一
そのウーベラ星人は事業に失敗して莫大な借金を抱えたため、仕方なく地球を手放すことになった。
二千年以上所有していた惑星だった。たまに天災を起こしたりして遊ぶことはあったが基本的には不干渉で、現地民が繁殖して独自の文明を発達させていくのを見守っていた。この星をビジネスに使う気はなかった。地球人が水槽で熱帯魚を飼うように、純粋に趣味として鑑賞していただけだったのだ。
地球の新しい所有者はビジネス目的だった。ウーベラ星人が植民していない未開の惑星ではしばしば行われるイベント。特に現地生物の知能が高いほど人気がある。
それは、現地生物殺戮観光ツアーだった。
二
アメリカ合衆国東部のタイムゾーンが二○○九年を迎えた瞬間を狙い、即ち一月一日零時零分零秒にそれは開始された。
大統領は大勢の記者を前に新年の祝辞を述べようとしていた。その上空に巨大な円盤が姿を現した。直径三百二十メートルの遊覧爆撃船がステルス処理を解除したのだ。底面中心部の穴が閃光を発した。大統領が「ハッピー・ニューイヤー」の「ピ」を言う前にホワイトハウスの建物が粉々に飛散し、周辺半径八キロが蒸発し、二次的に生じた衝撃波が半径五十キロの建物を吹き飛ばした。最初の一撃で二十六万人が即死した。
クレーター状に穿たれた半径八キロの空白、その中心で極端に切り立った岩山の頂上みたいに、天井も壁も飛んだ記者会見場だけが残されていた。現地の王の狼狽ぶりを観察して楽しみたい顧客の要望だった。
ウーベラ星人の期待通りに、アメリカ大統領は十数秒間、口をポカンと開けて動かなかった。船内の観光客八百人は笑い転げた。
「ハ……ハッピー・ニュー……」
大統領は新年の挨拶を言い直そうとした。百億ウーブを払った最優良顧客が二個目のボタンを押すと、大統領も側近も記者達も次々に連爆して無数の肉片に変わった。生体組織だけを破壊する不可視光線だった。客達はまた笑った。駄目押しの熱線でホワイトハウスの残骸を完全に消滅させた。
最優良顧客の満足を見届け、地球所有者でもあるツアーマネージャーは他の顧客にもゴーサインを出した。アメリカ以外の国の首都上空で待機していた客達は喜び勇んで攻撃ボタンを押した。閃光、閃光、閃光また閃光。モスクワが壊滅した。東京が壊滅した。北京が壊滅した。ロンドン、パリ、ベルリンなどの有力国首都攻撃権は数十億ウーブと高額だったが、発展途上国や小国は中堅企業の社長程度でも手が届くサービス価格だった。前の所有者が記録していた地球上の名所二千八百地点も二十億ウーブから一千万ウーブまで値段が設定され、遊覧爆撃船や巡回殺戮船に乗り込んだウーベラ星人達が破壊を楽しんだ。自由の女神が爆発した。エッフェル塔が消えた。ピサの斜塔が倒れた。エベレストが真っ二つに割れた。金閣寺が銀閣寺が粉々になり五重塔が潰れ富士山が巨大なクレーターと化した。顧客達の多くはパンフレットを読んで現地文明について予習を済ませており、カタルシスを高めるのに役立った。
新年に浮かれていた現地民達の一部は何も気づかぬまま蒸発した。残りの多くは空が光るのを見た。そのまた一部は到達した衝撃波を食らって即死するか倒壊した建物に潰された。イベント開始から一分で四千万人の現地民が死亡した。
現地のテレビでは世界各地に出現した謎の飛行物体とその攻撃について緊急放送を行ったが、スタジオも混乱しておりまともな情報を伝えられる局は殆どなかった。現場のリポーターが爆裂する映像が生中継された。テレビ局自体が消滅したところもあった。日本のある局ではキャスターが「東京に核が落ちました」と絶叫した途端にレーザーでスタジオごと真っ二つにされる場面がそのまま放映された。
現地民は恐慌に陥った。大急ぎで荷物を車に積み、町を逃げ出そうとして通りは渋滞となる。事故に住民同士の喧嘩。そこへ葉巻型の巡回殺戮船がやってきて、船体側面に並ぶ砲台から次々に砲弾を撃ち出していく。人も車も建物もまとめて吹っ飛んでいく。セレブ達によるオープンセレモニーが済んで一般客の狩りも解禁されたのだ。八万機を超えるレンタル或いは自家用の小型狩猟艇が低空飛行して、逃げ惑う現地民を虐殺していく。レーザー光線、破壊超音波、炸裂弾、神経ガス、細胞溶解毒噴霧、生体爆裂波、戦術核ミサイル、重力波、圧搾空気カッターなど様々な兵器が存分に用いられる。膨大な歴史を持つウーベラ星人にとって、単に破壊と殺戮の効率を求めるならば方法は数種に限られる。だが快楽を求めるならば方法は無限なのだ。
