ニートテロ

 

 ニートは資源だ。

 消費者になり、監視者になり、正しい情報を集める調査官になり、ブレーンになる。いざという時は食糧にもなってくれる。

 そして、鉄砲玉にもなるのだ。

 

 

  一

 

NEETS(New Eccentric Efforting Truth Seekers)掲示板

<37>民主経世党前幹事長手嶋登について

 

1.カラス 2012/2/18(土) 22:15:41 ID:66Xpu13A

 最近不倫問題で騒がれている手嶋登衆議院議員についてのスレです。不倫よりも中国への莫大な資金援助政策や裏金疑惑の方が重要だと思っています。

 

3512.匿名ニートさん 2012.7.12(木) 3:02:11 ID:fu70Vs2K

 >>3428

 ソース確認出来ました。2002年3月16日の中華愛国日報紙に手嶋登と龍周義の非公式会見の記事ありました。笑顔で握手している写真もついてますから、会ってないという言い逃れは効きませんね。スキャナで取り込んだ画像も貼っておきます。

 http://neetneet.net/upload/186922.jpg

 

3513.匿名ニートさん 2012.7.12(木) 3:18:58 ID:iK7HbgT5

 >>3512 中華愛国日報ってどうなの?

 信頼出来る?

 

3514.匿名ニートさん 2012.7.12(木) 3:41:15 ID:fu70Vs2K

 >>3513

 2007年に大粛清があって編集がごっそり変わったみたいですが、それまでは信頼性高かったようです。詳しくは「世界の報道クオリティ」サイトでご確認下さい。

 

3515.匿名ニートさん 2012.7.13(金) 8:06:47 ID:T8oYomiF

 日本のマスコミは粛清ってないね。それだけ日本が平和なのか。それともマスコミが政府の言いなりってことか。

 政府の代わりに粛清してくれる人が必要なんじゃないのwww

 

3516.暗黒ジャッジ ◆kI13lFHe1L 2012.7.15(日) 21:35:11 ID:HuM02Kd2

 ではそろそろ結論を出しても良いかと。

 1)第二秘書との不倫は事実。それから2006年に三十代女性とラブホテルに入った件も確定です。ただし、政治家の本分は政治ですから、この辺は飽くまで付加的要素と考えます。

 2)中国への環境汚染対策名目の二兆五千億の資金援助、海底油田共同開発の大幅な譲歩、南京大虐殺の三十万人を認める発言、中国に進出した日本企業が先端技術を提供せざるを得ない制度を承認して技術流出を促したこと、中国の毒入り食品事件における一方的な譲歩とマスコミを使った隠蔽工作、などに手嶋登が関与し、しかも彼の関与は日本の国益に結びつかないことは事実と確定された。

 3)五百億円を超えると推定される裏金の多くは、中国系企業を介した中国政府からの工作金であることがほぼ明らかとなった。これはマスコミが報道した断片と、表で調査可能な事実を組み合わせたものであり、完全な確定ではない。ただし、限りなく黒に近い灰色である。

 4)尖閣諸島と沖縄を中国に売り渡す密約については、デマの域を越えられず、事実とは確定されなかった。

 5)裏金をすっぱ抜いたフリーライター・鈴橋研吾の変死と自宅が荒らされた件については、警察の主張する自殺ではないことが事実と確定された。それにより、口封じと証拠資料回収のために手嶋登が動いたことが、完全な確定ではないものの非常に強く疑われる。

 

 主な点は以上ですが、最も重要なのは2)であり、それに3)と5)を加えれば判断材料としてはもう充分と思います。

 よって、民主経世党前幹事長手嶋登を有罪と判決します。

 

3617.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 21:41:16 ID:jo90g6Tb

 おっ、ジャッジが出たね。有罪だね。

 

3618.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 21:46:18 ID:7YjkRw3f

 とうとう出ましたねえ。これで決まりか。

 久々の大物じゃないかな。

 

3619.(この書き込みは犯罪を教唆する内容であったため削除されました) 2012.7.15(日) 21:47:35 ID:5nB56YQo

 

3620.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 21:49:05 ID:w39lK8MT

 >>3619

 馬鹿だな。それとも工作員?

 

3621.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 21:50:22 ID:duoEv4C6

 工作員かもなw

 いまだにサイト潰そうとしてる奴いるんだww

 非常食さん、逆にその書き込み通報しちゃったらどうです? 民経党の工作員ってばれるかもwwwww

 

3622.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 21:56:46 ID:88G65Fds

 あっ、消されたね>>3619

 ということはあれも来るかな

 

3623.非常食(管理人) ◆n.eEt9ssZn 2012.7.15(日) 22:03:08 ID:Roc6GqI0

 ニートの皆様、お疲れ様です。非常食です。

 今回暗黒ジャッジさんの『判決』が出ましたので、改めて当サイトの方針を表明しておきます。

 当サイトの目的はマスコミが報じない様々な真実を究明することであり、実際の犯罪を教唆・扇動することではありません。皆様が掲示板に書き込まれる内容も、当サイトの方針にそぐわないものは削除或いは移動することで対策しています。

 皆様にはどうか冷静な判断をお願い致します。

 

3624.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 22:05:58 ID:Ud6gy8aS

 出た!

 管理人のお墨付き!

 

3625.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 22:05:58 ID:0o7Bnd22

 おめでとうございます。有罪確定ですな。

 

3626.カラス 2012.7.15(日) 22:14:38 ID:5un9Ld1a

 結論が出ましたね。協力して下さった皆様、どうもありがとうございました。

 日本のより良い未来を祈っております。

 

3627.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 22:18:47 ID:qmIU6VG7

 手嶋登大先生、有罪確定記念カキコ

 

3628.(この書き込みは荒らし行為と判断されゴミ溜めに移されました) 2012.7.15(日) 22:23:14 ID:34Kbs2xA

 

3629.(この書き込みは荒らし行為と判断されゴミ溜めに移されました) 2012.7.15(日) 22:24:26 ID:6viKopa1

 

3630.(この書き込みは犯罪を教唆する内容であったため削除されました) 2012.7.15(日) 22:28:01 ID:7784vgtR

 

3631.匿名ニートさん 2012.7.15(日) 22:41:55 ID:duoEv4C6

 運営も大変だなwww

 

3632.(この書き込みは荒らし行為と判断されゴミ溜めに移されました) 2012.7.15(日) 22:48:59 ID:Ed4FplkK

 

 

  二

 

 七月二十八日の博多駅は朝から張り詰めた空気に包まれていた。出入りする大勢の乗客に混じって、数百人もの警官が見回りを続けている。彼らは不安を押し殺した厳しい表情で、行き交う人々を観察していた。また、人々の方も列車に乗る用事ではないのか、妙に期待しているような様子で周辺をうろつく者が多い。

 駅の入り口には『福岡県知事選挙 草上かずのり候補の応援演説に手嶋登前幹事長来福 7/28(土)午後一時半より』という立て看板が並んでいた。それを眺めてニヤニヤしている若者達がいる。見咎めた警官が職務質問を仕掛けるが、彼らは笑みを深めて穏やかに応じるだけだ。警官の顔に苛立ちが滲んでいた。警察も頑張っているが、とても手が足りなかった。怪しげな若者達は百人以上いたのだ。

 彼らは『デコイ』だった。わざとらしくこの暑い時期にロングコートを着たり、大きな袋やリュックサックを持っていたり、濃い色のサングラスやマスクで顔を隠したりして、意図的に怪しさを演出する若者達。職務質問や持ち物検査を受けるのは彼らの狙い通りであり、特に危険な凶器などは携帯していなかった。

