきた。掲示板荒らしを初めて見たのは仲の良い人のホームページでだった。匿名で汚い言葉を浴びせ、反論にも聞く耳持たず幼稚な罵りを繰り返す。同じ書き込みが短時間に何十回も行われ掲示板を埋め尽くしているのも見たことがある。内臓が腐りそうな嫌な気分になる。最近になってこそプロキシ禁止や連続書き込み禁止の設定で荒らし行為を防ぐ掲示板が増えてきたが、自分の正体を知られずに相手を苦しめることのどんなに簡単なことか。その場にいないので幾ら罵倒しても殴られることがないし、素性を知られてないので家に押しかけられることもない。そんな安全な状況では人間は何処まで醜くなれるか、私はインターネットによって思い知った。

 何度か痛い思いもして私が決めた方針は、相手の意図や立場について様々な可能性を考えながら、掲示板における私の返事は不特定多数の人が読んでいることを念頭に置いた上で、悪意に対しては幼稚な嫌味や罵倒で返さず正論で冷静に応じる、ということだ。それで大体うまくやってこれたと思う。たまに掲示板に悪意のある書き込みをされることがあるが、私がレスを返した後は大概それっきりとなり、しつこい攻撃に晒されたことはない。

 では、そろそろ、今起こっている出来事、冒頭のメールの話に戻ろう。

 あなたの狂気は必要ないという旨の返信をしてから私はこれで済んだ気になっていた。その三日後にサカタ・ザ・ゴージャス・キンタロウという送信者からこれまたフリーメールでメッセージが届いた。後でネットで検索して知ったことだが、昔の漫画の主人公の名前らしい。

 

 件名:例の件ですが

 

 どうも。

 例の依頼の件ですが、以下の様な具合でどうでしょうか?

 ホームページで公開して下さるという事で期待しています。

 びっしびし貼り付けて頂きたい。

 ではグッドラック!

 

摺醴ォォ霾醴髏蠶蠶鸛躔か                    ベ∃壮鎧醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
勺儲靄靄醴醴醴蠶體酌偵Auru山∴          ベヨ迢鋸醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
∃儲霾a露繍蠶髏騾臥猶鬱h  ご笵此∴        ∃f謳廱躔騾蔑薺薺體髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶
ヨ儲諸隴躇醴蠶歎勺尓俎赴  f蠶蠶蠢レ      ∴f醴蠶鬪扠川ジ⊇氾衒鑵醴蠶蠶蠶蠶蠶
ヨ鐘諸薩讒蠢欟厂  ベ状抃  傭蠶蠶髏厂      .ヨ繍蠶蠶臥べ泣澁価価櫑蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
f罐諸醴蠶蠶歎      マシ‥…ヲ冖        .∴瀦醴蠶襲jJ鶴門門攤蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
加罐讒蠶蠶欟厂        ヘ              ∴f醴醴蠶甑欄鬮°f蠢蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
溷霾醴蠶蠶勸                        ∴ヨ繍醴蠶蠶鬮狡圷し醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
醴蠶蠶蠶蠶髟                        ベ湖醴醴蠶蠶蠶庇⊇⊇J體髏髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶欟                          f繍蠶蠶蠶蠶蠶曲三三巛憫髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶歉                  澁畄_迢艪蠶蠶蠶蠶蠶蠶甜川⊇川川衍捫軆髏髏蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶髟                コ醴蠶奴繍蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶齡辷シジ⊇川介堀醴醴蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶鬮か                .ベ苛ザベ繍蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶醯己に⊇三介f繙醴蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶髏鬮シ                        尽慵蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶自辷三沿滋鐘醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶醴勸                            氾隅髏蠶蠶蠶蠶蠶靦鉱琺雄躍蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶醴訃                      ∴∴∴沿滋溷醴髏蠶髏髏韲譴躇醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶髟              _山辷ムf蠡舐鑓躍醯罎體體體驩讎櫑蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶a            f躍蠶蠶J蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶醯註珀雄醴醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶廴          f醴蠶欟閇憊體醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶靦錐讒醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶欟シ          禰蠶蠶蠢螽螽f醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶躍蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶監シ          ∵ヴ門夢曠髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶a                ∴シ∃愬嚶髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶診            ベ沿u旦以迢u讒醴髏曠醴蠶蠶┌──────────────
蠶蠶蠶甑シ            .げ隅艪蠶蠶蠶蠶蠶蠢J蠶蠶< お互い苦労が絶えませんなぁ。
蠶蠶蠶鬮ヒ               ベ状隅髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶└──────────────
蠶蠶蠶蠢~∴              ベ川捍軆髏蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶父V              ∴∃氾据醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶蠢此            ∴⊇以f繙醴蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶蠶普レ∴  .∴∴∠ヨ旦滋躍蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶
蠶蠶蠶蠶蠶蠶醢山ム沿当u錙躍蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶蠶

 

 本文の下にAAがあった。アスキーアートといって文字や記号を並べて大きな絵にしたものだ。お互い苦労が絶えませんなぁ、だと。何だこれは。

 こんなハンドルネームの人に覚えはない。いきなり「例の依頼」などとなっているし、どうも私をからかっているようだ。

 前のメールを送ってきた奴と同一人物のような気がする。前のは尤もらしい内容だったが、今回はえらくあっさり低年齢化したな。私に何をして欲しいのかさっぱり分からない。本人はどんな反応を期待しているのだろうか。

 もう私は返信するつもりはなかった。こんな奴は放っておこう。だが一時間もしないうちに次のメールが来た。

 

 件名:その後

 

 さて、その後如何でしょうか?

 うまくHPで公開できましたでしょうか?

 何かあれば何時でもメール下さい。

 

 君が居て、僕が居る!

 ゲッチュー!!!

 

 何を一人で調子に乗っているのだこいつは。私は段々むかついてきた。目の前に本人がいればその口を引き裂いてやりたいが、いないのでどうしようもない。私は無視することにした。更にその二時間後に次が来た。件名は『別バージョンです(微笑)』で、内容は同じ顔のAAだった。吹き出しの台詞は「オッス!オラ悟空!」だ。

 こいつは自分で面白いと思っているのか。私は呆れた。ギャグのつもりだとしたら相当に滑っている。本人はこれでも独りで悦に入っているのか。こいつは友達がいないのではないか。

 五分後に次のメールが来た。件名は『さらに別バージョンです(苦笑)』で、やはり顔のAAに「デービール!(変身)」だ。

 クズめ。鬱陶しい。もう中身は読むまいかと思ったが、どうしても確認せずには気が済まないのが私の性格だ。自分に関係することは全て把握していないと気持ち悪いのだ。月に一度は自分のハンドルネームをネット上で検索しているほどだ。

 翌朝のメールは送信者名がボブ サップとなっていた。

 

 件名:面識が無いのですが。

 

 なにやらよく分かりませんが、高橋グルの命令なので、どうぞ。

 悩みがあれば相談に乗りますので遠慮などなさらぬよう。

 

 で、下は顔のAAに「シャクティ・パッド!!!」。

 別の人物を装っているが本人だろう。新しいメールアドレスを次々に手に入れているようだ。

 いや、本当に奴の知り合いという可能性もゼロではない。もしかするとグループになって私に嫌がらせをしているのか。ひょっとすると何処かの掲示板で私に嫌がらせをしようという企画でも始まっていて、皆でして私を嘲笑っているのではないか。いやいやそんなことはないだろう。今のところ私がそれほどネット上で憎まれる覚えはない。でも人間は特に理由がなくても寄ってたかって他人を苦しめて面白がる生き物だからな。何かの投票で田代まさしを一位にしてしまうくらいだ。いやいや、まだ複数犯と判断するのは早過ぎる。私は一昨日やったばかりなのに「狂気太郎」を検索してみた。私への攻撃を促すようなページは見当たらない。だがまだ検索サイトのデータが更新されていないだけかも知れない。

 翌日のメールは五通。そのうち四通は下らない件名に顔のAAに下らない台詞を入れたものだった。残りの一通はまたボブ サップに戻っている。

 

 件名:元気出せよ!