低速自動追尾弾でじっくり楽しむのもいい。弾頭にカメラがついており、現地民が逃げ走り、疲れて倒れ爆散するまでの映像をリアルタイムに届けてくれる。現地の食物を弾にするのも一興だ。缶ジュースやピザ、トマト、スパゲッティまでアポーツ機で手当たり次第に引き寄せて超高速で射出していく。自分が食べかけていたショートケーキで撃たれて頭部が破裂した雄の様子は、今年の最も面白い虐殺映像の一つにノミネートされるだろう。この星で流行した弾はマシュマロだ。小さな柔らかい食べ物で蜂の巣になる様は爽快だとウーベラ星人は笑い合った。更にはバラバラになった死体を回収して撃ち出すのも定番の一つだ。生首弾が新たな生首を作っていく面白さがあった。
各国の政府は首都を失い機能停止した。自主的に反撃を試みる軍隊もあったが、対空ミサイルも高射砲も強力なバリアーに阻まれ傷一つつけられない。巡回殺戮船は暫く空中で静止して無駄な攻撃をさせておき、現地民の絶望を堪能した後で一気に蹂躙した。基地が燃える。都市が燃える。山が消える。海が沸騰する。
異常事態勃発に各国の原潜やミサイル基地の一部は規定通りの決断を下した。アメリカロシア中国日本インドなど、それぞれの仮想敵国に向かってありったけの核ミサイルを発射したのだ。既にウーベラ星人に破壊された基地を除き、数万発の核ミサイルが地球上空を飛び交うこととなった。
その全てを完璧に、レジャーコントロールセンターのレーザーが撃ち落とした。現地民が自らの兵器で死滅するのはレジャー施設としての寿命を縮めてしまい、経営者にとっても好ましいことではない。ついでに原子力発電所も放射能が洩れないように潰しておく。敷地ごと空間をパッケージングして体積がゼロになるまで圧縮したのだ。
顧客達は現地民を殺戮しながら笑っていた。無数の命が一瞬で蒸発するのを見て笑った。体が爆裂するのを見て笑った。カッターで八つ裂きになるのを見て笑った。穴だらけになるのを見て笑った。発狂して踊り死ぬのを見て笑った。避難先の建物を潰して笑った。ピザが首を切り落とすのを見て笑った。生きながら腐れ死ぬのを見て笑った。黒焦げになるのを見て笑った。追い詰められて断崖から次々ダイブするのを見て笑った。狩猟艇を素通りさせ助かったと思わせておきUターンして射殺して笑った。建物ごと現地民を輪切りにして笑った。顧客の嗜好に応じ二万種類の兵器からお勧めの殺戮法がリストアップされ、巡回殺戮船が望みのままに発動させる。能動的な殺しが好きな客は自ら銃を操作し発射ボタンをクリックする。クリックするたびに現地民が死ぬ。クリック、クリック。客達は笑う。殺しながら笑う。笑いながら殺す。クリック、クリック。殺す。笑う。殺し続け、笑い続ける。
六十億であった地球の人口は、一週間で二億まで減った。
三
ウーベラ星人は全宇宙の七割を支配する一大勢力だった。既に敵と呼べるものは存在しない。銀河を跨り二千四百億の植民惑星を持ち、全人口は百垓……一兆の十億倍を超える。母星ウーベラは寿命を過ぎても改造延命され、この超強大種族の中枢として今も機能している。
六十五億年の歴史を経て文明は究極レベルに達し、科学も文化も哲学も既に完成されていた。彼らは無から物質やエネルギーを取り出し、逆に物質を完全に消滅させることも出来た。彼らの宇宙船は灼熱の恒星の内部もブラックホールの深奥も自在に通り抜け、宇宙の端から端までを七分で移動出来た。彼らに不可能はない。ただし、個人が使えるエネルギー量は政府によって規定され、余分に使いたければ金を払わなければならない。
肉体は自然な進化に遺伝子操作が加わって肥大化した頭部と四十六本の触手により構成され、消化や呼吸、生殖のための器官は脳の下に小さく収納されている。触手は薄い筋肉に包まれた高密度の神経組織で、これを様々な機器に接続することが活動の基本であった。カメラの映像を触手を通して感覚し、触手を通して船や兵器を操作する。栄養摂取も触手経由で行い、味覚は栄養とは別に楽しむことが出来た。所謂映画は視覚聴覚嗅覚味覚触覚内臓感覚気分まで全てを駆使して鑑賞出来る。他人とのコミュニケーションも機器を通して行う。触手同士を絡ませて話すことも可能だがそれは下品な行為とされた。自前の目と耳、発声器官は存在するが退化してしまい最小限の精度しかない。何度か不要論が持ち上がり、遺伝子操作で消してしまうことも提案されたが彼らの美意識に従って却下されている。