 それとは別に、頻繁にデジカメで撮影している者達がいた。彼ら『レポーター』は普通の服装で、応援演説の行われるであろう西側の博多口よりもやや離れた場所をキープしていた。ニヤニヤして警官の手を煩わせる若者達を、彼らもまたニヤニヤしながら撮影していた。

 正午を過ぎるとそういう奇妙な者達は更に増え、新幹線で到着したばかりらしい男達が慌ただしくデジカメで撮影したり、大きな鞄を提げて警官の前を往復したりしていた。警官達は疲弊した顔でしらけた視線を交わしつつも、仕方なく適当に職務質問をしている。彼らの殆どがデコイであることは警察も分かっている。だが、本命はその中に紛れているのだ。

 ある若者は、シャツをまくり上げると胸と腹に鉄板を結わえつけていた。

「何だね、これは」

「最近物騒ですから。万が一撃たれたりしても生き延びる確率が上がりますよね」

 ニヤついて答える若者は、防弾仕様のシューティンググラスを掛けていた。

 午後一時、博多駅前の群衆は五千人を超えていた。民主経世党支持者や有名政治家を見てみたい興味本位の者達がメインだが、一割ほどはデコイやレポーターが混じっていた。たまたま通りかかった人は立て看板を見て何が起こりつつあるかに気づき、距離を取って見物する者と足早に去る者に分かれた。警察は車の通行止めまで行っていた。起こり得る何かに備えて警官達の顔は緊張に引き締められ、人々の顔にも不安と奇妙な期待が滲んでいた。そんな博多駅の様子を、マスコミの取材陣も撮影している。

 午後一時二十五分、騒ぎが発生した。ゴルフバッグを肩掛けした三十代の男が持ち物検査に抵抗しているのだ。取り囲んだ警官達は「見せなさい」と男の腕を掴む。男は公務執行妨害を取られることを用心して自分から警官の手を振り払ったりはせず、バッグを抱えしがみついたまま動かない。自然と人々は離れ、遠巻きに見守っていた。撮影している若者達は「デコイだろ」「多分」などと言い合っている。

 十分ほどごねた後で男はいきなり「いいですよ」と言って自らゴルフバッグを開けた。数本のゴルフクラブが収まっているだけだった。警官達は安堵の表情を浮かべつつも「人騒がせな」と怒り、男は「でもですね、職務質問というのは任意なんですよ。拒否する権利があるんですよ」と冷静に反論した。

 騒ぎのために予定より遅れて午後一時四十五分、イベントが開始された。駅前に止まった大型ヴァンは数十名の警官が囲み、市民の接近をブロックしている。屋根に演説壇が設けられており、まず係員が登った。数千人の注視。周囲のビルの屋上からも警官が見張っていた。

 福岡県知事立候補者の草上かずのりと民主経世党の手嶋登が同時に壇に現れると、盛大な拍手と歓声が起きた。支持者達の笑顔と、何かを期待している奇妙な若者達の笑顔。

 女性の係員が二人の紹介を済ませ、マイクをまず手嶋登に手渡した。再び巻き起こる拍手に手嶋は深く一礼する。彼は背の高い痩身の男で、六十才を超えても洗練されたファッションと時折送る鋭い流し目で自身のダンディズムを演出していた。自己顕示欲と冷酷さを仮面の笑みで塗り固めた、典型的な政治家を体現する一人だった。

「福岡の皆様、こんにちは。手嶋登でございます」

 拍手を送る人々を満足げに見回し、手嶋は続けた。

「このお暑い中、私共を見に来て下さった皆様にお礼申し上げます。博多駅を占拠してしまい、他の用事で来られた皆様には申し訳ありません。折角ですから足を止めて頂き、私共の声に耳を傾けて頂ければ幸いです。あ、ご声援ありがとうございます。本日は私のための選挙演説でなく、隣の草上かずのり氏のための応援演説ですので、私へのご声援は程々にお願い致します」

 大勢の笑い声が応えた。反応の良さに手嶋が満足げな笑みを浮かべたところでちょっとした騒ぎが起こった。聴衆のやや後方にいた一人の若者が大声で呼びかけているのだ。

「手嶋せんせーいっ、手嶋先生っ」

 手嶋は眉をひそめた。数人の警官が人込みを掻き分けて若者に近寄っていく。人々の目とカメラが若者に集中する。

「手嶋先生は、売国奴なんですかあーっ」

 にこやかに手を振りながら若者が叫んだ。その肩と腕を警官が素早く押さえた。

「あれっ、何するんですか。僕は質問してるだけ……」

 若者は抵抗せずただ笑っていた。と、今度はヴァンの方でどよめきが上がった。壇上の手嶋と草上が身を屈めている。皆の視線は一斉にそちらに移った。

 壇上の者達が落ちないよう設けられた柵……手嶋と草上の名前が並んだ幕に、細い針金が一本突き立っていた。後端の傘状の矢羽は吹き矢の証だ。先端側には紫色の液体が塗られていた。若者達が興奮した様子で指差している。

「やった」

「ランナーだ」

「外した」

「ランナーだよね、デコイじゃないよね」

 吹き矢を放った『ランナー』はスーツを着た二十代後半の男だった。背中に隠していた長さ七十センチほどの鉄パイプを筒に使ったのだ。かなり練習したのだろう、取り出して矢を吹き込むまでの動きは素早かったが、外したのは風のためか、それとも本番の緊張故か。

 男の目は異様な高揚と歓喜に輝いていた。二発目の矢を装填しようとするが、数人の警官に凄い勢いでタックルをかまされぶち倒される。近くにいた人々は慌てて引き下がり、『レポーター』と取材陣のカメラは興奮して撮影を続けた。ヴァンの上の主役達は柵から顔を覗かせて、襲撃者の捕縛に安堵の息をつく。

 皆が吹き矢男に気を取られていたその時、二番目のランナーが駆け出したのだ。三十代前半と思われるその男は肩掛けしていたビジネスバッグを外し、ヴァンに向かって突進した。気づいた警官が押し止める寸前に男はバッグを投げた。警官達の頭上を越え、地面に落ちたバッグはヴァンの下に滑り込む。警官に倒されながら、男がリモコンのボタンを押した。

 爆発。ヴァンが一瞬浮き上がり、囲んでいた警官達がランナーごと吹き飛ばされた。男は自身の死も覚悟していたのだろう。爆炎に焼かれ宙を舞いながら、彼は満足げな笑みを浮かべていた。

 変形したヴァンは一度大きくバウンドして、ゴロリと横転した。二人の政治家は投げ出され、人々の前でみっともなく四つん這いとなる。まだ何も発言出来ていない草上は、強打した右膝を押さえて泣きそうになっていた。手嶋は威厳を保とうとすぐ顔を上げるが、動揺と痛みをこらえているのは明らかだ。

「手嶋先生、大丈夫ですか」

 フラフラと歩み寄った若い男が左手を差し出した。彼もまた顔に火傷を負っていたが、自分の怪我よりも手嶋のことが大事らしい。

「大丈夫だ。これしきのことでへこたれる私ではないよ」

 無理に笑みを作りながら、手嶋は男の手を取った。その腕に、男の右手が握る注射器の針が突き刺さった。内容物が一気に注入される。

「うっ、な、君は……」

 驚愕が手嶋の鉄面皮を引き剥がす。三番目のランナーは、爛れた顔で微笑を浮かべていた。警官達が男を押し倒すが、既に注射器は空だ。

 手嶋登の眼球が裏返った。そのまま力なく崩れ落ち、動かなくなる。博多駅前は逃げ出す人々と、歓声を上げるデコイ、嬉々として撮影を続けるレポーター達でカオスと化した。

 