 

 ま、色々あるよな、人生は。

 そういう星の元に生まれついたのさ、貴公は。

 貴公?貴公って笑えない?ギャハハハハ!

 貴様でいいか。アチキとアンタの中だもんな。

 アチキ?アチキってのもこりゃまた笑えるねえ!グハハハハハ!

 あん?わかってるよ。わかってますとも。ブラザーよ。

 ま、一杯やろうじゃないか、な。

 いつでも相談メールまってるぜ。

 恋の相談ってのはNGだぜ!ギャハハハ!ハ! ゴホッゴホッ!!!

 

 更に次の日。送信者名は狂気太郎キラーに変わった。

 

 件名:殺人鬼探偵複写完了のお知らせ

 

 本日未明「殺人鬼探偵」複写完了。

 不適切な部分を修正後、オリジナルとして投稿予定。

 祝電は結構です。

 わからない事がありましたらカスタマーセンターまで。

 

 『殺人鬼探偵』というのは私がホームページに掲載している小説だ。これを盗作して投稿すると言っているようだ。ネット公開してから二、三年経っているので簡単に盗作だとばれるだろう。こいつも本気で投稿するつもりはないだろう。ただ私を苛立たせようとしているだけだ。

 実際私は苛立っている。こいつに乗せられている。冷静にならなければと思うが罵倒されて落ち着いていられるほど私は善人ではない。クズめ。八つ裂きにしてやりたい。眼球を抉り出してやりたい。こいつの泣き喚く顔が見たい。でも相手の正体は分からない。

 理不尽だ。読むだけでストレスが溜まる。なら読まなければいいと思うのだがそれが出来ないのが私だ。強迫的な性格は治らない。どうやったらこの鬱陶しい悪意を防げるのか。着信拒否も考えてみたが、相手がメールアドレスを変えてしまえば意味がない。

 次は狂気太郎という私のハンドルネームをそのまま送信者名に設定してきた。

 

 件名:まいったよ

 

 いやー、まいったよ。

 madtaro_kill(狂気太郎キラー)とかいう奴から妙なメールが届いてさ。

 そっちは大丈夫?

 お互い狂気太郎同士苦労しますな。

 ま、それが狂気太郎一族の運命なんだろうな。

 

 何が一族だ。お前など知らんぞ。私の名前を騙るな。頭に血が昇ってくる。真似されたり騙られたりするのは大嫌いだ。その舌を切り取ってやる。いや、パソコンで送っているのだからキーボードを打つその指を全部切り落としてやる。でも相手が何処にいるのか分からない。血管が切れそうだ。落ち着け。

 次はまた狂気太郎キラーからだ。

 

 件名:緊急事態発生!!!

 

 恐ろしい事態が起こってしまいました!

 至急ご連絡頂きたい!

 このままでは私も貴方も・・・!

 

 『殺人鬼探偵』を盗作すると宣言していた送信者名で、盗作が大問題となった可能性を匂わせている。しかしこいつは私の返事の内容を想定出来ていないのか。こんな状況で私が「それは大変です。是非詳しく教えて下さい」などと書ける筈がないだろうに。言葉をかける時は相手にどんな返事が可能かも考慮した上でかけるべきなのだ。こいつは自分で袋小路に嵌まっている。

 次は狂気太郎からだ。俺の名前を使うなクズ。

 

 件名:THE KILL

 

 good!!!

 good!!!

 good!!!

 

 その下は私がホームページに載せている短編の内容を丸ごとコピーしてあった。これはまた何が言いたいのか分からないな。次もまた狂気太郎名義。

 

 件名:今日の学食での件だが

 

 あの親子丼はだめだな。

 おめえの食ってた月見うどんはどうだった?

 

 ちょっと面白くなってきた。私が反応しないでいるとこいつは何処まで続けるつもりなのだろうか。こいつの道化ぶりを暫く見守ってやってもいいか。

 次はキンタロウが戻ってきた。

 

 件名:降伏せよ

 

 貴様が降伏の旨を我に伝えれば我が一族は貴様には今後関わらぬが、

 どうする?貴様の意思を見せよ。降伏か?交戦か?

 

 かなり焦っているようだな。脳内一族め。ここで私が「降伏します」と一言送ればおそらくそれで終わるだろう。奴は私を打ち負かしたというささやかな満足感で自分を誤魔化して生きていくのだ。こんなメールをいちいち読まされるのも鬱陶しいし、ここは負けたことにしてやろうか。負けるが勝ちとも言うしな。

 いや、どんなに些細なことでも、自分を馬鹿にした奴に降伏するようなことはしたくなかった。どうやってこいつをギャフンと言わせてやろうか。

 たまにメールアドレスを変えながら、奴からのメールは次々にやってきた。掲示板で私がブギーポップを読んでいないと書いていたら、それぐらい読めと言ってくる。「分かってる? おじさん? そんなアーパーな事ほざいてると、皆から『逝ってよし!』とか言われちゃうよん。」だそうだ。おじさんという台詞がむかつく。中身が「いやっほ〜う!」だけのメールも来た。「偉くなくとも正しく生きる! チーチーパッパチーパッパ!」何だこれは。件名が『こういうのっていいよね。恋に発展するかもね。』で本文が「期待してんじゃねーよ! おやじ!」というのもあった。こんな下らないメールをどうして私は毎回読んでいるのか。内容を開かずそのまま捨ててしまえばいいではないか。でも万が一の可能性を考えて確認してしまう。こんなことで私はストレスを溜めていく。

 私が日記に書いた些細なことまでいちいち文句をつけてくる。何故だ。こいつは私の母親か。ウイルスを送ると脅したり、小説を盗作すると宣言したり、顔のAAを大量に繰り返して送ってきたり、私の小説をメールにコピーして「こんな屑小説はいらな〜い!!!」と言ってきたり、小説家としてブレイクしたいと独り言に書くと「てめえごときがブレイクできるかあ!!!!!!!!!!!」と罵ったり、下らないメールが延々と続く。私への恨みをあからさまに表明するメールも届いた。

 

 件名:絶対お前を許さない!!!

 

 俺は絶対お前を許さない!!!

 これ程の恨みを持つ者がいる事を忘れるなよ!!!

 今までの程度じゃまだまだ足りない!!!

 お前が俺にした事を後悔して謝るまで許さない!!!

 お前が死ぬまであらゆる手段で攻撃してやる!!!

 覚えとけ!!!