ウーベラ星人の美醜の判断は饅頭のような体の輪郭と肌の色、目・耳の形と位置なども関わるが、重要なのは触手だ。触手が長く、しかも全ての触手長が揃っているほど美しいとされる。整形したがる者も多いが遺伝子情報ですぐにばれるし遺伝子改造手術も記録が残ってしまうので実践する者は稀だ。
彼らは通常肉体の大部分を薄い下着で覆う。厚さ十分の一ミリの皮膜は生命維持や通信などの充分な機能を備えている。その上に袋状の上着をかぶることになるが、流行は何億周もして無意味となったためファッションは千差万別だ。極彩色からシックな黒、また未開文明を真似て動物の角で飾ったり宝石で飾ったりもする。触手も接続機能を損なわない触手袋で包むのが礼儀だった。
情報が触手を通じ脳で知覚され、触手にフィードバックされるまでの時間が優秀さを決める指標になった。既に文明が極め尽くされているため、創造力や独創性というものは殆ど存在しない。
彼らも社会のシステムを維持するために仕事をする。単純作業はロボットが行うため大部分の業種がサービスの提供と人間関係の調整であった。それも実は不要なのだが、人間の存在意義を確保するために敢えて義務になっているのではとしばしば噂されている。超高速移動が可能なため宇宙の何処からでも通勤出来、僻地に自宅を購入する者も多い。都市部の多層居住区では一人に割り振られるスペースは限られるが、室内を自由にカスタマイズすることが許されており、空間を歪めて巨大な庭を設置することも可能だ。彼らはそこで生活し、恋愛し、結婚し、子供を育てる。たまに離婚もするし、犯罪行為で刑務所に服役することもある。疲れたら薬剤を注入し、人生に飽きても薬剤を注入し、手軽に快楽が欲しくなっても薬剤を注入し、死にたくなっても薬剤を注入する。
ウーベラ星人の平均寿命は二万年ほどだ。医学的には不老不死であるが、実際には二万年もすると皆人生に飽きて自殺する。そのための安楽死システムも存在した。究極の文明社会の退屈な生活を紛らすため無数の娯楽が用意されている。膨大な歳月により積み重ねられた体感物語群は安価な娯楽だ。もう少し金を出すとアトラクションやゲームへの参加になる。ウーベラの植民していない独自の文明に触れることは彼らにとって良い刺激になった。そのため現地文化は滅ぼす前に記録としてパッケージングされ、人気商品として販売される。
そして最高の刺激は、独自の文明を蹂躙することだった。
四
地球ハンティングレジャーワールドが開園してから八十七日。現地民数は六百二十万になった。絶滅後も運営を続けるなら現地民を再生・養殖・調整して狩場を維持することになるが、自然志向の客には嫌われるだろう。
大量殺戮を好む客は既に去り、じっくり追って殺すのが趣味のハンターがメインの顧客になっていた。狩猟艇は生命感知機構を備えているし、レジャーコントロールセンターも群れの位置をリアルタイムに送信してくれる。
午後一時十三分。標高一万メートルに卵型の自家用狩猟艇を停め、二機の全環境対応ハンターズ・スーツが飛び出した。暫く自然落下に任せ、高度千メートルに達したところでゆっくり制動をかける。反重力装置で自在に空を飛べるタイプもあるが、二人のスーツは好みによりジェット噴射で移動するタイプだ。燃料は全開で使えば二十二時間分。三日間の狩りには充分過ぎる。ボディ底部からの逆噴射が地面を焦がしつつ、二人のハンターは荒野に着地した。
ハンターズ・スーツは直径二メートルの球体で、ウーベラ星人一人を包み込み絶対零度の冷気から十億度の高熱、あらゆる物理攻撃をも遮断する。内部はやや窮屈だがスーツと感覚を繋いでしまえば全く問題ない。高密度の搭載機器は乗員の生命維持と娯楽提供、狩猟艇やレジャーコントロールセンターとの通信に各種兵器の瞬間取り寄せまで行える。八本の無関節アームは自在に変形し、武器を持つのにも歩行用の足としても使用出来る。
今、そのアームに一人はライフル銃を、その相棒は火炎放射器を携えていた。ライフルは弾倉に千発収まっているが一度に一発しか出ない単発式で、撃った後は三秒のインターバルが必要となる。弾丸の初速は秒速二万四千メートル。十メートルの鉄塊もあっさり貫通するが、生体に接触すると炸裂するため一発で一体の獲物しか倒せない。楽しむためにわざと設けられた制約だ。火炎放射器は有効射程三十メートル、鉄をも溶かす白い炎は生体を感知すると自動的に数百度まで温度が下げられ、獲物が燃えながら踊り狂う様を観察することが出来た。射程が短いので追いかけっこも楽しめる。
ゲームの緊張感を高めるため、獲物の反撃がスーツに触れると痛覚刺激を味わうようになっていた。狩った獲物の数と受けた推定ダメージ量は記録され、後で結果を比べ合うのだ。