 

  三

 

 ニートテロリズム〜社会に失望したネット世代の新しい革命

   社会学者 木川光治

 

 1960年代、若者達は理想に燃えて団結し、ゲバ棒と火炎瓶を武器に闘った。だが現代の若者達はインターネットを武器にする。

 NEETSというサイトがある。文字通り大勢のニートが集まってくる。掲示板では特定の著名人や政治家、実業家などの対象ごとにスレッドが立てられ、ニート達があり余った時間と手間を注いで書き込んでいる。

 そのテーマは、対象が善か悪か――或いは、社会にとって有害かどうかだ。彼らはマスコミを偏向報道と断じ、印象操作に満ちた記事から客観的事実のみを抽出する。世界中のメディアの記事を翻訳してデータを補完し、一部の有志は図書館や役所、事件の現場に赴いて情報を集めてくる。それらが掲示板上で次々に提示され、吟味され、真実を浮かび上がらせるために練り込まれていく。調査と議論を続ける彼らは『リサーチャー』と呼ばれている。

 事実関係がある程度明らかになった時点で『ジャッジ』が登場する。これは数が少なく、特に暗黒ジャッジという固定ハンドル(自分でつけた本人識別のための綽名)の者が判決を書き込んだ時のみ、最終結論と皆に解釈される場合が殆どである。対象が、悪であるか否か。悪であると結論づけられた時、ニート達の一部が立ち上がる。

 対象のスケジュールを掲示板に公開する者がいる。しかしこれはインターネット上や新聞、機関紙などで普通に公開されている内容であり、特に違法な機密情報ではない。それを見たニート達は計画を立てる。

 現場で最初に動くのは『デコイ』と呼ばれる役割のニート達だ。彼らは比較的安全な立場のため、判決が下りるたびに毎回参加する者もいるらしい。襲撃を予想して警戒している警察官の目に留まるように、わざと怪しげな服装をして怪しげな言動を見せつけるのだ。警察は彼らの職務質問に時間と注意力を削がれ、次の『ランナー』が行動を起こしやすくなる。

 実際の刺客――暗殺者、襲撃者、実行者などではなくどうして『ランナー』と呼ばれるようになったのか、正確な由来は不明のままだ。一説にはネットで公開された襲撃映像のBGMに某バンドの同名曲が使われていたためとされている。彼らは、NEETSの掲示板で出た結論を信じ、悪を罰するために命懸けで実行する。彼らの使う道具は様々だ。テロの頻発で警戒が厳しくなってからは通常の刃物は減った。威力から成功率は高いものの、周囲の人にも被害が及ぶことから手製の爆弾やダイナマイトはあまり好まれない。よく使われるのは毒を塗ったボウガンや吹き矢だ。自然毒であるトリカブトやフグ毒が使われるが、注射器で直接皮下に注入する場合はシアン化合物やフッ化水素も用いられるようになった。民主経世党前幹事長の手嶋登もいざという時のため医師が待機していたが、ほぼ即死であったという。他には改造モデルガンや、違法なルートで入手した実銃が使用されることもある。

 そして、暗殺の一部始終を記録するのは『レポーター』の役割だ。彼らはデジタルカメラやデジタルビデオカメラを持参し、イベントが始まる前から撮影を続けている。彼らは動画を無料動画公開サイトにアップロードする。ニート達は罰せられる悪人の様子に快哉を叫び、『ランナー』の勇姿を褒め称えるのだ。

 このニートテロリズムには、これまでの宗教や思想犯、政治結社によるテロと明確に異なる点がある。彼らは一見うまく連携しているように思えるが、実際には全く共謀していないのだ。NEETSの掲示板では所謂事実に即して悪かどうかの判定は行われるが、悪人を殺すことを呼びかけている訳ではない。逆に殺人や犯罪行為を煽るような書き込みは速やかに削除されている。対象の行動スケジュールを書き込む者も、暗殺を促すような言葉はなく飽くまで事務的な告知に留めている。凶器となる爆弾や毒物、改造銃の作成法についてはやはりインターネット上の様々なサイトで『違法性のない知的好奇心を満たすためのノウハウ』として公開されているか、日本政府の規制の及ばない国外のサイトが参考にされる。『デコイ』も『ランナー』達もごく一部の親しい者同士を除き、互いに連絡を取り合ったり待ち合わせしたりはしない。逮捕された『ランナー』達は皆同じことを言う。自分一人の判断で実行したものであり、誰とも共謀してはいない、と。『デコイ』達もテロ実行犯をサポートする意志などなく、怪しげな服装や言動は、ちょっと目立ちたかっただけだと平然と答える。そのようなノウハウが、インターネット上にばら撒かれ、提供されているのだ。

 いつの間にかインターネット上に、一種の暗黙の了解のようなものが出来上がってしまった。所属する組の名を出さず「誠意を見せろ」と迫るヤクザのように、彼らはある意味巧妙に空気を読み、「そういう意図はない」として公開された情報を利用する。結果的に連携と役割分担がなされているが、彼らは組織や団体ではない。

 それ故に、既存のテロ対策のための法律やシステムが通用しなくなっている。明確な首謀者もおらず、厳密な意味でテロを煽った訳ではないためNEETS管理人や暗黒ジャッジも逮捕されることはない。NEETS管理人は書き込んだ者に関する警察の情報提供を、一部の悪質な書き込みを除いて拒否している。ただし、情報提供したところで何も解決はしないだろう。掲示板にアクセスするニート達はおそらく何十万人もいるのだから。NEETSに対する社会的な風当たりは強く、サイトを閉鎖すべきという声も多い。しかし、既にインターネット上にノウハウは出来上がっている。NEETSが閉鎖されたところですぐに他のサイトの掲示板で同じやり取りがなされ、無数の匿名ニート達が判決のための議論を続けるだろう。ならば中国のように、インターネットの政治的な書き込みを全て規制すべきなのか。それを日本で敢行するには、言論の自由を侵すとして各方面から多大な非難を浴びることになろう。

 この現代のテロリズムに、日本政府はどう対応すべきだろうか。一つ確かなことは、インターネットを規制したところでどうにもならないということだ。学生運動以後、日本人は殆どデモもしなければテロもしなかった。お上にお任せして愚痴るだけの所謂善良な国民だった。おそらく、日本政府はそんな国民を甘く見て、胡坐をかいてしまったのだろう。国民の不満は蓄積していた。そして、守るべきものを持たないニート達が、真っ先に行動に出たのだ。彼らは死を怖れない。社会から脱落し、家族からも白眼視される彼らには失うものなどないのだ。既に「死んだ方がまし」という状況なのだ。それは、『ランナー』の自爆の巻き添えで負傷した『デコイ』や『レポーター』達が不満を訴えないことからも窺える。きっかけを得た彼らは、もう止まらないだろう。

 私は日本政府には、インターネットの規制よりもニート対策を期待したい。それはニートを抹殺することではない。彼らに正当な報酬の得られる職を与え、人間としての自尊心を回復させ、人生に希望を持たせることだ。社会のルールに従って生きることに価値を見出させることだ。それが最もシンプルで、根本的な解決であろう。今の政府が出来るかどうかは知らないが。