 

 私が何かしたかな。覚えがない。ただ独りよがりなメールに要らないと伝え、下らない大量のメールを無視しているだけだ。それだけで「これ程の恨み」とはなかなか凄い人物ではないか。それほどに、自分の狂気の詩に自信があったのか。絶対自分は認められると思っていたのか。拒絶されてショックを受けたのか。傷ついたのか。脆弱なプライドがズタズタになって、一生をかけて恨まねばならないほどに傷ついたのだな。

 良かったじゃないか、クズ。

 だが急に私は不安になる。ひょっとして恨みの原因は別にあるのだろうか。以前にネット上で他人を傷つけたことがあったかも知れない。ネットに慣れていない頃は、掲示板の議論で相手に嫌味な書き込みをしたこともあった。その復讐か。いや、そうなら元々使っていたハンドルネームを明かすのではないか。いや明かさないこともあり得る。

 また、頻繁にメールアドレスを変えてくるが、本当に同一人物なのだろうか。やっぱり本当は何人もいるのではないか。待てよ、こいつはメールではこんな罵倒ばかりしているが、私の掲示板では善人面して親しげに書き込んでいるかも知れない。そうして丁寧にレスを返す私を、裏で嘲笑っているのだ。私はそれを考えながらレスするようになった。ちょっとでも変な書き込みがあると「こいつかな」と疑うようになった。そうなると誰も彼も怪しく思えてくる。

 いや、そうすると、もしかして、私のホームページを訪れて書き込んでくれる人達は皆同一人物という可能性もあるではないか。私は何年も騙されていたのだろうか。私はただ一人の人間によって持ち上げられ、貶められ、グルグルと黒い思考を巡らせてストレスを溜め寿命を縮めているのではないか。私は騙されていた。世界は敵だった。人間は皆敵だったのだ。敵は殺さなければ……いや違う。

 落ち着け。落ち着け。

 落ち着け。

 ……。

 本筋に戻ろう。

 ま、まあ、他愛ないといえば他愛ないメールではないか。あの手この手で私の反応を得ようと必死になっている様子が目に浮かぶようだ。ガキめ。いや、でもそんな奴に振り回されている私もガキではないか。

 ああ、ガキで結構。三つ子の魂百までだ。幼くたっていいじゃないか。子供の欲求は人間の本質だ。それをわざわざ抑え込み我慢しても自分を偽っているだけではないか。ならこいつもガキでいいのか。いやこいつがガキだろうと人間のクズだろうと構わないが、問題は私が迷惑をこうむっているということだ。だからそれは排除しなければならない。私は幼い心に従って方針を決めよう。精神年齢が十三才でもいいじゃないか。そうだ、俺は十三才だ。ざまあみろ。私はこいつが憎い。殺してやりたい。それでいいじゃないか。

 私はヘラヘラ笑っている奴の顔を想像した。その頭を両手で掴む。親指をその両目に力一杯突っ込むのだ。小説で書くほどにあっさりとは入らないだろう。私は自分の目を閉じて瞼の上から指で押さえてみる。一応指の途中までは入るようだ。眼球はグニュリと出てきてくれるだろうか。いや意外に眼球は固いと聞く。きっと何度かチャレンジして、思いきって渾身の力を込めた時にズポンと音をさせて指が入るだろう。眼球が転がり出るが、筋肉や視神経がくっついているので勢い良く顔から離れることもないだろう。私の親指は勢い余って眼窩の骨を突き破るのではないか。そうなったら脳味噌まで入るが、何処まで破壊するだろうか。致命傷であってはいけない。簡単に死んでもらっては困る。また、折れた骨の破片が私の指を傷つけないだろうか。私はそれが気になった。奴の血が私の体に入るなどぞっとする。なら手袋を填めてやるべきか。でもそれでは感触が味わえない。そんなことを想像して、私は体の芯を熱くするのだ。

 いや待て待て。ふと我に返る。別に殺すまでする必要はないのではないか。インターネットでもっとひどい嫌がらせを受けたという話は幾つもあるじゃないか。数千通も嫌がらせメールが届いたという事件もあった筈だ。今のところ私に届くのは日に数通程度だし、独りよがりで悦に入っているところはあるがまだ犯罪として認められるほどはっきりと侮辱された訳でもない。待てよ、数千通で事件になったということは、私も数千通の嫌がらせメールが届くまで待たないといけないのか。いやそれは良いとして。良くないが。今のところ掲示板までは荒らされていない。そんな状況でいきなり殺意まで抱くのは極端過ぎないか。

 いや、でも、私は、自分を馬鹿にする者は三才児であっても許したくないのだ。いや、三才児が罵倒してきたら私は安心して拉致監禁しそいつを切り刻むだろう。そうだ、私はそんな人間なのだ。別に聖人君子を目指している訳でもないからそれでいいのだ。ざまあみろ。

 だがやっぱり相手の正体が分からないので現実で反撃する訳には行かない。相手の家に押しかけて手足を縛り爪を剥ぎ指を一本一本切り落とし生皮を剥ぎ硫酸をかけ万力で骨を潰し眼球を抉り耳鼻を削ぎペンチで歯を抜き手足を鋸で切断しメスで腹を裂いて内臓を引き摺り出し頭蓋骨を外して露出した生の脳を鏡で本人に見せ、ああ眼球は一つは残しておかないといけないな、そして脳を鷲掴みにしてグチャグチャに捏ね回して止めを刺すようなことは出来ないのだ。そうだ、ミキサーも使いたい。これまで幾つもの小説に登場させて読者にうんざりされている機械だ。大きなスクリューで奴をミンチにしてしまいたい。そうだ、小説の再現だ。やはり書くだけではいけないな。実行しなければ小説家じゃないのだ。いやそれは小説家とは違うな。どうだっていい。こいつは悪人だから目一杯残虐に殺してもいいのだ。私はこれまで小説の中でそうしてきたじゃないか。

 いやそうじゃない。現実には出来ないという話だった。それ以外の方法で反撃しないといけない。

 掲示板荒らしへの対応は無視するのが一番だと言われている。荒らす者はこちらの反応が面白くてやっているのであって、こちらが怒って躍起になるほど喜ぶのだと。だから無視することは相手への最大のダメージとなり、面白くないので荒らしは去っていくのだと。

 確かにそれは正しい。皆に無視されることの恐ろしさを私も知っている。働きかけても何の反応もないと、自分が無価値で、世界に存在しないような気になってしまう。少年少女がいじめに無視を利用するのはその有効性を理解しているからだ。

 だが、私はそんな消極的な方法より、相手の心を直接抉り抜くような一撃が欲しかった。この世にクズは無数に存在し、いちいち反撃していたら身が持たないことも分かっている。だが悪意にはきちんとしっぺ返しをしないと気が済まない。罵倒を無視するのが最善だとは理不尽ではないか。善意には善意を、悪意には百倍の悪意を。いや千倍でもいい。とびきり残酷なしっぺ返しを与えないといけない。それが正当なやり方なのだ。そうだ、一万倍でもいいじゃないか。一億倍でもいい。そうだ、殺してやる。いや違った。