二人は同じ会社の同僚で、たまの休暇に狩りをするのが趣味だった。彼らの自宅にはこの千四百年の間に集めたトロフィーが並んでいる。今回も一番苦労した大物の首を一つ飾る予定だった。
ツアーの契約形態は幾つか存在する。一定時間内殺し放題の場合は使用兵器のレベルが低いほど料金も安くなる。使用兵器を無制限にして殺した人数分だけ支払う方法もある。二人は前者を選んだ。兵器のレベルも低いため、彼らサラリーマンでも充分に支払える料金だ。高校によっては修学旅行でこの手の狩猟ツアーを行うところもあるという。
二人はコントロールセンターのナビゲーションは借りず、自前の生命探知機を使った。集落に近づいてからは敢えて探知精度を落とす。
都市部から離れ比較的被害の少ない地域だった。森は半ばほどが枯れ、所々に爆撃跡のクレーターが残る程度だ。たまに獣がこちらを窺っている。一匹射殺すると他の獣は鳴きながら逃げ散っていった。人間でないと物足りない。知能を持った者達の断末魔の表情が見たいのだ。命乞いの言葉を聞きたいのだ。表情分析機に地球人のデータは収まっているし、自動翻訳機も地球の百六十四言語の辞書を備え、方言や未知の言語もリアルタイムに意味を類推する。必要なら相手の脳に直接同調してコミュニケーション出来るのだ。
集落を見つけた。家屋の大半が焼け落ちている。既に先客があったようだ。他の客との位置関係をチェックしてみる。今は二十キロ四方にはいない。通りに死体が見当たらないのでまだ住民がいる可能性は高い。現地民が死者を埋葬することを二人は知っている。探知機の精度を上げれば獲物の居場所を正確に知ることが出来るが、そんな不粋なことはしない。
取り敢えず当たりをつけた建物を焼き払ってみる。現地民が一人悲鳴を上げながら飛び出してきた。そこへ改めて炎を浴びせ、「熱い熱い」と叫びながら跳ね回るのを面白く見物した。現地民の視線を感じる。勘を頼りにライフルで撃つと壁の向こうで炸裂音がした。一人やったようだ。数人が建物から這い出してきたところを炎の舌が襲う。燃える焼ける踊る死ぬ。逃れた一人を高速弾が爆裂させる。今日の狩りは幸先がいい。二人のウーベラ星人は笑い合った。
十六人を狩ると獲物がいなくなった。小さな集落を抜け、次の狩場へ向かう。森の奥。洞窟の中に数十人規模で潜んでいる。直接踏み込んでも良かったが、思いつきを実行することにした。自分達の姿を立体映像で塗り潰す。それは『自衛隊』という現地国軍人の姿だった。低レベルの小火器を携えた八人の軍人が叫ぶ。
「助けに来たぞっ。我々は自衛隊だ。宇宙人はやっつけた。生きている者はいないか」
洞窟から現地民がわらわらと駆け出してきた。皆薄汚れた顔を泣き笑いで歪めている。表情分析機が高レベルの安堵と歓喜を検出した。いいぞいいぞ。
そこで二人は偽装映像を解除した。味方である軍人達が瞬時に殺戮者へと変わり、獲物達の顔が凍りついた。驚愕が恐怖と絶望に変わる感触を分析機が伝えてくる。いいぞ、これはいい。ウーベラ星人の神経系がゾクゾクと興奮する。
二人は獲物の絶望を堪能しながら皆殺しにした。まだトロフィーにするほどではないな。さあ、次に行こう。二人は現地の野蛮な音楽をスーツ内で聴きながら進んだ。
探知機によると次の集落は数百人規模らしい。現地民の使う道路も見当たらない僻地の山奥だった。この辺はまだ手つかずのようで爆撃跡もない。穴場かも知れない。二人の期待は高まる。
木造の家屋が並ぶ、この星では一般的な集落に見えた。だが二人のハンターとしての感覚は鋭い敵意を察知していた。反撃があるか。これは楽しめるかも知れない。
獲物達は自ら姿を現した。現地民の平均データからすると屈強な雄の割合が多い。現地の文明レベル相当の小火器を携えているが軍服や迷彩服ではなく一般人の普段着だ。この日本という地域においては珍しいことだ。無政府状態のため自衛に乗り出したのだろうか。
住民達はいきなり攻撃を仕掛けてはこず、長老と思われる雄が進み出た。といっても精々九十才程度だが。
「よそ者よ、立ち去れ。ここは聖地だ」
自動翻訳機がすぐに台詞の意味を伝えてきた。面白かったのでウーベラ星人は尋ねる。こちらの台詞も自動翻訳機を通し現地語で発せられる。
「どういう聖地だね。つまりまさか、神なんかがいるとか」
からかい半分だった。神の存在は既に六十四億年前に否定されている。もしこの星において神が存在するとすれば、それは宇宙の支配者・ウーベラ星人である自分達のことだろう。