 尚、テロリズムに熱狂しているニート達にも、私は一つの忠告をしておきたい。遅かれ早かれ、君達が罰するべき標的は地下に潜るだろう。大衆の前で演説をすることがなくなり、スケジュールも明かさなくなる。演説はテレビやマスコミを使って行うか、君達のようにインターネットを使ってメッセージを伝えることになるだろう。そして、本当の悪人は、闇に隠れる。名も素性も知られず、陰の黒幕として表の傀儡達に指示を出すことになろう。君達の行為は徒労に終わる。

 今の社会構造に欠陥があることは皆分かっている。しかし、ならばどうすれば良いのかという答えを誰も持っていない。このニートテロリズムの行く末がどうなるにせよ、私にはそれが残念だ。

 

 

  四

 

 立倉一三は午後一時過ぎに目覚めた。昨夜は資料の検証に熱中していたため、寝ついたのが午前七時だった。

 体の節々が痛む。大きく伸びをしてから一三は身を起こした。

 誰も入れない一三の砦であり一日の九割五分を過ごすこの部屋は、六畳ほどの広さがあった。ベッドに本棚二つに飾り棚一つ、テレビ台にパソコンデスクでちょっと狭苦しく感じるが、起きている間は大概パソコンに向かっているだけなので気にならない。テレビは批判の材料にするためにニュース番組を観る。古いゲーム機があるが、遊ばなくなってから何年も経っていた。スナックの空袋なんかはちゃんとゴミ箱に捨てているし、同類に比べたら綺麗な方ではないかと一三は思う。

 このちっぽけな部屋が一三の世界……ではない。一三の世界は広大なインターネットだった。そこには姿は見えないものの大勢の人々がいて、一三を温かく迎えてくれる。一三の書き込みに歓喜し、賞賛してくれる。一三の書き込みで何百人もの人々が動き、世界を変革してくれる。一三はふと、俺は神かも知れないと思う。いや、いけない。自制しなければ。ネット上で下手な振る舞いをして転落した者は多い。細心の注意を払って今の地位を維持しなければ。

 急に空腹を覚える。朝食となる昼食のことを考えて、一三は充実した気分がしぼんでいくのを感じた。カップ麺。この俺の食事がただのカップ麺とは理不尽ではないか。

 暗黒ジャッジのこの俺が。

 インターネットでは神と崇められているのに、どうして現実の俺はこんなに惨めなのだろう。一日に何十回も浮かぶ疑問。パソコンに向かっていない間は特に考えてしまう。

 一三の人生は何処でおかしくなってしまったのだろう。国立大の法学部に入ったまでは順調だったのに。中学も高校も優等生だった。自分では勉強しているつもりだったが、他のクラスメイトには塾にも行ってないのにどうしてこんな点数が取れるんだと驚かれた。彼らの羨望の視線の裏に、一三はどす黒い嫉妬を感じ取っていた。人間なんてそんなものだと思っていた。糞汚い人間関係の泥沼に足を踏み入れたくはなかったが、ある程度割り切って生きていくしかないとも思っていた。そのためにも余裕のある立場が欲しかった。嫌な上司に苦しめられたりせず、卑屈にならずに生きていける仕事が。一三はそれを手に入れられると思っていた。弁護士か検事か、具体的なイメージは湧かなかったが、自分は大丈夫だと思っていた。

 なんとなく、居心地悪さを感じ始めたのは、いつからだったのだろう。酒を飲んで気持ち良くなるなんてただの逃避だと思いながら、新歓コンパの馬鹿騒ぎを傍観していた時か。休み時間、どうして人を殺してはいけないかの持論を熱っぽく語ってしまい皆に引かれた時か。最前列の席で講義を受けるだけの日常を一三が送っていた間に、他のクラスメイト達がそれぞれグループを作って大学生活を満喫していることに気づいた時か。一三は急に怖くなったのだ。社会に出て人間に触れることが。学年が進むごとに恐怖は強くなり、四年の春には精神科に通院するようになっていた。一旦講義を休むと大学に行くのが益々怖くなった。後ろめたさから、数少ない友人とも連絡を取らなくなった。誰もが自分を非難しているように見えて、一三は次第に外出も出来なくなった。そしてもう二十九才。もう、二十九才なのだ。

 いや、考えるのはやめよう。一三は首を振った。まずはメシだ。気分的にコッテリしたものが欲しくなり、隅に積んだカップ麺のうちとんこつラーメンを選ぶ。電気ポットから湯を注ぎ、出来上がりを待つ間にパソコンに向かった。睡眠中も電源は切らない。スクリーンセーバーは、暗黒ジャッジとしての書き込みのキャプチャー画像をスライドショーにしていた。これを見ていると一三の落ち込んだ心も癒されていく。マウスに触れてスクリーンセーバーを解除し、すぐにブラウザを更新してNEETS掲示板をチェックした。一三が今注目しているのは著名な政治評論家・里見史郎についてのスレッドで、一千万を超える裏金を貰って与党擁護していた件が大詰めに近づいている。だが暗黒ジャッジとして有罪判決を下すには今ひとつという感があった。死に値すると皆が納得するだけの、もっと決定的な悪事が必要ではないか。

 幾つかの無価値な書き込みや削除された書き込みに紛れて、新しい情報が提示されていた。里見は与党の経済政策を全面的に擁護していたが、五年前の週刊誌のコラムで、正反対の政策を提案していたというのだ。スキャンした記事の画像も貼られていた。内容を一通り読む。

 さて、どうだろう。出来上がったカップ麺を食べながら、一三の思考は巡る。里見の悪の証拠として使えるだろうか。画像が捏造という可能性もあるが、週刊誌のバックナンバーを調べれば分かることだから、もし捏造なら今日中に誰かがチェックして突っ込みを入れるだろう。問題は、五年前の経済事情と現在とは違っているであろうことだ。これは一三には判断出来ない。経済学部出身のニートに任せるしかないだろうが、一三もある程度は勉強しておくべきか。今日の予定はこれで決まりだ。

 暗黒ジャッジはここぞという時にしか書き込まない。そうでなければ判決の重みがなくなってしまうからだ。判決以外では匿名で議論に参加することも考えたが、もし暗黒ジャッジだとばれたら大変なことになってしまう。判決の中立性と権威が失われてしまうのだ。だから一三は突っ込みを入れたいことがあっても自制する。自らを高みに留めるために。しかし、書き込まなくても勉強は必要だった。高校や大学時代よりも熱心に勉強しているような気がする。主にインターネットを使ってのものだが。

 カップ麺の空容器を入れるとゴミ袋が一杯になった。一三は部屋を出た。トイレを済ませたついでにゴミ袋を勝手口まで持っていく。

 リビングで母が掃除機をかけていた。互いに目を合わせず、おはようの挨拶をすることもなく通り過ぎる。何も感じない。そう、俺は何も感じない。一三は自分に言い聞かせる。一三はゴミ袋を置き、ついでにペットボトルに浄水器を通した水を入れて持ち帰った。

 砦に戻る。部屋のドアは内側からロックする。一三が外出している間に家族が室内を漁らないように、二年前に自分で取りつけたものだ。鍵は一三しか持っていない。

 NEETSにハマッてから、一三はたまに外出するようになっていた。図書館や本屋で資料を探すためと、必要なものを買うためだ。引き篭もりではいけない。ニートにも行動力が必要な時代になったのだ。

