借時百万年

 

「すみません。ここ、いいですか」

「ああ。構わんよ」

「どうも。店員さーん。エール一つ、それから何か適当につまみも頼む」

「……それで、他のテーブルが空いているのにわざわざ相席するということは、私に何か用事でもあるのかな」

「そうですねえ。最初から、順繰り話しましょうか。昔、マトーカという村があったんです。当時の文明レベルは工業文明期で、自動車が普及し始めた頃でしたね。村には数台しかありませんでしたけど。田舎の村でした。人口は五百人いなかったかな。麦ばかり作ってましたよ」

「ふうむ。それで」

「俺はそこに住んでたんです。村に一つしかない酒場の長男坊でした。当時、十五か十六、でしたね。もう働かなきゃいけない年でしたけど、親の手伝いもたまにくらいで。同じ年頃のガキ共と一緒に周辺の森で遊んだり、弓矢で鹿を狩ったりしてましたね。付き合ってる彼女もいましたよ。一つ下で、村で一番の美人でした。平和なもんでしたよ。隣の国と戦争になってることは知ってましたし、実際に年上の男達は何人か徴兵されてましたが、まさかこんな田舎まで敵の軍隊が攻めてくるとは、思ってもみませんでしたからね」

「ということは、実際に攻めてきたのかな」

「ええ。隣の村が占領されたという噂が回ってきて、俺と仲間でこっそり確かめに行ったんですよ。燃えてましたよ、村。戦車……といっても当時のレベルでは装甲車に毛の生えたようなものでしたが、ズラリと並んで。住民の死体が積み重なって山になってて、生き残りがいるかどうかは分かりませんでした。占領した奴らは飯食ってましたね。その炎と死体の山と、平然と飯を食う兵士達の光景は、遊び暮らしてきた俺にとっては強烈でしたよ。残酷な世界の本質というものを見せられた気がして。それから急いで村に帰って、親父達と村長に報告したんですけど。結局大人もアタフタするばかりで、何も出来ませんでしたね」

「君の国にも軍隊はあったのだろう。防衛のための軍は来なかったのか」

「来ませんでした。後で聞いた話ですが、有利に戦うためにもっと奥地で待ち構えてたそうです。うちの村は普通に見捨てられてた訳ですよ」

「よくある話だ。どの世界でも、どの時代でも」

「ええ、よくある話です。ただ、違ってたことが一つあって。丁度その頃、うちが兼用でやってた宿に、変な旅人が泊まってたんですよ。仕込み杖持ってて、うちの裏庭で朝から晩まで素振りやってましたね。何してるのか聞いてみたら、修行だそうで」

「まあ、それは、変かも知れないな。文明レベルの管理された、銃器の普及した時代の一般人から見ればな」

「で、その旅人の素振りなんですが、最初は呆れるくらいゆっくりなのに、段々速くなるんですよ。速過ぎて、腕から先が見えなくなって、終いには凄いスピードで庭を駆け回って、何が何だか分からない感じでした。試しに岩の塊を斬ってもらうよう頼んだら、スライスしてくれましたよ。仕込み杖で、一ミリ厚くらいの綺麗なスライスを数百枚。当時はよく分からなくて、凄い人もいるもんだと単純に感心してましたね。そんな時に敵の軍隊です。大人達の話し合いは逃げるか降伏するかも決まらないし、首都に電報を打っても返事が来ない。降伏したって皆殺しになるだろうってことは薄々感じてましたね。で、俺は、旅人に頼んでみたんですよ。敵の軍隊をやっつけるか追い払うかして、村を守ってくれって」

「その旅人は、引き受けてくれたのかな」

「引き受けてくれましたよ。見せつけられましたよ。仕込み杖の細く薄い剣一本で、敵軍一万二千五百二十一人を皆殺しにするところを。嵐のような機関銃の猛撃を躱し、砲弾を切り落とし、戦車を細切れにして、戦場が死屍累々の血の海と化す。あの十七分間。俺の頭にこびりついていますよ。何千何万回、何億回となく思い返してきた」

「お嬢さん、すまんが私にもエールを頼む。……さて。その旅人はカイストだったのだろう。君にどんな報酬を求めたのかな」

「奇妙な報酬でしたよ。後払いの。旅人の言い分はこんな感じでした。自分の村を守りたいのなら、本来は自分でやるべきだ。でも、一般人の少年が強大な敵を前にして、土壇場で隠れた才能に目覚めたり、度胸と根性だけで勝てたりするような、そんな都合のいいことは現実には起こらない。強くなるには長い時間をかけて積み上げる、地道な修行が必要だ。だが、敵はもう目の前にいて、今から修行してもとても間に合わない。だから、時間を貸してやるのだ、と。旅人は俺の代わりに戦ってくれるが、俺は修行して、いつか同じことが出来るくらいに強くならねばならない。そして、嘗ての俺と同じような苦境に立った者を助けてやる。それが時間を返したということの証明であり、今回の仕事の報酬だ、とね」

「なるほど。面白い条件だったな」

「ええ、面白い条件でした。店員さーん、エールお代わり。それで、俺一人が戦場についていって、あの光景を見せつけられた訳ですよ。同じくらいのことが出来るようになるには、術や道具を使って工夫すれば数千年から数万年、まともにやれば数十万年。まあ、百万年も修行すれば大丈夫だろうと言われました。カイストの話を聞かされて、剣の修行の基本の基本を教えてもらって。転生した時に記憶を持ち越せるかが最初の難関だが、強い目的意識と根性があればなんとかなると言われましたよ。で、なんとかなりましたね。俺の名前はクムス・マトー。マトーは村の名から取りました」