長老は重々しく頷いて、告げた。
「この山には唯一絶対超絶究極大殺戮神がおられるのだ」
「あ、何だって」
二人は翻訳機が狂ったかと思った。長老は辛抱強く繰り返す。
「唯一絶対超絶究極大殺戮神だ。とても、非常に、途轍もなく、この上なく恐ろしいお方だ。早々に立ち去れ。お前達のためにも言っておるのだ」
文明レベルの低い星に宗教はつきものだ。何もしてくれぬ架空の神に、無知な者達は全力で祈り続け、生贄まで捧げたりする。断末魔に神の名を叫ぶ獲物も多い。それにしても絶対神や破壊神などはしばしば使われる名称だが、唯一絶対超絶究極大殺戮神とはあまりにも仰々しかった。
相手の脳をスキャンして感情を分析する。どうやら本気で信じているようだ。馬鹿め。二人はせせら笑った。
「その唯一絶対超絶究極大殺戮神とやらは、一体何をしてくれるんだね。この星が襲われ住民が殺されまくっていても、ちっとも助けてはくれないじゃないか」
「助ける神ではない。守る神でもない。殺す神なのだ」
長老は平然と返した。
「あのお方の逆鱗に触れれば、関係者一族郎党皆殺しにされる。女子供の差別なく、一人残らずだ。あのお方のご機嫌を損ねて二つの大陸が沈み、数知れぬ民族が絶滅した。わしらはずっとここで世界を守っておるのだ。お前達のような愚か者があのお方のお怒りを招いて、大災厄を引き起こさぬようにな」
『愚か者』と呼ばれて二人はムカついた。ウーベラ星人に向かって発するべき言葉ではない。ムカついたので皆殺しにした。ライフルで撃ち抜き火炎放射器で焼き殺し、アームで踏み殺した。獲物は逃げずに反撃してきた。低速で飛ぶ小さな鉛玉。ハンターズ・スーツには無意味だ。
手足を吹き飛ばされ炎に包まれても、彼らの顔が二人への恐怖に歪むことはなかった。表情分析器も脳スキャンも、彼らの畏怖がウーベラ星人でなく架空の神に向けられていることを示していた。最後の一人まで無謀に戦い、あっけなく肉塊に変わった。
馬鹿共め。二人の気分は収まらなかった。未開人が崇める神とやらの正体を確かめてやろう。どうせちょっと変わった石塊か、下手糞な彫像だろう。踏み潰すか、気に入るものならトロフィーとして持ち帰ってもいいか。
集落の奥に細い道があった。緩い上り坂。生い茂った木々の間に薄靄がかかっている。静かだ。小動物の姿もなく、鳥の鳴き声も聞こえない。奇妙なのは全ての木が、幹も枝も麓側に傾いていることだった。まるで山頂の何かから逃れるかのように。
生命反応あり。現地民と思われるものが二つ。丁度参拝に来ていたものか。
靄に包まれた狭い山頂に、小さな建物があった。現地の神社や寺院の構造とは違い、普通の平屋だ。
ポーチの丸いテーブルに着物の年老いた雄が腰掛け、若い雌が付き添っていた。雄はさっきの集落の長老よりも更に高齢であろう。皺深い顔に灰色の髪と長い髭。現地民の平均からするとかなり小柄だ。雌は藍色の服の上に白い別の布をかけ、ヘアバンドを着けている。現地データベースによるとメイドと言われる女中の服装だった。
若いメイドは皿に載った柔らかい食べ物を匙で抉り取り、「はい、アーンして」と言った。
「アーン」
老人は顔を少し上向けて口を開いた。そこにメイドが匙を運び、老人は目を閉じて食べ物を味わった。表情が満足を示す。
「ううーむ。うまいのう。やっぱりキリコちゃんに食べさせてもらうプッチンプリンは最高じゃな」
老人の額に黒い模様があった。現地の文字のようだ。分析機が伝えてくる。
マジックインキで書かれたその三文字は『大』と『災』と『厄』であった。
「まあ、ご主人様ったら」
メイドが笑顔で返し、二匙目に移る。どうも奇妙な感じだ。ここは聖地ではなかったのか。二人は取り敢えずポーチに近づいていった。
距離が三十メートルほどになったところでメイドが気づいた。「申し訳ございませんご主人様。少しだけお待ち下さいね」と匙を置き、二人から老人を庇うように立った。
「下がりなさい。あなた達は聖域を侵しています。一言も喋らず何もせず、静かにここを立ち去るのです。そうすれば万に一つでも、助かる見込みがあるかも知れません」
メイドは厳しい表情と声音になっていた。この雌は現地民の感覚ではかなりの美形に入るらしい。いや、ウーベラ星人の目から見ても非常に美しい生き物だった。脳のスキャンからも雌が本気であることは分かっていた。愚かな狂信者め。気に入らない。
「俺達はちょっと神とやらを拝みに来たんだがね。その奥に飾ってあるのか」
翻訳機を通して尋ねるとメイドの顔が更に険しくなった。その背後から老人の声がした。