 一三は椅子に座り、前傾姿勢でパソコンに向かう。全てのスレッドの新規書き込みをチェックし、更に他のニートサイトも巡回しておく。『考えるニートの広場』や『無X職』も書き込みの多い掲示板サイトだ。ただし『無X職』の方は管理人がややラジカルで、テロへのあからさまな賞賛をブログに書いたりしている。それがニート達を惹きつけている面もあるのだが、おそらくニートテロリズムの微妙なバランスが崩れて大弾圧が始まるとすれば、きっかけはこのサイトになるような気がする。一三としては今の状況がずっと続いて欲しいのだけれども。

 気になるスレッドはブックマークしておき、今後もフォローしていく。政治家、芸能人、ジャーナリスト、新聞社、大企業。誰がどんな決定をしたか。それは日本と社会のためになるのか、それとも悪なのか。その証拠はあるのか。別の誰かが提示する。更にそれへの反論。一三が知っていて突っ込める事柄もあったが、やはり自制する。他の誰かが指摘するだろう。工作目的の捏造情報は一日も経たずに看破される。ネット上にノウハウが構築され、皆簡単には騙されなくなっている。特に、ネットに浸かる時間の長いニート達は。「ネトウヨ」と罵倒する書き込みがあった。これは久々だ。ネット右翼を指すこの侮蔑語は、去年辺りから目にすることが減った。ネットだけの右翼でなく、現実に実行する右翼になってきたせいなのだろうか。

 『考えるニートの広場』の管理人は荒らしへの対応が遅れがちだ。特に日中はそうだ。もしかして管理人はニートじゃなくて働いているんじゃないのか。サイトに企業広告を貼って儲けようとすると途端にニート達から非難されるから、有名どころのサイトは何処も控えている。でもそれってどうなのだろう。ニートから脱却出来る一つの手段なのに、他のニート達が足を引っ張って邪魔する訳だ。

 一三はふと思う。正義のため、日本の未来のためとか言っているが、自分達はただ憂さ晴らしをしているだけなのでは。

 いや、そうではない。そういう者もいるだろうが、多くは本気で頑張っている。日本の未来を良くしようと、社会に貢献しようと、真剣に、冷静に。彼らの顔も名前も知らないが、一三は自分の同類である彼らのことを誇りに思っていた。

 インターネットは素晴らしい。ここには全てがある。

 高揚した気分で里見史郎の資料を読んでいるうちに、いつの間にか午後七時を過ぎていた。儀式の時間だ。一三は気を引き締める。

 少し遅れるくらいが丁度いい。一三はもう五分ほど待って部屋を出た。

 ダイニングでは三人が夕食中だった。両親と妹。リビングではつけっ放しのテレビがくだらないバラエティ番組を流している。

 三人は入ってきた一三の方を見ず、黙々と食べ続けていた。妹も二十六才にもなって仕事もしているのに、まだ家を出ていかない。いや、それは一三が非難出来ることではないが。

 一応、一三の分の食事も用意されていた。今日のメインは生姜焼きだ。この数年、おかずを一品くらい減らして嫌がらせしてくるかと思っているのだが、今のところそれはなかった。

「いただきます」

 一三は食べ始める。夕食を自室に持っていかないのも、返事が来ないのは分かっているのに「いただきます」だけは言うのも、一三のちょっとした意地のようなものだ。彼らが一三に話しかけず、それでも一緒に食事することを黙認しているのも、もしかすると意地なのかも知れない。それと諦めと。彼らは一三が挫折するまでは愛してくれた。大学中退となっても、これまで頑張りすぎたのかも知れない、一休みするのもいいと慰めてくれた。だが、そのまま八年が過ぎた今は、一三を汚物を見るような目で見るばかりだ。何かの拍子にいなくなってくれればいいのに、と思っているような。

 父親がニートの息子に「ただで食う飯はうまいか」となじる、ネットで有名な台詞がある。うまい筈がない。針の筵に座らされているような感覚を、息苦しさを、ずっと味わわされて生きているのだ。

 ただ、ニートがテロを起こし始めた去年の四月から、家族の雰囲気は微妙に変化していた。単なる侮蔑と無視から、腫れ物に触るような、不安の表情に。

 一三もいずれテロを起こすんじゃないかと思っているのだろう。自分が殺されるのが心配なのか、大きな事件を起こして迷惑をこうむるのが恐ろしいのか。

 一三は家族にそんな表情を期待していたのではなかった。本来なら尊敬と称賛が得られる筈だった。ニート達が命懸けで悪人を罰することで、ちゃんと社会に貢献しているのだと知ってもらいたかった。一三もちゃんと社会に役に立っているのだと……。なのに彼らの反応は何だ。

 大体お前達が政府をちゃんと批判せず何もしなかったから、社会がおかしくなっちまったんだろうが。

 料理の味など分からなかった。一三はさっさと食べ終わり、「ごちそうさま」とだけ言って部屋に戻った。

 一三の思考は勝手に巡っていく。どうしてこんなことになったのだろう。どうして俺はこんな人生を送っているのだろう。時だけがただ、淡々と過ぎていく。自分の人生には素晴らしいことが待っている気がしたのに。たった一度失敗しただけでこれか。それでも、何か素晴らしい解決策が現れるような気がしていたのに。どうして時だけがただ。もう二十九だ。

 一三は急に叫び出したくなった。逃げたい。何処かに逃げたくてたまらない。解放されたい。この訳の分からない息苦しさから。人生から。

 だが、パソコンに向かうと一三の心は落ち着いてきた。掲示板をチェックするごとに自信が回復してくる。そう、俺にはネットがある。俺は暗黒ジャッジなんだ。

 さて、そろそろ判決の文面を考えておくか。一三の顔は自然と微笑を浮かべていた。

 

 

  五

 

 手嶋登が死んで暫くの間、ニート達は大物政治家の暗殺に酔いしれていて新たなテロは起きなかった。これで日本の政治も変わるかも知れないと、期待を持つ書き込みも多かった。

 だが八月二十一日、インターネットと現実界双方を揺るがす事件が起きた。

 一人の男がパソコンを操作している室内。幅のあるデスクに二台のタワー型パソコンが並んでいた。六畳ほどの洋間。ワンルームか1Kだろう。向こう側の壁にベッドが置かれていた。

 男は二十代後半だろう。眼鏡を掛け、長く伸びた髪を後ろで束ねている。ひょろりと痩せた体型に白いTシャツと綿パンという服装だった。片方のパソコンの操作を終えてスクリーンセーバーを起動し、男はふと壁の上の方を見上げた。

 線の細い、気の弱そうな顔だったが、眼鏡の奥の瞳は昏く粘質なものだった。

 眼鏡の男は部屋を出る。「どうぞ」という声の少し後に、眼鏡の男が戻ってくる。二人の男が続いて入ってきた。

「失礼します」

 二人は四十代と思われた。一人はM字額のエリート然とした男で、にこやかだが目は笑っていなかった。パリッとスーツを着こなし、ブリーフケースを持っている。もう一人はがっしりした体格で、鋭い目つきで狭い室内を見回していた。