 現実では無理なのだからメールでの反撃に限られる。どんな文章を返せば相手に最大限のダメージを与えられるか、私は頭を悩ませた。これだけエネルギーを注いで嫌がらせをさせておいて、こちらは「クズ」と一言だけ返すのはなかなか良いような気がする。シンプルイズベストだ。ただ、これで相手が益々激昂して嫌がらせがエスカレートするのも目に見えている。掲示板を荒らされるのは迷惑だ。なんとかギャフンと言わせて去勢して、二度とこんな卑劣な嫌がらせが出来ないようにしてやりたい。一生残る深いトラウマを残してやりたいのだ。こいつの人生をメチャクチャにしてやりたい。言葉の呪いだ。それほどのダメージをどんな言葉なら与えられるだろうか。小説書きとして、突き詰めておかなければならない。

 私は取り敢えず文章を作ってみた。

 

 あなたはみっともなさを装っているだけだと自分に言い訳しているのかも知れませんが、実際にみっともないのですよ。

 自分の行動が自分の人生を決めます。

 あなたはクラスメイトに構ってもらえず泣き喚く小学生や幼稚園生のように、思考力とプライドのある人間なら恥ずかしくてとても出来ないような全く芸がなくうすらみっともない嫌がらせを愚鈍な執拗さでもって続け、自分の矮小さからは目をつぶって他人の足を引っ張ることにエネルギーを費やしている訳ですが、まさしくその程度の人生を歩むがいいでしょう。

 もし万が一にも自分の行動が正しかったと思うのなら、自分がこれまで送ったメールと私のメールをプリントアウトでもして知り合いの誰かに読んでもらって下さい。

 その勇気はあなたにはないでしょうけれど。

 あなたは自分がどうしようもなくみっともないことをしていると自覚している訳です。

 しかし、これだけ指摘しても尚自分のみっともなさを認められずに、「うるせえ、この糞野郎がっ」と泣き喚いて誤魔化すあなたの姿が目に見えるようです。

 それともせせら笑って「何言ってんだ、こいつ」と誤魔化してみますか。

 私の粗を探してあげつらうのもいいですが、それが一体あなたの人生に何の意味があるのですか。

 自分に自信があれば他人のことなどどうでもいいでしょう。

 目標があって努力しているのなら、こんな下らないことをしている暇はない筈です。

 つまりあなたは、何もない、人間な訳です。

 努力もせず、足掻くことも出来ず、自分の醜い姿を見る勇気もない人間。

 あなたは所詮その程度の人間です。その程度の人生を歩んで死になさい。

 私は自分の道を行きます。

 さようなら、クズ。

 

 ・追伸

 どうせこれから狂ったような勢いで否定と自己正当化のメールを何千通も送りつけ手当たり次第に恥知らずな攻撃を繰り返されることでしょうね。

 あなたのメールはあまりにも芸がなく幼稚なので、最近は最後まで読まず削除しています。

 ではもう一度。さようなら、クズ。

 

 狂気太郎

 

 言いたいことを全部書いてしまったらこんなに長くなってしまった。どうも私はくどいところがあるな。最も伝えたかった呪いの言葉は、「その程度のことしかしない人間はその程度の人生しか送れない」ということだ。また、相手がヒステリーを起こして手当たり次第に物を投げつけてこないよう、最後に釘を刺しておいた。

 これを読み直してみて、駄目だと思った。まず文章が長過ぎ、説明的過ぎる。相手を精神的にやり込める文は短く簡潔に急所を刺さねばならない。こんな文章では逆に相手はせせら笑ってしまうかも知れない。情けない。

 これなら「クズ」の一言の方が十倍マシだ。

 相手を殺せる良い文章を思いつくまで返事は保留することにした。奴のメールは相変わらず続く。いやペースが上がってきている。ただ、次第に降伏しろという言葉が増え始めた。奴の焦りも強くなっている。無視という攻撃が効いているらしい。この調子では私が最適な返事を考え出す前に奴がへばってしまうかも知れない。

 だが、最初のメールから十二日後、『謝罪します』という件名で新しいのが来た。本気だろうか、いや、内容を読んでもらうためだろうなと思いながら本文を見ると、これから私のハンドルとメールアドレスを使って私になりすまし、アンダーグラウンドなホームページで悪戯して回るという宣言だった。「すべてのお礼はあなたのサイト及びメルアド、果てはあなたの住居のまで及ぶかと思いますが、ご容赦下さい。では、グッドラック!!!」ということだ。

 誤字があるのは置いといて、とうとうここまで来たかという感じだった。

 私を動かそうとしての宣言だろうが実際にやるかも知れない。あからさまな荒らしにはアングラな人達もなりすましの可能性を考慮してくれるかも知れない。だがやっぱり私のサイトにとばっちりが来るかも知れない。以前、出会い系サイトに私のメールアドレスを使って登録した奴がいて、いきなり男から自己紹介のメールが届いたことがある。同じように私のところへ大量の悪意が押し寄せるかも知れない。それをどうやって防げばいい。インターネットの先人達よ、教えてくれ。

 結局、防ぐ手段はないのだ。インターネットではクズ共がその気になれば相手を苦しめることなど造作もないのだ。現実でも無言電話や脅迫の手紙やなりすましの出前注文などで嫌がらせが出来るが、インターネットではそれが安価で手軽に出来てしまう。ということはこんなシステムになっているインターネットが悪いのだ。インターネットの設計者が悪い。そんなメールの送信を許すプロバイダが悪い。そんな社会構造が悪いのだ。ああ、ムカムカする。ぶち殺してやりたい。でも相手はいない。ならもう誰でもいいから手当たり次第に殺してしまおうか。こんな社会が悪いのだ。人類を皆殺しにしてしまえばその中に奴はいるだろう。いや日本国内で充分か。そうだ、皆殺しだ。

 いや、落ち着け。こんなクズのために通り魔なんかやっても、精々一人か二人殺して逮捕されるだけだろう。いや、私は十三才だから懲役は食わない。いや、それは精神年齢だった。奴は私を嘲笑いながらのうのうと生きていくだろう。きっと「俺は狂気太郎に殺人をさせた男だ」と自慢するに違いない。クズめ。

 もし奴が私のホームページの掲示板を荒らし始めたらどうしようか。今使っているプロバイダ提供の掲示板は、書き込みの削除が簡単には出来ない。わざわざ掲示板のデータをダウンロードして自分で内容を修整し、サーバーにアップロードし直さないといけないのだ。そんな手間がかかるのに大量に書き込みされたらとても対応しきれない。そうなれば掲示板を閉鎖するか、連続書き込みを禁止出来る掲示板を探して乗り替えるしかないだろう。荒らしによって掲示板を閉鎖せざるを得なかったホームページも多いと聞く。そしてそれを勲章のようにして荒らした奴らは喜ぶのだ。どうしようもないクズ共。これが人間の悪意だ。私の今の掲示板は使い続けて四、五年になる。こんな奴のために乗り替えなければならないとは納得行かない。私は掲示板が奴に荒らされる夢を見た。罵倒の書き込みが何十個も続いている。気になって目が覚め、夜中にパソコンを起動させて確認すると大丈夫だった。怒りの余韻と安堵がない交ぜになる。そんな夢を何度も見た。殺してやる。奴に監視されているような気がする。私はナイフを握って押入れを確認した。奴はいない。当たり前だ、分かっているさ。でも念のため天井裏も覗いてみた。奴はいない。トイレにも浴室にもいなかった。いないに決まっている。でも気になるので窓から外を覗く。中年の女が歩いている。奴だろうか。いや違うだろう。でも念のため刺しておくか。いやそれはまずい。玄関の呼び鈴が鳴る。奴だろうか。私は鉈を握ってインターホンで応対する。新聞の勧誘だった。チッ。私は手短に断った。いや、もしかすると奴だったのかも知れない。刺しておくべきだったか。ドアの覗き窓から向こうを確認する。もう誰もいない。覗き窓を逆に外から覗くツールがあると聞く。私は覗き窓に紙を貼って塞いだ。盗聴器があるかも知れない。私は電灯を確認する。それらしいものはない。コンセント部分をドライバーで外してみる。それらしいものはない。おかしい。奴はいないのか。どういうことだ。私を監視しているのではなかったのか。いやそれはネットでの話だった。落ち着け。