「キリコちゃん、そんなゴミは置いといてプッチンプリンを食べさせてくれんかのう」
「はい、ご主人様」
メイドは笑顔に戻って再び匙を取った。恐るべき来客などなかったように。自分達は無視された。この偉大なウーベラ星人が。今この惑星で何が起きているのか知らないのか。馬鹿な動物共め。
一人が建物を焼き払うため火炎放射器を上げた。もう一人はライフルでメイドと老人、どちらを先に狙うべきか考える。生意気な口を利いたのはどちらの方か。恐怖の悲鳴を上げさせたい方はどちらか。やはり老人を先に殺すか。
ウーベラ星人がライフルを向けた時老人の姿はなかった。横を見ると相棒のスーツがぶち壊れていた。
火炎放射器もアームも全てちぎり捨てられ、現地の科学レベルでは傷一つつけられぬ球体に老人が片腕を突っ込んでいたのだ。壁は破れ変形し、内部の機器が露出していた。
「ふうむ。ゴミかと思うたが、こりゃタコかクラゲか」
スーツの内部からウーベラ星人が引き摺り出された。幅四十センチほどの白い饅頭に小さな目と口がついた本体と、四十六本の触手。薄い下着も破れたあられもない姿で彼は触手をもがかせた。
その饅頭に老人の片手がどんどんめり込んでいく。薄い頭蓋骨をあっさり突き破り脳が抉れる。小さな眼球がグリグリ動く。ウーベラ星人は断末魔の悲鳴を上げようとしたが、退化した声帯はキイキイと小さな掠れ声を発するだけだ。
中の脳を大部分掻き出すと、老人は無造作に死体を放り捨てた。
相棒が死んだ。もう一人のウーベラ星人はパニックになっていた。こんな馬鹿な。未開の原始人にこんなことが出来る筈がない。俺達はウーベラ星人なのだぞ。狩る側であって狩られる側ではない。こちらには何のリスクもない筈だ。あってはならない。ハンティングツアーで死者が出るなんて前代未聞だ。これはツアーマネージャーの責任問題だぞ。訴訟を起こしてやる。たっぷり賠償金を搾り取ってやるぞ。混乱が基準を超えたため触手の一本を介して鎮静剤が注入される。そうだ、救難信号だ。いや相棒の死はすぐレジャーコントロールセンターに届いている筈だ。二秒もせずに救助船と高機動殲滅艇が到着する筈だ。興奮が限界を超え再び鎮静剤が入る。そうだ自動退避機能だ。緊急時にはスーツごと安全地帯に瞬間移動出来るのだ。しかしもう発動していてもいい頃ではないのか。どうして動かない。
老人が無造作にライフルを掴んだ。
「こりゃ銃じゃろ。ちょっと撃ってみんか」
老人は皺深い顔に微笑を浮かべていた。だがその口角がどんどん左右に広がり、目も吊り上がっていく。笑い、或いは怒り。分析機が表情の意味を確定出来ずにいる。脳のスキャンは……。
「ほれ、早う撃て。早う撃たんと間に合わんぞ」
老人が銃口を自分の額の中心、丁度『災』と書かれた場所に当てた。ぐい、と老人が前に出る。ライフルの銃身が押されてしなる。ぐいぐい、と更に老人が近寄ってくる。銃身がどんどん曲がっていく。銃口がUターンしてスーツ側に向いてしまう。
その時上空に四十機の高機動殲滅艇が出現した。出現した途端に全機爆発した。パラパラと金属の破片が降ってくる。何だ。何が起こった。ウーベラ星人のハンターは呆然とする。また鎮静剤が注入される。
老人の顔は初めて見る類のものに変わっていた。これまで狩った現地民にそんな顔はなかった。表情分析機が究極の怒りを伝えてきた。究極、或いはそれ以上。現地データベースによると鬼という架空の魔物に似ているという。だがそんなことはどうでも良かった。メシッ、と、老人の顔がひん曲がった銃口と一緒にスーツの防壁にめり込んできたのだ。老人が顔を突っ込んでくる。壁が破れた。内部に詰まった機器が押し潰され、幾つかの装置と触手の接触が断たれた。カメラによる映像が中断し、ウーベラ星人は貧弱な自前の目で見ることになった。
すぐ目の前に『大災厄』が迫っていた。怒り狂った老人の顔。老人の肌は意外に艶やかで、全て揃った歯は鋭く尖っていた。熱い息がウーベラ星人の皮膚をチリチリと焼いた。
ウーベラ星人は自前の声帯で貧弱な悲鳴を上げた。接続が切れたため鎮静剤の追加注入はなく、脆弱な精神が負荷限界を遥か彼方まで超越して素晴らしい恐怖が襲ってきた。これまで無数の獲物に味わわせてきた感覚を、千倍返しで自分が味わうことになったのだ。
曲がった銃口と老人の顔が一緒くたにウーベラ星人に触れた。めり込んだ。小さな眼球がはみ出した。頭蓋骨が凹み破れ脳が潰れはみ出して老人の頭がウーベラ星人の中に完全に入り込んでしまった。一万三千才の彼の最期の思考は、現地語に翻訳すると「あああべべべ」だった。