「すみません。座布団もないんで。お茶も出せませんし」

 眼鏡の男は壁に立てかけていた小さな折り畳みテーブルを開き、床に置いた。

「いえ、お構いなく」

 M字額の男がにこやかに首を振る。

 一人と二人は小さなテーブルを挟んで向かい合った。M字額の男は正座して、他の者は胡坐をかいて。

「ええっと、それで、民経党の方でしたね、議員さん」

 眼鏡の男が尋ねた。

「いえ、私が議員ではありません。衆議院議員・八頭藤次郎先生の秘書をしております、沢井と申します」

 M字額の男・沢井は名刺を差し出した。眼鏡の男はそういうことに慣れていないのだろう、ちょっとぎこちない笑みを浮かべてそれを受け取った。

「すみません。僕はお返しする名刺を持ってないんで」

「いえいえ大丈夫ですよ」

 沢井はやはりにこやかだった。

 眼鏡の男は名刺を見て、書かれてある名を読んだ。

「沢井、和臣さん、ですね。第二秘書ですか。八頭藤次郎という名前は聞いたことがありますね。大臣だったような……」

「法務大臣です」

「はあ。それで、そちらはどなたですか」

 眼鏡の男がもう一人に目を向ける。鋭い目つきの男は懐から名刺を出して渡した。

「公安の森田です」

「はあ……警視庁、公安部、ですか。テロ対策とかの。僕は別に逮捕されるつもりはないですし、その理由もないと思いますけど」

 眼鏡の男は動揺する様子もなく、素っ気ない口調で感想を述べた。

 沢井の方がすぐに訂正した。

「いえ、私達はあなたを逮捕するために参った訳ではありませんよ。ご相談に参ったんです。或いは、ご提案、ですね」

「はあ。でも僕は別に、議員の秘書さんに提案を受けるような身分でもありませんけど。サイトの管理人をやってるだけのニートですから。親に金貰って、マンションに引き篭もってるだけですから」

「いえいえ、ご謙遜を。現在伊統さんが、インターネット上で絶大な力を持っているのは事実なんですよ」

 沢井が作り慣れた愛想笑いを浮かべ、話を続けた。

「伊統さんのNEETSは大多数のニート達が訪れるサイトですから。日に百二十万のアクセスがあるとか」

「延べ人数ですから実際にアクセスしてる人はもっと少ないですけどね。それで、何が言いたいんです。僕は空気を読んだり人間関係のちょっとした機微を感じ取ったりするのが苦手なので、単刀直入に言ってもらわないと分からないんですよ」

 眼鏡を掛けた部屋の主・伊統は感情を抑えた声で辛辣に告げる。頭を掻きながら沢井が答えた。

「そうですね。では要点から申し上げますが、伊統さんにはうちの特別顧問になって頂きたいんですよ」

 伊統は表情を変えなかった。ただ眼鏡の奥で二度、瞬きをしただけだ。

「うちの、とは、何処のですか」

「民主経世党のですよ。NEETSを管理してらっしゃる伊統さんの見識を我が党の政策決定に役立てたいのです。また、伊統さんが抱えてらっしゃるニート達の調査力と論理展開力を我が党のものにしたいという意図もあります」

 暗記しておいた台詞を流すように、沢井は淀みなく話す。伊統は少し顔を俯かせ、上目遣いの三白眼になって議員秘書を観察する。

「へえ、驚きましたね。僕みたいなニートを雇おうなんて。それはあなたの独断でなくて、民主経世党の判断ということでいいんですか」

「そう解釈して頂いて結構です」

「そうですか」

 ニコリともせず伊統は続けた。

「仮にも日本の政権を握っている与党なんですから、もっと優秀なスタッフが揃ってるんじゃないですか。そちらの提案には、別の意図があるようにしか思えませんけど」

 沢井は再び頭を掻く。上っ面の笑みを浮かべたままで。

「まあ、正直なところを申し上げれば、ニートの意見を仕切っているあなたと協力関係を結んで、我が党がテロの標的になるのを避けたいということです。協力して頂ければ、伊統さんにも充分なメリットがあります。こんな小さなマンションに住む必要もありませんし、もしあなたが希望なさるのなら、次回の選挙で我が党の候補者として擁立することも出来ますよ」

 伊統は無表情のまま、黙って沢井を見返していた。何を考えているのか読み取れない、昏い瞳。沢井はその視線に耐えられなくなったのか、それとも正座の足が痺れたのか、幾度か身じろぎをした。

「いかがですか、伊統さん。前向きなお返事を頂きたいのですが」

 数分の沈黙の後、伊統は答えた。

「あのですねえ。ご存じとは思いますけれど、民経党に対する今のネット上の評判というのは、『糞売国奴の糞政党』というものなんですよね」

 沢井の眉がヒクリと動いた。何か言おうとする彼を制して伊統が畳みかける。

「そんな政党に僕が組み入れられたりしたら、NEETSへの信頼もあっという間に地に堕ちますよ。特に、今の僕は違反な書き込みを削除したりして管理するだけで、掲示板内では中立を保ってるんですから。そうしたらニートは皆失望して、今のような活動も保てなくなるでしょうね。つまり、あなた方はそういう手でニートテロの収拾をつけようとしてるんだ」

 沢井はやはり上っ面の笑顔で手を振った。

「いえ、いえ、そうではありません。ご心配でしたら非公式な協力関係でもいいのですよ。我々は伊統さんにサイトの運営の援助金を提供する。そして伊統さんは我が党を不当に貶めるような書き込みを削除する」

「僕に情報操作をやれということですね。マスコミみたいに」

 伊統は陰気で皮肉な笑みを見せた。

「秘書さんは木川光治という人の記事は読みましたか。週刊シャイニングの。ニートテロリズム特集の記事です」

「……読んでおります。視点がニート側に偏り過ぎという印象でしたが」

「あれには一理あると思うんですよ。あなた方は根本的な解決を図るべきだ。僕を買収するんじゃなくて、ニート達全員に仕事を与えるべきじゃないですか。あなた方の政策で」

「いい加減にしろよクズが」

 それまで黙っていた公安の森田が、いきなりドスの効いた声で恫喝した。伊統は無表情のまま目を瞬かせる。

「あのなあ、お前みたいな頭でっかちのヘナチョコが、現実の力に勝てると思ってんのか。お前のやってることはただのテロの扇動なんだよ。ギリギリ法律の網をくぐってるつもりでも、こっちがその気になりゃお前らなんか簡単に潰せるんだ。なあ、満員電車の痴漢で捕まるのがいいか。それとも下着泥棒か小児わいせつで挙げてやろうか。被害者も目撃者も何十人でも用意出来るんだ。それか、ドラッグでもやって屋上から飛び降りてもらうか」

 伊統は猫背の姿勢を更に低くして睨み上げ、明瞭な発音でコメントした。

「なるほどー。異様な死に方なのに、警察が自殺ということで片づけた、エクストリーム自殺ってリストが、ネット上にあるんですよね。あれって、本当のことだったんですねえ。貴重な実体験資料として、今日のブログに書くことにしますね」

「それで、伊統さん。ご協力は頂けないということですかねえ」

 相変わらずにこやかに沢井が念を押した。

「ええ、無理ですね」

「そうですか」

 沢井が笑みを消し、急に立ち上がった。勝手に部屋を出ていき、少ししてカチャリと音がする。公安の森田の方はゆっくりと立ち上がった。

 次の瞬間、室内に四、五人の男達が雪崩れ込んできた。伊統の手足を掴んで拘束し、持ち上げる。口を塞がれる前に、冷静に伊統は告げた。

「あなた方は時代遅れなんですよ。インターネットがどういうものなのか、理解出来ていないんだ」

「言いたいことをほざいてみろ。大声でなければ聞き届けてやるよ。最期の台詞をな」

 悠然と戻ってきた沢井が侮蔑の言葉を投げる。

 NEETS管理人の伊統は陰鬱な笑みを浮かべ、決定的な最期の台詞を述べた。

「あなた方とのやり取りなんですが、隠し撮りしたこの部屋の映像をストリーミングでネットに流してるんですよね。NEETSのトップページに埋め込んだので、もう数万人は僕を殺すとこを見てると思いますよ」