「そうか。それで、当時の報酬は、払えたのかな」

「ええ。小集落や都市の防衛戦で、一万二千五百二十一人以上の敵兵を、一人で十七分以内に殲滅。条件に当て嵌まる戦いを、三千百七十二回。これで返せましたか、ストラスハルド」

「……」

「……」

「プッ」

「ちょっ」

「ブバハハハハハハ。ハハハハハハッ。ワーッハッハッハッ。ハハハハハハッ、ヒッヒィーイ、ワハハハハ」

「おっさん、笑い過ぎ」

「いや、すまん、ブハハハッ、すまん。おい姉ちゃん、この店で一番高い酒くれ。こいつにもだ」

「おっさん、いきなり口調変わり過ぎ」

「いやあ、悪い、我慢してた。むっちゃ我慢してたわー。そういやあの時もおっさん呼ばわりだったか。よく俺を見つけたもんだな」

「見つけたっていうか、何というか……。あれから百万年。今日が丁度その日だ。ファタズークの同じ惑星。二つあるガルーサ・ネット出張所のうち、当時のマトーカ村に近い方。予想通り、あんたはここで、俺を待っていた訳だ」

「ああ、そうだな、ワハハッ。確かに待っていた。楽しみに、待ち構えていたさ。確かに受け取った。あの時に貸した分、今、返してもらったぞ」

「そうですか。安心しました。フフッ。店員さーん、一番高い酒に合いそうな、高いつまみをくれ。二人分な」

「それから今ここで飲んでる奴ら全員に、一杯ずつエールをやってくれ。俺の奢りだ。……乾杯。うむ、美味い」

「乾杯。ストラスハルド。俺のこと、チェックしてたんでしょう」

「たまーにな。ガルーサ・ネットで動向を検索したり、噂を聞いたりな。直接見に行ったりはしなかった」

「会ってしまったら、もし手助けなんかしてしまったら、俺の努力の価値が下がる。そういうことですかね」

「まあ、そういうことだろうな」

「ところで、あの時。大変だったんじゃないですか。文明管理委員会のペナルティ。この星、いやこの世界が委員会の管理下で、カイストが余計なことをするのは禁じられていると、後になって知りました。一人で一万の軍を殲滅なんて、下手すると無限牢行きじゃないですか」

「そうだな。委員会の仕事をそれなりに受けて貢献していたから、大目に見てくれるだろうとは思ってたんだがな。敵を皆殺しにしたのは後で辻褄合わせしやすくするためだ。だが、無限牢を造ってからの委員会は調子に乗って……いや、厳しくなってきてるからな。労役だけで済んだが、コネがなかったら割と危なかった」

「山火事で全滅したってことになったんですね、あれ。向こうの国は新兵器とか疑ってパニックになって、休戦のきっかけになったみたいですけど」

「まあ、それはいいのさ。で、そっちはどうだったんだ。村を守った甲斐はあったか。恋人とはうまくいったか」

「いやあ、それが、ですねえ……。半年で別れちまいましたよ。俺が一日中剣ばかり振ってるんで、愛想尽かされました。家業の手伝いもしないから親には勘当されるし、仲間にも馬鹿にされるし。誰も俺の話を信じてくれませんでしたよ。何度でも生まれ変わる戦士なんている筈がない。百万年かけて借りを返すとか、アホか、と。お前らを守るために俺が借金背負ったようなものなんだけどなって、あ、借金じゃなくて、修行の分の時間を前借りしたんだから借時、ですね」

「ワハハ、そりゃあしょうがないな。それでも百万年、よく続けてきたもんだ。姉ちゃーん、お代わり。こいつにも。それからまたつまみも」

「色々ありましたよ。色々と。沢山負けましたし、無駄骨も折ったし、裏切られました。でも、たまに、本当にたまーに、良いこともあるんですよねえ。昔の自分みたいな奴を助けたら、自分自身を救ったような気にもなったり」

「そうか。今後もカイストを続けるか」

「そうですね。やめられませんよ。面白くて。……ところで、ストラスハルド。俺の時みたいに、色んなところで貸してるんでしょう」

「ああ、貸してるぞ。割と貸しまくってる。あちこちでな」

「どうです。実際に貸した分が返ってきたことって、どのくらいあります」

「滅多にない。本当にな。十万回に一回、あるかないか、てなところだ」

「それは……少ないですね。カイストの道は茨道って訳ですか」

「いや、そもそも最初の転生で失敗する者が殆どのようだ。転生前に修行をやめてるのも多いしな。モチベーションの問題なのだろうな」

「危険が去って、取り立て屋が来ないなら、わざわざ返そうとも思わないってことですかね。ま、殆どの人間はそういうもんですよね」

「そう。カイストをやってても、報われることは滅多にない。だが、報われた時は、その時は本当に、嬉しいんだよなあ。姉ちゃーん、酒お代わりね。……あああああもういいや。おーいみんな、今夜は俺の奢りだ。好きなだけ飲み食いしろや。お大尽だああああ」

「ちょっ、おっさん、はしゃぎ過ぎ」

「ヒェッヘーイッ」

「おっさん、テーブルに乗るな。あっ脱ぐな。は、裸踊りすんなよ。これでも師匠と思ってんだぜ、ああ、やめろイメージが壊れる、うわっプ、プロペラみたいに回すな、やめろおおおおお」

「ヒャッホーイッ、ヒャヒャヒャヒャッホーイッ」

 

 

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