不躾な客達は始末された。
老人は壊れたハンターズ・スーツから上半身を引き戻した。
「ご主人様、こんなにお汚れになって」
メイドがタオルを持って駆け寄り、老人の脳漿塗れの顔を拭う。その間だけは老人は柔和な好々爺に戻っていた。額の文字が掠れてしまったため、メイドがマジックを出して丁寧に書き直した。
「キリコちゃん、わしゃちょっと出かけてくる。晩飯までには戻ってくるからの」
「かしこまりましたご主人様。夕食は何がよろしいですか」
「そうじゃのう。キリコちゃんが愛情を込めて作ってくれるんならわしゃ何でもいいぞ。デザートはやっぱりプッチンプリンがいいがのう」
「それがご主人様、プッチンプリンのことなのですが」
メイドが綺麗な顔を曇らせた。
「グリコ乳業が宇宙人の空襲で壊滅してしまったそうで、プッチンプリンのストックが後一ヶ月分しかないのです。申し訳ございません」
「なんと、そりゃ残念じゃのう。ここ三十年来の好物じゃったのに。益々許せんのう。三時のオヤツを邪魔しおったばかりか、グリコまで潰しおったとは……」
ビキビキ、と老人の顔が再び鬼の形相に変わった。次の瞬間老人の姿は消えた。
誰もいない虚空に向かいメイドは頭を下げた。
「いってらっしゃいませご主人様」
それから侵入者の散らばった残骸を片づけるため、箒とチリトリを取りに行った。
唯一絶対超絶究極大殺戮神とは老人のことだった。メイド姿のキリコという女は巫女だった。前の地球の所有者も二千年間、この山奥の聖域には気づかなかったのだ。
祟りが発動した。
五
顧客二人の死亡と高機動殲滅艇の全滅を知り、地球の所有者であるツアーマネージャーはまずいことになったと思った。管理責任を問われ莫大な賠償金を請求されるかも知れない。悪くすると刑務所行きだ。取り敢えずやるべきことをやらねば。地球のアイテムを飾り立てたフロアでロッキングチェアーから司令スーツに乗り移り、触手を接続して緊急モードに入る。ツアー客達に避難指示を出した後、地球儀の立体映像で日本の該当地域を丸く指定し、消滅機構を作動させる。あらゆる分子構造を破壊するエネルギーが径七十キロメートルの空間を焼き尽くす、筈だった。ツアーコントロールセンターを衝撃が襲う。ダメージ状況報告墜落の危険あり避難推奨。消滅機構の不具合。破壊エネルギーの逆流警告。馬鹿な、何が起こったのか。いつの間にか傍らに神がいた。「ほりゃ」と神の掌がツアーマネージャーを叩き潰した。
神は壁に蹴りを入れた。それだけで、全長三十キロのレジャーコントロールセンターが一瞬で粉々になった。無数の破片が大気圏へ落ちていく。神は宇宙空間でそれを掻き集めた。地上でまだ狩りをしていたウーベラ星人に次々投げつけて即死させていく。遊覧爆撃船も巡回殺戮船も小型狩猟艇も全環境対応スーツもあっさりバリアーを貫かれ爆発した。理論的にはする筈もないのに爆発しまくった。地球の裏側にいる相手も見事な変化球で命中させた。六万の顧客は三十秒で全滅した。
「よくもオヤツを邪魔しおったな。わしのプリンをどうしてくれる」
神は怒り狂っていた。
ウーベラの宇宙艦隊が瞬間移動で到着した。敵が全長一メートル半、質量四十五キロもないことに戸惑っている十五秒の間に、百八十隻の戦艦が破壊された。司令官の攻撃命令が部下を通して兵器に伝わる二秒の間に十三隻が墜ちた。残りの全艦がメキシクル砲を一斉発射した。タイムラグなしに絶対座標上のあらゆる存在を抹消する最終兵器の一つだった。だが神は変わらぬ姿で浮かんでいた。
「プッチンプリンを返せ」
神の怒声は音のない真空を超えた。髪と髭を振り乱して神が飛んだ。生身で全長二千キロの旗艦をぶち抜き、その両腕には司令官を含めた数人のウーベラ星人が抱えられていた。神は司令官を投げた。軍服も勲章もそのままに司令官は流星となった。一直線に戦艦六隻を貫通し爆発させた。神が星人を投げる。戦艦に穴が開く。神が直接蹴りを入れる。戦艦がひしゃげ散っていく。神が戦艦の端を掴んで振り回す。全長八百キロの戦艦同士が衝突して爆発する。メキシクル砲もバリアーも空間歪曲技術も分子分解砲もプラズマ砲も素粒子エネルギー変換も重力波も全く通じなかった。神は平然と受け止めて傷一つ負わなかった。途中で現れた増援も含めて大小千七百隻の宇宙戦艦が五分で全滅した。