 沢井のエリート面が蒼白に変わった。公安の者達も互いの顔を見合わせる。

「う、嘘だ」

 呻いた沢井のスーツ内から携帯が鳴り出した。慌てて取り、相手を確認しながら通話ボタンを押す。

「はい。……」

 相手のがなり立てる声が洩れた。おそらくネットで流れる映像を見た関係者が大急ぎで連絡してきたのだろう。沢井の目がせわしなく宙を彷徨う。

「ちょっと失礼。隠しカメラはあれです。あの掛け時計の穴」

 凍りついている公安達の手を払い、伊統がカメラの方を指差した。

「それで、どうしますか。このマンションの住所も告知したんで、多分レポーターの方も何人かは来てると思うんですよね。あなた方の顔も身分もバレてますから、もう何をしても手遅れだと思いますよ。多分、あなた方も議員秘書でも公安でも何でもないということになって、自殺扱いで消されるんじゃないですかねえ」

 NEETSのトップページで流された生映像はこの後も暫く続くが、どうすれば良いか分からずパニックに陥る議員秘書・公安と、飽くまで冷静な伊統の顔が映されるだけだった。

 近くに住んでいたレポーター八人と、NEETSの補助管理者一人がマンションの様子を外から撮影していた。四人の公安職員が入り口に待機していた様子と、一気に中に踏み込む場面。やがて彼らが放心した表情で出てきて、無事な伊統が顔を出した後でドアを閉めた時、レポーター達は歓声を上げた。それぞれの撮影した映像も無料動画サイトで公開された。

 民主経世党は必死に弁解を試みた。伊統が予言した通りに、秘書とごく一部の公安職員の暴走で片づけようとしたが、それを信じる者はいなかった。ただし新聞やテレビでは、超法規的措置を取らざるを得ないニートテロリズムの現状に言及して与党のダメージを和らげようと試みていた。

 インターネット上では平然と法を破る政府に対しての不信と、腐った政府ならば実力行使で遠慮なく滅ぼすべしという意見で沸き立った。民主経世党議員が次々とニートの襲撃を受けて暗殺された。警視庁本部の入り口で自爆テロが起き、実行者を含めた三人が死亡した。標的になるのを怖れて民主経世党を離脱する議員も出た。政府へのテロリズムは結局日本の崩壊に繋がると警告する向きもあったが、ニート達の熱は冷めなかった。日本をこれまで駄目にしたのは政治家と官僚であり、ニート達をここまで追い詰めたのも彼らなのだと。政府から宣戦布告を受けたとしてニート達のテロリズムは激化した。八月下旬から九月の間に四十三名の与党議員と関係者が暗殺された。また、与党を擁護した新聞社のうち一社の社長が毒吹き矢で暗殺され、もう一社は本社ビルが爆破された。NEETS管理人は既に伊統正晴という本名も公開していたが、飽くまで掲示板の運営だけに注力し、中立の立場を守っていた。

 しかし、ニートテロリズムに手を焼いた政府は、十月になって大きな判断を下した。それは政治学者の木川光治やNEETS管理人の伊統正晴が主張する『根本的な解決』ではなかった。ニートテロリズムを公的な情報を基にした個別の犯罪行為ではなく、ニートの集団による国家転覆活動と解釈したのだ。

 

 

  六

 

 <<<NEETS管理継続不可能のお知らせとお別れの言葉>>>

  非常食こと伊統正晴 2012年10月16日

 

 僕がこのサイトを開設したのは2008年の5月17日です。当時ネット上で有名になっていた台詞「働かずに食う飯はうまいか」を見て、ニートが何らかの形で社会に貢献出来ないかと思ったのがきっかけでした。

 僕自身のニート歴は就職して三日で挫折して、以後十一年となります。親の仕送りに頼りながらも後ろめたくて実家に帰ることが出来ず、両親に最後に顔を合わせたのは祖母の葬式に出席した六年前です。後のことはおそらく典型的なニートの皆さんと似たり寄ったりでしょうし、敢えてここで述べたくもありません。

 ただ、僕の経験上断言出来るのは、ニートは決して安楽に過ごしているのではない、ということです。ニートだって本当は働きたかったのです。ちゃんとした人生を送りたかった。仕事をして、恋人が出来て結婚もして、子供が生まれ、幸せに年老いて、家族に見守られながら人生を締め括りたかった。何の役にも立たないただ飯食らいのウンコ製造機と皆に馬鹿にされ、家族に白い目で見られ、きっと早く死ねと思われているのだろうと感じ、後ろめたさを抱きながら無為に人生を送りたくはなかったのです。

 僕と同じ思いをしているニートの皆さんの、少しでも救いになりたくて、そして、僕達ニートが少しでも現実社会に役立てるように、そう考えて作ったのがNEETSでした。NEETの本来の語源は「Not in Employment, Education or Training」です。僕はNEETSに「New Eccentric Efforting Truth Seekers」という言葉を当てました。NEETSの出発点は、日本の腐ったマスコミが報じない真実をインターネット上で暴こうというものでした。最初はブログだけで、僕が自分で調べたことを書いたり、ネットに上がったトピックを紹介することが主体でした。この時期を僕自身は第一期と呼んでいます。

 フロート型掲示板を新設した2009年8月15日が第二期の始まりです。ブログのコメント欄への書き込みが増えていって、日によっては二百以上もコメントがついたりしたので、ちゃんとした掲示板が必要と考えたものです。記録を参照しやすくテーマ別に議論を深めやすいため、これによって単なる愚痴や言いっ放しの批判であったものが、徐々に論理的な正当性を得るようになりました。これには主張の根拠となるソースの提示を呼びかけ、適切に場をコントロールしてくれた幾人ものコテハンの皆さんと、節度のある匿名の皆さんのお蔭だと思っています。当時のコテハンであったうち一部の方には、現在NEETSの補助管理者になってもらっています。

 「何か有益なことをしよう」というのが僕達の合言葉でした。マスコミの広めない真実をネット上で啓蒙し、いずれはネットに触れない人達にも伝わっていって、社会を良く出来るのではないか。少なくとも選挙で投票する際、彼らの判断材料になればちょっとはまともな政治家が選ばれるのでは。あくどい企業には製品の不買運動も出来るし、署名活動から市長や知事のリコール、そして、国民投票による憲法改正も可能かも知れない。憲法第九条によって武器を奪われアメリカの傘に頼り、中国韓国北朝鮮に対し何処までも土下座外交を余儀なくされている状態を脱し、正当で毅然とした外交を行う独立した主権国家として復活出来るかも知れない。ヤクザのようにたかってくる他国のためでなく、自国民のためを第一に考え、国家予算を使うまともな政府になれるかも知れない。僕達は、そんな理想に燃えていたのです。