 奴の罵倒のメールもペースが落ちてきた。二、三日来ず終わったかと思った頃にまた一通来る、そんなペースだ。なんだ、もう終わりか。無視で解決か。理論的には相手を何処までも苦しめることが可能だが、大抵の人間はそこまでのエネルギーを持たないということか。これで一件落着なのか。でも私は報復を忘れた訳ではないぞ。一生会うことはあるまいが、もし万が一にもお前の素性を知ったならば、八つ裂きにしてやる。

 そして。『掲示板受付内容』というメールが来た。フリーメールではないから奴ではなく、何処かの企業からのメールらしい。

 開いてみると、掲示板を登録して頂きありがとうございますという内容だった。無料で掲示板などを提供してくれる企業がインターネット上には幾つもあるが、そのサービスに私が登録したことになっているようだ。

 今度はこの手か。私のメールアドレスを使って、奴が勝手に掲示板を登録しやがったのだ。幾つかのサービス会社からメールが届いて、そのうち一つの掲示板の名称は「狂気太郎のアヘアヘ掲示板」となっていた。ふざけやがって。怒りで頭がクラクラしてくる。

 それだけではなくメールマガジン購読設定完了通知も来た。やはり私のメールアドレスで登録しやがったのだ。掲示板は放置していれば誰も使わないだろうし勝手に消えてくれるが、メールマガジンは放っておけば延々と私のところに送られてくることになる。私は仕方なく片っ端から登録解除していった。だが一分に一通かそれ以上のペースで登録通知が送られてくる。今、リアルタイムで奴の登録と私の解除の攻防が行われているのだ。手間をかけさせやがって。更には、パスワードがないと登録解除出来ないものまである。だがパスワードなど私は知らない。ふざけてるのか。登録通知は合計で八十通くらい来た。いい加減にしろ。他人の悪意によってこんなにあっさり苦しめられるとはどういうことだ。相手はリスクも負わずに理不尽じゃないか。そもそも本人じゃないのに登録出来てしまうメールマガジンのシステムがおかしいのだ。こんなインターネットのシステムが悪いのだ。人間なんて枠組みが外れれば何処までも邪悪になれるものなんだ。そうか、分かったぞ。お前達は私に嫌がらせをするためにそんなシステムにしたんだな。いや、否定しても無駄だぞ。どいつもこいつもクズばかりだ。もう全員殺してやる。誰でもいいから滅多刺しにして……。

 購読設定完了通知に、「登録時のIPアドレス」という欄があった。

 IPアドレスが分かったらある程度本人が確定出来ると聞いたことがあった。何処の回線からインターネットに繋いだかが分かって、プロバイダは通信の内容を記録しているのだそうだ。ただし、プロキシというものを中継していたら大元まで辿れなくなってしまうという。荒らしなどをする奴らの大部分は自分の正体がばれないようにプロキシを通しておくらしい。

 IPアドレスからプロバイダを検出してくれるサイトがあった筈だ。私は検索して見つけ、奴のIPアドレスを打ち込んだ。指が震えている。

 表示されたプロバイダは聞き慣れない企業だった。だが日本のものだ。地方のプロバイダらしい。少なくとも、プロキシではない。ということは、相手の素性が分かるのだ。馬鹿め、こんな危ないことをやっていながらプロキシを通してないとは。

 その時、私の脳内を、何やら爽やかな感覚が広がっていった。それまでのドロドロした熱い塊が溶けていくようだ。これで。これで、出来るのだ。言葉のやり取りではなく、現実に、実行に移すことが出来るのだ。

 ただし、プロバイダというものは契約者の情報を守るものらしい。警察ならともかく、私が奴の素性を要求したところで教えてはくれないだろう。警察では駄目だ。逮捕はしても相手の素性は教えてくれないかも知れない。相手が未成年なら尚更。

 プロバイダの代わりにIPアドレスから相手の素性を調べてくれる、インターネットの探偵業者が存在した筈だ。違法だろうが何だろうが知ったことか。

 私は自分のホームページに、オフ会開催のお知らせを掲載した。参加者は掲示板の常連に限り、詳細はメールで教えることにして。

 楽しみだ。血が騒ぐ。

 

 

  二

 

 相模敏明がドアを開けると、いきなり彼を押しのけて何人もの男達が入り込んできた。

「すみませんねえ、宅急便ってのは嘘です」

 土足で上がり、先頭の男がニヤニヤしながら言った。彼は大きなリュックサックを背負い、商品の箱を抱えている。

「でも荷物はちゃんと持ってきましたよ。是非ともあなたに使って差し上げたくて。本物を特注したかったのですがそんな予算も暇もありませんから、既製品の中で良さそうなものを選びました」

 箱には家庭用ミキサーの写真があり、『骨まで砕く! 超強力大容量! スーパーミキサー』とあった。

「な、何なんですかあんた達は」

 あっけに取られて相模が聞くと、男達は馬鹿にするように低く笑った。全部で五人。一人は女性のようだ。箱を抱えた男以外は手袋を填め頭から白い袋をかぶり、目と口の部分だけに穴を開けていた。額の部分にマジックで字が書いてある。それぞれ「次郎」「三郎」「四郎」「花子」となっていた。

 最後尾の男がドアを閉めて内側からロックした。箱を抱えた男が相模の質問に答えた。

「いやあ、狂気太郎です。あなたがずっと私の返事を待ち焦がれておられたようなので、直接お伝えに参りました」

 男は丁寧な口調だったが、目は妙にギラついて悪意を発散していた。いや、それは殺意に近い。

「狂気太郎って、何ですそれ。返事って何ですか」

 相模の言葉に「次郎」となっている男が怒鳴った。

「ふざけんなよ。お前が散々狂気さんに嫌がらせしたんだろうが」

 次郎に腹を蹴られて相模は吹っ飛んだ。壁にぶち当たって倒れる。呻く相模を、袋をかぶった者達は袋の奥から冷酷な瞳で見下ろしていた。

 相模に近寄ってその腹を優しく撫でながら、狂気太郎と名乗った男が言った。

「いけませんよ次郎さん。内臓が破裂したらどうするんですか。内臓の番はまだまだ先なんですから。それにしても相模さん、二十六才なんて、意外に年食ってたんですね。メールの文面からはてっきり小学生かと思ったのに。こちらは精神年齢十三才ですが」