四万光年離れたウーベラの銀河系司令本部で長官は一旦増援を中止した。戦艦が沈められたのは三十二億年ぶりの異常事態だ。そんな不祥事が自分の代に起きたことを恨みつつ、母星ウーベラの最高議会に最終殲滅システムの発動を打診しかけたところで部下が言った。
「大変です。敵が本部まで来ました」
本部の壁が吹っ飛んだ。神は疾風となって駆け抜けながら長官と十六人の参謀と百二十人のオペレーターを残らず素手で叩き潰した。
「わしのプリンを返せ」
神がウーベラ星人の死体を投げる投げる。脳のはみ出た死体が二百五十枚の壁を貫通し、衝撃波で周囲を巻き込み一投げで千五百人殺した。ウーベラ星人が逃げ惑う。寝ていた軍人はベッドから慌てて起き出し触手を滑らせ転んだところを神に踏み殺された。神は機械や建造物の残骸をちぎっては投げる投げる。直径五万キロの巨大要塞は三分で機能不全に陥った。神が蹴る蹴る。駐留していた十一万隻の戦艦がまとめて潰れる。爆発爆発。全環境対応スーツや戦闘スーツを着て星人達が逃げる逃げる。それを神が片っ端から叩き潰す踏み殺す蹴り殺す投げ殺す。「わしのプリンを返せ」という神の怒号が宇宙を貫き十五万の星人を爆死させた。瞬間移動で一千光年先に逃げた星人も猛速で追いついた神に殴殺された。一兆六千億人いた司令本部のウーベラ星人は二十分で皆殺しにされた。
五十七億光年彼方の改造母星ウーベラでは最高議会が緊急会議を開こうとしていた。銀河系本部の壊滅という未曾有の事態に多くの議員が銀河系ごと消滅させることを提案した。ある科学者は敵生物を捕獲して研究したいと言った。別の科学者は敵の唱える『プッチンプリン』というものが何なのかをまず調査すべきと主張する。額の『大災厄』という言葉の効果を解明したいという科学者もいた。しかしまだ四千六百人の議員のうち千七百人しか揃っていない。ネットワークを通さず本体が会議室に集まって行うのが六十五億年受け継がれた伝統だ。全宇宙の七割を支配するウーベラ星人、その最高権力者である議長が到着した。入浴と化粧を済ませて正装であった。会議を開く前にまずはお気に入りのベンベルゲンジュースを持ってこさせる。直前に通った流星の組成に応じて成分を調整する、偶然性の高い味覚嗜好品だ。液体の入った容器に触手の一本を浸けたところで情報技官が言った。
「大変です。敵が母星まで飛んできました」
グワジャアッ、と会議室が潰れた全員即死した母星ウーベラが潰れた。五十七億光年を三分で飛んできた神が銀河系本部の巨大要塞を抱えて母星ウーベラにぶつけたのだ。三百七十種四千二百重に張り巡らされた超科学防衛システムをぶち抜いた、巨大な鉄塊と鉄塊の原始的ぶつかり合いだった。政治家も軍人も大富豪も科学者もアイドル歌手もサラリーマンも労働者も革命家もニートもホームレスも主婦も子供も皆まとめて死んだ。要塞が爆発した母星ウーベラが爆発したウーベラの太陽系が消滅した七十八兆の星人が死んだ。
「オヤツじゃ、プリンじゃ、プッチンプリンじゃ」
神が鬼の形相で無数の衛星を蹴り潰した。巨大戦艦の中に飛び込んで一億三千万の乗組員を瞬殺した。僅かな生き残りが宇宙船で逃げる逃げる。神が片っ端から殺す殺す。殴る叩く蹴る踏む投げる殺す殺す殺す。生身のウーベラ星人をどんどん投げて船を沈める戦艦を沈める惑星を爆発させる。二百兆人以上が死んだがウーベラ星人の拠点は全宇宙に散らばっておりまだ二千四百億の植民惑星があった。
「わしのプリンを返せえええっ」
神の怒りは収まらない。残りの星人を追って神が宇宙を駆ける駆ける駆ける。殺す殺す殺すとにかく殺す。脱出船を潰す戦艦を潰す要塞を潰す惑星を潰すついでに恒星も叩き消すブラックホールが出来る。宇宙船全滅爆発戦艦全滅爆発要塞全滅爆発惑星全滅爆発銀河全滅爆発。まだまだ星人が逃げる逃げる逃げ惑う。神が追いかけて手当たり次第に殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺しまくった。
六
唯一絶対超絶究極大殺戮神は帰宅した。完全に絶滅させたか確かめるのに手間取って、夕食の時間にちょっと遅れてしまった。それにしても今日は久々に良く殺した。額の『大災厄』も薄れてしまったので、また書き直してもらわないといけない。
夜空には変わらぬ星々が煌いていた。宇宙を随分荒らしてしまったが、その結果が光に乗って地球に届くのは数万年から数十億年後のことだろう。
「お帰りなさいませご主人様。今日の夕食はカレーでございます」
巫女のキリコが笑顔で出迎えた。
「カレーか。わしの好物じゃのう」
唯一絶対超絶究極大殺戮神は好々爺に戻り、顔の深い皺を笑みに変えた。