 しかし、ネット上で大勢のニートが必死に議論し、調べ、提案しても、現実には何も起きなかったのです。彼らは……殆どの『社会人』は、僕らのことを見向きもしなかった。意見に耳を貸さなかった。相変わらず、「タダメシ食ってるニート達は優雅でいいねえ」と嘲笑うだけだった。ニートである僕達には想像出来なかったのです。社会人達にとっては正義や理想なんかより、ただ自分の生活が大事なのだということを。彼らは自分に割り当てられた役割をこなし、目先の日常を送るだけで精一杯で、他の国のこととか数十年後の日本の未来なんてどうでも良かったのです。テレビのニュースを見て嘆いたり憤ったりはしてみせるけれど、本気で政治のことなど考えてはいなかったのです。あれだけネット上では危険な売国政党と言われていた民主経世党が、実際の選挙では大勝したことが、最も象徴的な出来事だったと思います。

 NEETSの掲示板にも絶望感が漂い始めた頃、2011年3月10日に暗黒ジャッジ(◆kI13lFHe1L)氏の最初の『判決』が下りたのでした。この日が第三期の始まりだと僕は捉えています。

 きっかけは確かに暗黒ジャッジ氏の『判決』によるものでしょう。しかし、その後に雪崩を打って現在まで続くニートテロリズムの責任が、暗黒ジャッジ氏にあるとは思いません。『判決』は、ギリギリの状態であったニートへの最後の一押しであり、中身の溢れかけたコップへの駄目押しの一滴であったのでしょう。社会に絶望し、人生に絶望し、親が死んだ後どうやって生きていけば良いのか分からない、未来のないニートにとって、身を捨てての実力行使が救いを得る最後の手段となったのです。

 この時点で、ニート達は口だけの『ネトウヨ』から、行動する存在へと変貌したのです。

 今日までにニートテロリズムによる犠牲者は実行者自身も含めて二百三十六人となります。それを見守ってきたNEETSの管理人として、僕は特に後悔はしていません。ただ、これが望ましい展開だったのだろうか、という思いはあります。もっと平和的な手段があったのではないか。もっと、ニートと社会がうまく溶け合って、共に良い方向へ歩める方法があったのではないかと。僕がいなくなった後の第四期がどうなるのか分かりません。このままニートの大弾圧へ向かうのか。それとも誰かがうまい解決策を見つけ出してくれるのか。後者であることを僕は祈っています。

 この文章は半年ほど前から用意していたのを修整したものです。僕の住むマンションを機動隊が取り囲み、そろそろ特殊部隊が突入してくる頃だと思います。マンションの他の住人は避難しているようです。八月のあの事件以降、引っ越してしまった住人も多かったようですけれど。

 それではさようなら。僕のサイトを訪れ、掲示板に書き込んで下さったニートの皆さんに改めてお礼申し上げます。そして、あなた方に幸あらんことを。

 

 

  七

 

 数人の協力を得て伊統正晴が事前に持ち込んでいた爆薬は、突入した特殊急襲部隊ごとマンションのその階を丸ごと吹き飛ばした。伊統自身の死体も判別出来ず、自力で設置していたミラーサーバーも粉々でデータ回収不能となっていた。

 NEETS管理人の死にざまは、多くのレポーターによって記録され、幾つもの動画サイトに公開された。NEETSの運営は補助管理者達がなんとか支えていたが、国外に置いたメインサーバーもいつ政府によって落とされるか分からない。掲示板は非常食の死を悼む書き込みと政府への復讐を誓う書き込みで溢れ返った。後者の書き込みも、補助管理者達は敢えて削除はしなかった。もう状況が変わってしまったのだ。

 暗黒ジャッジこと立倉一三は、レポーターの公開した伊統正晴の自爆動画を泣きながら何度も見た。SAT隊員が入り口ドアを叩き破った瞬間に、内部から炎と爆風が弾け飛ぶ。それを見るたびに一三は自分の心臓を貫かれるような痛みを感じた。繰り返し繰り返し、伊統正晴の別れの挨拶を読んだ。その中で自分が言及されていることの喜びと、自分がこの事態と伊統の死を引き起こしたという認識に胸が張り裂けそうになった。

 テレビや新聞では伊統正晴はテロリストの親玉、或いはテロの扇動者として扱われていた。この糞マスゴミめ。一三は怒りに震え、叫び出したくなる。だが多分、ネットに疎い社会人達は記事を鵜呑みにするのだろう。ニート達を反社会的な集団として排斥するのだ。本当に反社会的なのは政府自身なのに。だがそれも、伊統が分析した通り、社会人達にはどうだっていいのだ。

 ニートテロリズムの結末がこうなることは、予想していたような気がする。それでも一三はこう思ってしまうのだ。どうしてこんなことになったのだろう、と。

 社会の役に立ちたかっただけだ。社会から弾き出され、戻りたくても身動き取れなくなった自分でも、どうにかしてしがみつきたかった。自分なりの、自分に出来る仕事がしたかった。何者かでありたかった。ただ、それだけのことだ。

 なのに、どうしてこんなことに、なってしまったのだろうなあ。

 一三は涙を拭い、今後の方針を頭の中でまとめようとした。非常食氏は展開を予測して最期の言葉まで用意していた。一三はまだそこまで考えていなかった。情けない。

 選択肢の一つは、このまま暗黒ジャッジとしての活動を続け、ニートテロリズムの行く末を見守ることだ。NEETSが潰れても『考えるニートの広場』や『無X職』などニートの活動の場は残っている。それらもおそらくは潰されるだろうが、最後まで節度を持った暗黒ジャッジであり続けるのだ。

 第二の選択肢は、伊統正晴への追悼の言葉を書き込んだ後、自分も民主経世党か警視庁に対して自爆テロを行うことだ。一三の心情的にはこれが最も合っているように思えた。

 第三の選択肢は、もう掲示板への書き込みをやめて息を潜めることだ。これは事実上の敗北になる。何もしないウンコ製造機に逆戻りだ。引き篭もったまま年を取って、いずれ死んでいくだけの。

 最初の道は、これだけの事態を引き起こした暗黒ジャッジがのうのうと活動を続けることで、他のニートから反発を受けるかも知れなかった。また、第三の道もそうだが、遅かれ早かれ一三の身元を知られて公安の追及を受ける可能性は高い。ならばもう自分もテロ行為に身を投じるのが美しい死にざまではないか。非常食と暗黒ジャッジが相次いで散れば、おそらく多くのニートが後を追ってテロを起こすだろう。その結果が日本の変革に繋がるのか、単なるニートの一掃で終焉するのかは分からないけれど。多分、後者だろうな。一三は自嘲する。

 しかし、伊統正晴が本当に願ったのはニートによるテロリズムではなかった筈だ。政府による弾圧と逮捕がどれだけひどくなろうとも、議論と啓蒙活動によって社会を良くしようとした初心に立ち返るべきではないか。

 部屋のドアをノックする音がした。珍しいことだ。一三は「何」と短く呼びかけた。内側から鍵は掛けてある。

 ドアの向こうから遠慮がちな母の声がした。母が喋りかけるのは何年ぶりだったろうか。

「一三。警察の人が来てるんだけど。何か、話がしたいって」

 そうか。もう身元は割れていたのか。一三は苦笑した。既に選択肢は残っていなかったらしい。

 自分にはもっと素晴らしいことが待っている気がしていたのに。人生って、こんなもんなのかな。

「分かった。ちょっと待ってて」

 一三はドアの向こうにそう返しながら、ベッドの下から段ボール箱を引っ張り出した。中には、半年前に自作したパイプ銃が収まっていた。作り方はインターネットで調べた。

 さあ、破滅の引き金を引こう。一三はドアの鍵を開けた。

 

 

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