 後ろで花子がクスクス笑っている。四人の男女を示して狂気太郎が説明する。

「こちらの皆さんは私のサイトのお客さんです。ちょっと本名は勘弁して下さいね。あなたも匿名だったでしょう。今日はオフ会も兼ねてましてね。拷問処刑オフ会って奴です」

「オフ会って。だ、だから、メールって何です。あんたらのことなんか、僕は知らない」

 相模は震えながら必死に弁明した。

 狂気太郎の目の色が変わった。彼は瞬きをせず、瞳孔は散大している。

 狂気太郎はズボンのポケットから折り畳みナイフを取り出した。片手で開くとカキリとブレードが固定される。十センチほどの刃は鉤爪状に湾曲していた。

「とぼけたことを言うのは、この口ですか」

 狂気太郎がナイフを相模の口へと伸ばした。

「うわっ、やめろ」

 抵抗しようとする相模の手足を四人の男女が押さえつける。狂気太郎は相模の口の左端を摘まんで持ち上げると、内側にナイフの切先を差し入れて一気に引いた。

 ズビュッ、と音がして、相模の左口角が耳辺りまで裂けた。相模は物凄い悲鳴を上げた。手足が狂ったようにうねるが四人はしっかり押さえていた。裂けた肉から血が溢れて相模の口に入る。

「散々鬱陶しい言葉を吐き続けたのは、この口ですか」

 狂気太郎は今度は相模の右口角にナイフを入れた。ビヂビヂと相模の口が広がっていく。今度は溺れたような悲鳴になった。

「あ、そうだった。電子メールだから口じゃなくて指の方でしたね。失礼しました」

 狂気太郎は苦笑しながらナイフを持っていない方の手で自分の頭を掻いた。壁を軽く叩いて反響を確認する。

「なかなかいいマンションじゃないですか。防音もしっかりしてそうですね。では、始めましょうか。隣の人は何する人ぞ〜狂気太郎と愉快な仲間達〜」

 狂気太郎が歌いながらリビングへ進むと四人が相模を引き摺っていった。相模は血と涙を流しながら獣のような唸り声を上げている。

「いいテーブルがあるじゃないですか。これを作業台にしましょうか」

 狂気太郎が盆やコップを除き、四人が相模の体を載せた。用意していた縄で手首足首をテーブルの脚に縛りつける。相模がもがいてテーブルが揺れた。

 壁際の机にはコンパクトなパソコンの筐体と液晶ディスプレイがあった。

「おや、パソコンだ。このパソコンで電子メールを送ってたんですね。このパソコンで、勝手に八十通もメールマガジンを登録してくれちゃったりしたんですね。このパソコンの、このキーボードで……」

 狂気太郎の肩が震え始めた。ミキサーの箱を置いてリュックを外し、中から金属バットを取り出した。

「そんな悪いパソコンには、お仕置きです」

 狂気太郎は金属バットを両手で握って振りかぶり、甲高い声で叫んだ。

「お仕置きだーっ」

 渾身の力でバットをキーボードに叩きつける。キーボードが真っ二つに折れて外れたキーが散らばった。

「お仕置きお仕置き〜」

 四人の男女が復唱した。狂気太郎の叫びもそれに呼応する。

「お仕置きお仕置き〜」

 彼はパソコンの筐体を叩いて変形させ、液晶画面にヒビを入れた。力任せに壁に投げつけると液晶ディスプレイも割れた。筐体を床に落とし、彼は靴で何度も踏みつけた。筐体がへし曲がり、潰れた頃に漸く彼は踏むのをやめた。

 息を荒くして、相模の方を振り向いた狂気太郎の顔は昏い歓喜に輝いていた。

「あらえええ。いああ。ろくじぇらい」

 相模は何か言おうとしているようだが口が盛大に裂けているためうまく言葉にならない。怯えきった目が狂気太郎を見上げている。

 狂気太郎はとろけそうな声音で言った。

「まあまあ落ち着いて。怖いのは分かりますが安心して下さい。丁寧にやりますから。あなたが最大限の苦痛を感じてくれるように。そうだ、あなたは私に『ブレイク出来るかボケッ』て言いましたよね。確かに小説家としてはブレイク出来ないかも知れませんが、あなたの体をブレイクすることについては頑張ってみせますよ」

「狂気さん、そろそろ撮り始めていいですか」

 三郎が聞いた。彼はデジタルビデオカメラを構えている。

「バッテリーはどのくらい持ちます」

「二時間です」

「ならその時間内で仕上げましょうか。あまり冗長な文章は嫌われますしね。ではまず末端から、オーソドックスに行きましょうか」

 狂気太郎はリュックを探り、千枚通しを取り出した。縛られている相模の右手を掴む。

「相模さん、ちょっと指を伸ばしてもらえますか。爪と肉の間にこれを刺しますから」

 相模は必死に拳を握り締めている。だが次郎と花子が手伝って力ずくで相模の指を伸ばした。四郎は勝手に冷蔵庫を漁っている。

「拷問拷問〜」

 楽しげに唱えながら、狂気太郎が千枚通しの先端を、相模の人差し指の、爪と肉の間に刺し入れていった。

「あぎいいいいいいいぃぃぃ」

 相模が芋虫のようにもがく。狂気太郎と仲間達の目が喜悦に潤んでいく。その様子をビデオカメラは冷たく覗く。

「拷問拷問〜」

 狂気太郎が中指を刺す。

「拷問拷問〜」

 仲間達が復唱する。四郎は冷蔵庫にあった牛乳を飲んでいる。

「オフ会オフ会〜」

 狂気太郎が薬指を刺した。

「オフ会オフ会〜」

 相模の眼球がせり出している。零れ落ちそうなほどだ。

「ブレイクブレイク〜」

 狂気太郎は相模の右手の指を全部済ませてしまった。

「では次に行きましょうか」

 狂気太郎はリュックから万力を取り出した。レバーをキュリキュリと回して幅を開いていく。

「相模さん。そういえばあなたは私のことを偽の狂気だとか言ってましたね。全くその通りです。私はまともです。『まとも太郎』ってハンドルにしてはどうかと言われたこともありますよ。そのくらい、私はまともなんです」

 狂気太郎は相模の左手を掴んだ。相模が拳を握り締めているが、構わず拳ごと万力で挟み込む。

「まともまとも〜」

 狂気太郎はレバーを回していった。

「まともまとも〜」

 仲間達の復唱。キュリキュリという音とミシミシという音。相模の呻き。

「わーいわーい」

「わーいわーい」

 ミシミシがゴリゴリになった。相模の呻きが再び悲鳴に変わる。四郎が鍋に水を入れている。

 相模の左拳は厚みが一センチほどになっていた。相模の全身が痙攣するように小刻みな震えを見せている。

「いやあ、本当に、プロキシでなくて感謝しています。きっとあなたも私にこうして欲しかったんですよね」

「あええ。ちあううう」

「分かります分かります。三才児のように構って欲しかったんですね。分かりますよ。私も十三才ですから」

 狂気太郎はリュックから頑丈な剪定バサミを取り出した。今度は右手に戻る。相模は抵抗するが無理矢理次郎と花子が指を開かせる。

「精神年齢十三才〜」

 狂気太郎は相模の右手親指を切り落とした。

「精神年齢十三才〜」

 復唱しながら四郎は鍋を火にかけている。

「プロキシプロキシ〜」

「プロキシプロキシ〜」

 相模の右手指が全て切断された。床に転がった指を無造作に踏みながら狂気太郎が相模の頭側へ回る。潰れた指をカメラがズームしている。

「次は眼球に行きましょう。相模さん、心配要りませんよ。片目だけですから。あなたには最後まで、きちんと見ていて欲しいですからね」

 狂気太郎は伸ばした右手人差し指の先で相模の右目に触れた。相模は力一杯瞼をつぶっており開こうとしない。狂気太郎は最初に使ったナイフを出して、相模の上瞼を切り離した。血と涙で眼球が滲んでいる。

「チョイサッ」

 狂気太郎がいきなり指先を相模の右目に突っ込んだ。

「あやっ」

 相模が妙な悲鳴を上げた。しかし指は眼窩の隙間に入り込めず眼球を抉り損なっている。

「やっぱり、難しいんですね」

 血塗られた指先を舐めながら狂気太郎が言った。

「でも次はもっと勢いをつけてやりますよ」

「狂気さん、やり過ぎて脳味噌まで入っちゃったらまずいんじゃないですか。まだまだ先のメニューがあるんですし」

 花子が言った。袋の破れ目から冷酷な微笑が見える。狂気太郎は頷いた。

「それもそうですね。まだ正気を保ってもらわないといけませんし。アレを使いましょう」

 狂気太郎はリュックのサイドポケットから小さなスプーンを出した。縁がギザギサになっているタイプだ。

「外国の小説に、眼球を抉り出すのはナイフよりスプーンの方が簡単だと書いてました。それを試してみようと思います。まさに実践する小説家ですな」

 相模がもがき出す。次郎と花子が相模の頭を押さえつけ、三郎のカメラは正面からそれを捉える。四郎は油揚げを切っている。

「キュッポンキュッポーン」

 狂気太郎が眼球と眼窩の隙間にスプーンを差し入れた。不気味な唸り声が洩れる。

「キュッポンキュッポーン」

 狂気太郎は丁寧にスプーンを上下させながら、眼球の周りを捏ねていった。そのうちにズピュン、といきなり赤い眼球が飛び出して床に転がり、彼らはどよめいた。

「なかなか良い場面が撮れましたよ」

 三郎が嬉しそうに言った。

「あ、そうだ、ミキサーを忘れていました」

 狂気太郎は新品のミキサーを開けて組み立て、コンセントに繋いだ。スイッチを入れると凄い勢いでスクリューが回り出す。器の径は二十センチほどもある。

「おお、これはなかなかいけますよ」

 狂気太郎は蓋を開け、ミキサーの中に相模の右足を突っ込んだ。足先が一瞬で弾け、器の内部が肉の欠片と血で汚れていく。狂気太郎はグイグイとミキサーを押しつけた。ミキサーは横にしているため出来上がったドロドロのジュースがテーブルに零れていく。相模の右足首までが消滅した。四郎は麺を茹でている。狂気太郎は左足にもミキサーをかけた。血が止め処なく流れる。花子が押入れからアイロンを見つけてきて、相模の断端を焼いて止血した。「まだまだ楽しんでもらわないとね」花子が笑う。狂気太郎が卸し金で相模の鼻を削った。三郎の構えるカメラのレンズに血が飛び散った。次郎が笑いながらティッシュでレンズを拭く。狂気太郎がペンチで相模の歯を抜いていった。四郎がドンブリを並べている。狂気太郎が鋸を二つ取り出した。次郎が右を、狂気太郎が左を担当し手足を切断していく。花子が硫酸を相模の口に流し込んだ。相模の抵抗は次第に弱まっていった。狂気太郎が相模の上着をまくり上げ、ナイフで腹を十文字に裂いた。腸をズルズルと引き摺り出す。相模の左目は裏返っていた。その間に次郎が鋸で相模の頭蓋骨を削り始めていた。脳に傷をつけないように注意しながら外周を切っていく。狂気太郎も反対側から進み、やがて頭蓋骨の額部分から上が外れた。髪と頭皮がくっついたそれを「円盤だー」と言いながらフリスビーのようにして狂気太郎が飛ばす。拍手が上がる。円盤は本棚の上に着地した。相模に手鏡を見せようとしたが眼球は裏返ったままで既に意識はないようだ。「フィニッシュ」と叫びながら狂気太郎が露出した脳に手を突っ込んでグチャグチャに混ぜ捏ねた。相模の顔がビクビクと奇妙に動き、やがて止まった。狂気太郎は鋸で肋骨を下から切っていき、内部の心臓を確認した。「ご臨終です」狂気太郎がカメラに向かって一礼した。「うどんが出来ましたよー」四郎が死体の横たわるテーブルに五つのドンブリを置いた。月見うどんだった。「いただきまーす」皆は早速食べ始めた。「美味しいですよ。伸びちゃってますけど。というかメチャクチャ伸びてます」狂気太郎が言って、皆大笑いした。四人は覆面したままだった。三郎はカメラで撮りながら食べた。「皆さんはお肉はいかがですか」狂気太郎が聞いた。「カニバリズムの趣味はないんで」次郎が言う。「そうですか。いやあ、私もそうです」狂気太郎はにこやかに頷いた。「ごちそうさまでしたー」四郎が食器を洗っている間、狂気太郎達は道具を片づけた。「それでは、お疲れ様でした。このたびの拷問処刑オフ会を無事に終わらせることが出来たのも皆さんのお陰です」狂気太郎が皆に頭を下げた。「次のオフ会はいつでしょう」花子が尋ねる。「まあ、また機会があれば、ということで。次までにはちゃんとしたミキサーを用意しておきますよ」ビデオカメラのテープが丁度終了した。

 相模敏明の死体を放置したまま、五人は彼のマンションを立ち去った。

 

 

  三

 

「あ、狂気太郎」

 インターネットを巡回していた高木優一の肩越しに、表示されているホームページを見て法子が呟いた。

「へえ、のりちゃん知ってるんだ。ファンなの」

 高木が聞くと、法子は慌てて首を振る。

「いや、ファンって訳じゃないよ。ただ、友達に勧められてちょっと覗いたことがあるだけ。かなり古いサイトなんでしょ」

「そうだな。もう十八年くらいやってるんじゃないかな。途中で逮捕されて懲役行ってた間は別の人が運営してたけどね。出所して戻ったのが二年くらい前かなあ」

「あ、その話聞いたことある。嫌がらせのメールとか送った人を捕まえて、拷問にかけて殺しちゃったって」

「そう。共犯者も二人は逮捕されたと思うよ。オフ会代わりにやったらしくて、皆初対面だったって。一人が撮影しててね、ムービーはMPEGで粗いけど、アングラサイトを探せば今でも手に入るよ。狂気太郎もあの事件で妙に人気が出ちゃったというか、なんか今はカルト教団みたいになってるなあ。そうそう、その事件の話なんだけど、こいつそのまんま小説にしてるんだぜ」

「へえ。サイトに載せてるの」

 法子は興味津々といった顔だ。得意げになって優一は説明する。

「『オンライン残虐小説家』ってね。そう、これこれ。こいつの心理がもうメチャクチャ。拷問もメチャクチャ。そんくらいで人殺すなよって。大体勘違いだし」

「え、勘違いって」

「殺した相模って奴、本当は嫌がらせの犯人じゃなかったんだよ。狂気太郎の奴はIPアドレスだけで犯人と思い込んでやっちまったんだよなあ」

「へえ、どういうこと。ちゃんと説明してよ」

 法子が優一の首に腕を絡める。

「今ではきっちりOSが対策してるけど、当時はトロイの木馬で簡単に他人のパソコンを操れたんだ。本当の犯人は相模のパソコンに侵入して、彼のパソコンを勝手に使って嫌がらせのメールを送ったのさ。だからIPアドレスなんか見たって分からないって訳」

「へえ、そういうことも出来たんだ。でもなんで優君がそんなこと知ってるの」

 法子が尋ねると、優一は黙り込んだ。彼の顔が無表情になり、やがて、自慢げで、邪悪な、微笑を、形作っていく。

「だってさ、本当の犯人、俺だもん」

「ええっ、そうなの」

「俺が相模のパソコン操って、狂気太郎に嫌がらせのメール、バンバン送ってやったんだ。奴がヒステリックに反応するのが見たくってさ。面白かったよ。馬鹿だよなあ、狂気太郎。勘違いで人殺して十年以上刑務所なんだぜ。大体もっと早くIPに気づくと思ってたんだけどな。どんなメールもプロパティ見たらIPアドレス載ってるから。本当、馬鹿だよ」

「なーんだ、そうだったんだ。優君がねえ」

 法子が優一から離れた。優一がブラウザで別のサイトに移動する間に、法子は食卓に置かれていた花瓶を手に取った。

「でもさあ、のりちゃ……」

 振り向こうとした優一の頭に花瓶が叩きつけられた。優一は気を失ってその場に崩れ落ちる。法子は優一のパソコンを使ってメールソフトを起動した。

 

 

 大歓声で目を覚ますと、高木優一はステージの上に寝かされていた。広いホールだ。客席は二千人くらい入りそうだ。

 客は満杯だった。皆が手を振ったり拍手したりしながらステージの優一を見守っている。彼らの顔がおかしい。妙に白い。白い袋を頭からかぶっているのだ。目と口の部分だけに穴が開いている。

「ようこそ、高木優一さん」

 声が響いた。優一が振り向くと、同じステージに白いコートを着た男がマイクを持って立っていた。年は四十代だろうが髪が真っ白だ。そのまま固まってしまったような、妙な微笑を浮かべている。

 男の額には「狂」という字があった。マジックで書いたのでも刺青でもなく、焼印によるものだった。

「十三年間、待ちに待ちました。子供の心をいつまでも、精神年齢十三才、オンライン残虐小説家、狂気太郎です」

 客席の拍手が爆発した。まるで津波のようだ。逆に優一は総毛立っていた。ゾワゾワと不気味な悪寒が背中を往復している。

 狂気太郎の隣には法子が立っていた。心底幸福そうな顔で。狂気太郎が彼女に深々と頭を下げた。

「皆原法子さん、真犯人をお知らせ下さって本当にありがとうございます。あなたは素晴らしいお人だ。こんな素晴らしいファンを持って、私は幸せです。高木さん、あなたもこんな素敵な恋人を持って幸せですね」

 観客達が法子に拍手を送った。優一は唖然としてそれを見ていたが、逃げなければと思いつき身を起こそうとする。だが体が動かない。優一の手足は鋼鉄の台に縛りつけられていたのだ。

「見えない相手を求めて十三年、あなたは実在してくれた。高木さん、ありがとう。本当にありがとう。そしてファンの皆さんも実在して下さった。ありがとうございます。私は皆さんによって支えられています。尊い犠牲になって下さった相模敏明さん、ありがとうございます」

 狂気太郎は優一に一礼し、客席に一礼し、そしてそばにいた男が持つ遺影にも一礼した。相模敏明の遺影らしかった。

「高木さん、私の返事が欲しかったんですよね。私に構って欲しかったんですよね。分かります。分かりますとも。さあ、全身全霊を込めて、私がお返事差し上げますとも。見て下さい、ちゃんと本物を特注したんですよ」

 狂気太郎が手を上げるとステージの袖から四人の男女が巨大な機械を押して現れた。観客がどよめいた。

 それは、高さ三メートル、器の幅一メートル半の、巨大なミキサーだった。男女がかぶった袋の額部分には、それぞれ「次郎」「三郎」「四郎」「花子」とマジックで書いてあった。

 優一は悲鳴を上げた。喉が裂けるほどの悲鳴に、狂気太郎はとろけそうに微笑を深めた。観客が喜びの拍手を送る。もっと悲鳴を上げろと彼らの目は語っていた。精一杯苦しめと彼らの笑みが語っていた。観客の覆面にも「九十八郎」とか「七百五十七郎」とか書かれていた。「千三百二十一郎」というのもあった。女性は「三十八美」も「五百五十六子」もいた。

 次郎達が優一の繋がれた台を起こした。これから行われることを大勢のファンに見せるために。優一が悲鳴を繰り返すが皆益々喜ぶだけだ。恋人の法子までもが酔ったような顔で見守っている。いや、彼女は袋をかぶった。「二百六代」と書いてある袋を。

 狂気太郎が千枚通しを持って言った。

「では、始めましょうか。十三年ぶりの、第二回拷問処刑オフ会です。参加者は前回の五百倍だあっ」

 狂気太郎が優一の爪と肉の間に千枚通しを刺した。優一は悲鳴を上げた。観客が拍手を送る。「カルトカルト〜」狂気太郎がペンチで爪を剥いだ。「カルトカルト〜」観客が喜んで復唱する。優一が泣き喚く。「信者信者〜」剪定バサミで指を切り落とした。万力で骨ごと潰した。「キュッポーン」スプーンで片目を抉り取った。優一が失禁した。観客が笑った。「あっさりショック死なんかしちゃ駄目ですよ」花子が強心剤を注射する。「精神年齢十三才〜」ナイフで鼻と耳を削いだ。医療用メスで生皮を剥いだ。「何より愛情〜」硫酸をかけた。「マラソンマン〜」ペンチで一本一本歯を抜いていった。ビデオカメラが回っている。しかも四台が別々のアングルから。今度は大作になりそうだ。「バーベキューだ〜」焼け串を腹に刺していった。「サンマには合わない〜」大型の卸し金で足を削った。弁慶の泣き所をやられて優一が狂ったように悶える。観客が感涙にむせぶ。「素晴らしい。私はこの日のために生きてきたようなものです」狂気太郎も嬉し涙を流した。手足を鋸で切断する。出血箇所に花子が焼きごてを当てて早死にを防ぐ。ハンティングナイフで腹を裂いて腸を引き摺り出す。優一が小さく痙攣している。狂気太郎が電気鋸で頭蓋骨の外周を切っていく。「この日のために練習しました」狂気太郎が笑う。頭蓋骨の上部分が取り外されて無傷の脳が露出する。まだ意識のある優一に鏡で自分の姿を見せた。優一が弱々しく泣いている。観客は元気良く笑っている。「フィニッシュです」次郎達が手足のない優一を持ち上げて、取りつけられた階段を上りミキサーの器内に落とし込んだ。スクリューで背中が切れ、芋虫の優一がのたうつ。

「それでは、スイッチオン」

 狂気太郎が巨大ミキサーの作動ボタンを押した。

「ばんざーい。ばんざーい」

 怒涛のスタンディングオベーションを浴びながら、高木優一が挽肉に変わっていった。

 

 

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